6▷三十一歳 更月下旬-2

 最近、遊文館に行くために少しだけ昼食時間が早めになった。

 あちらで空腹になっても、今では心置きなくあの美味しい食べ物を楽しめる。

 私達はあちこちの自動販売機で、子供達と一緒に何か食べながら話をするのも楽しみだ。


 今日の昼食は、レトリノが子供の頃からよく食べていたというコレイルの『リエッツァ』だ。

 私達はすっかり『塩味が普通』になった、レトリノの料理がとても好きになっていた。


 西側廊下と待合の清掃を終えた私とシュレミスが、厨房にレトリノの手伝いにでも行こうか、と向かった時にテルウェスト司祭とタクトさんの姿を見つけた。

「タクト様っ!」

 シュレミスの声が聞こえたのか、今日の昼はここでお召し上がりになるとテルウェスト司祭が仰有った。


「あああっ、またしても僕が料理番でない時にーー!」

 シュレミスは、二度も召し上がってもらっているのだからいいじゃないか。

 私はまだ、パンしかお出ししたことがないのだから。

 ……今日は、そのパンすら私が作ったものではないし。


 食卓に着き、玉葱茶が出てきた。

 これは紅茶のような食後に楽しむ砂糖を入れるものとは違って、食事の前や最中に飲む塩味のものだ。

 アーメルサスでは薄味で美味しくないと思っていたが、皇国のものは玉葱の量が多いのかとても濃厚で美味しい。

 ……これもレトリノが初めて作った時は、あまりに辛くて飲めなかったなぁ……


 運ばれてきたのは、最近レトリノが作り出したコレイルの料理のひとつだ。

 それが目の前に置かれるとタクトさんの顔が、ぱっと明るくなった。

「あ、リエッツァですね! 包み焼きだ!」

「ご存知ですかっ?」

 レトリノの吃驚したような、そしてとても喜んでいるような声があがり、私もシュレミスも改めてタクトさんの料理の知識に驚く。


「凄いなぁ……僕は、この間初めて知った料理だったよ」

「私もだよ、シュレミス。タクトさんは、どうしてご存知なのだろう……」

 そんな私達の会話は聞こえてはいないはずだが、どうやらタクトさんの母君がお作りだったようだ。

 またしても、レトリノの声が弾む。

「タクト様のお母様は、コレイルの方なのですか?」


 だが、その後のタクトさんの言葉に、私達は信じられないほどの驚きを与えられた。


「いいえ、母は俺の婚約者から聞いた料理だと言ってました」

「「ご婚約者っ?」」

 えっ? 「ご婚約者っ?」

 そうか、私がなんだか一歩遅れるのは、一度自分の中で驚いてしまって言葉が詰まるんだな。

「ええ、まだ『仮』ですけどね」


 たとえ『仮』であっても、一般の臣民であれば適性年齢前に婚約などということはほぼあるまい。

 やはり……タクトさんも貴系傍流なのだろうか。

 あ、シュレミスが最近衛兵隊員の方々を見つめる時の、あの憧れに満ちた表情に……


 神官の皆様も少し驚いていらっしゃるが納得しているということは、貴系というよりも、もしや……タクトさんは皇系の方……?

 テルウェスト司祭だけは、全てご存知だったのだろう。

 タクトさんになにやら耳打ちをなさったので、タクトさんは皆さんが知っていることだと思っていたに違いない。

 だが、その後で慌てたように、貴系でも皇系でもない……と否定され、更に驚愕の事実を口にされた。


「俺は他国生まれですしっ!」


 全員の動きが止まった。

 他国……?

 どうして、他国生まれで『一等位魔法師』になれるのだ? 

 確か、帰化民は一等位試験を受けられないはずだ。


「タクトさん……他国生まれなのに、一等位魔法師、なのですか?」

 失礼だ、と口に出してから気付いた。

 だが多分、皆さん同じことを思っていたのだと思う。

 テルウェスト司祭だけが困ったように、どう言おうかと逡巡なさっているように感じた。


「……成人前にこの国に来たので、帰化じゃないだけなんですよ。父と母も養父母ですし」

 あ、そうか、成人の儀をその国で受ければ、帰化ではなくて『臣民』と認められるのだったな……

「で、では……どちらの……?」

 ミオトレールス神官の問いに、またしても信じられない言葉が返ってくる。


「いえ、この大陸ではないですし……ていうか、この星にはないっていうか……」

「えっ?」

「ニッポン、という名前の国です。ご存じないとは思いますが……」


 他の大陸から……?

 子供の時にどうやって? 

 皇国の建国時には神々がお造りになった三津みつ大陸だいちは、それぞれに『国』ができた時には他の大陸へ渡ることはできなくなったと、神話で語られている。

 創国の英傑と扶翼は神々から『望み』のものを得て、大地に下ろされた時にはまわりの海には魔魚がいて大陸間を隔てた。

 だから『別の大陸』からなんて……来られるはずがないのだ。


 だが、タクトさんが言った『ニッポン』という国は確かに知らない……あ、少数民族……?

 そうか、この大陸にない、とは皇国の西側の国々のような『亡国』ということか。

 だからテルウェスト司祭があまり口にされない方がいい、とタクトさんに仰有ったのかもしれないと、私と同じように皆さんも思ったに違いない。

 それにしても、皇国に匹敵するほどの魔力や魔法のあった国が『少数民族』になってしまったとは、どうしてなのだろう?


 食事はとても美味しかったのだが、どこか皆上の空のままであった。

 多分、シュレミスはなくなった故郷を思っていただろうし、レトリノもかつて存在していた他国の血を引く自分の家系のことを思いだしていただろう。

 私もまた、終わってしまったあの国のことを思い出していた。

 そしてやはり、なんの感慨も湧かない自分を……少し、淋しく思った。



 その後、タクトさんがなんだか雰囲気を悪くしてしまってすみませんでした、とちょっと気落ちなさったようにお帰りになり、私達はなんて酷い対応をしてしまったのだろうと反省しきりだった。

 食事に誘ったのは私達の方だったのに、お招きした方の話で混乱してお気を遣わせてしまっただけでなく……きっと、悲しい思いをされただろう。


 私達を信頼しているからこそお話しくださったことにおろおろとして、拒絶するかのような態度をとってしまった。

 皆さんは深刻な雰囲気のまま、聖堂にお集まりになった。


 私達三人は……こっそりと、廊下から薄く開いた扉に聞き耳を立てた。


「ど、どうしましょおー!」

「はぁ……突然のこととはいえ、なんという……」

 聞こえてきたのは……ガルーレン神官とミオトレールス神官の声。

 おふたりとも、それはそれは落ち込んでしまっているご様子だ。


「タクト様に嫌われてしまったかもしれませんーーっ!」

 ……『様』?

 どうして、ミオトレールス神官が……?

 その時、テルウェスト司祭が大きく溜息を吐いた。


「はぁー……話す時機をうかがっていたのが、裏目に出てしまいましたね……」


 裏目……?

 私達三人は顔を合わせて、少し不安な面持ちで耳を傾けた。





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