5▷三十一歳 更月下旬-1

 私が夜の遊文館で子供達と過ごすことを了承して、教会に戻らずそのまま泊まろうかと残っていたことがあった。

 だが、また私が取り残されると感じたのかレトリノとシュレミスが手を引いてまで……連れ出してくれた。

 ありがたいのだが……今回は……放っておいてもらってよかったのだけれど。


 夜に遊文館にいることができるのは、私が適性年齢前であるからだけでなくシュリィイーレにいる間の保護責任者がテルウェスト司祭だからである。

 そのことは誰かに話すことではないし、特にシュレミスとレトリノにはまだ言わないように、と止められていた。


 羨ましがられるからということではなく、夜に遊文館に来ている子供達のことを知る人を増やさないためだ。

 神官の方々でも、アルフアス神官とガルーレン神官だけしかご存じではないのだと聞かされて吃驚した。


 でも、そうかもしれない。

 大人がどれほど知っていたとて、手出しはできないししてはいけないのだから子供好きであればあるほど、つらい想いを抱かれるだろう。


 何度か試した『居残り』は悉く失敗し、何かあったら連絡を取れるようにと預かった通信石を使ってみても起動させただけでへたり込む始末……

 ……久しぶりに、己の不甲斐なさをしみじみと感じ……夕食後の自室で溜息を吐くばかりだった。


 だが、そんな風に自己嫌悪で落ち込んでいた夜に、私の部屋にテルウェスト司祭がいらっしゃった。

 タクトさんに頼んでくださったという『完全限定型移動方陣』を試してみて欲しいと言われ……部屋の壁に用意されていた目標の方陣に触れて魔力を流した。


 不思議な感触だった。

 今まで起動したどの方陣とも違って、吸い取られるという感じが全くない方陣だ。

 あ、いや、あの『微弱回復』と同じかもしれない。

 そして『同行』ではない、初めての『移動』……動く時に少しだけ魔力の動くような感覚があったが、同行の時よりも少なく感じた。


「……すごい……遊文館の中だ」

 今までの同行とも、方陣門とも違う、なんというか『通り抜ける』感じだ。

「あ」

「おにいちゃんだ」

 子供達の笑顔が見えた。だが、少しだけ待っててもらわなくては……もう一度教会に戻って、正しく移動できるか、どれくらい魔力を使うのかを確認しなくてはいけない。

 すぐに戻るから……と約束して、もう一度移動する。

 一度目より、魔力が抜ける感じが強くなった。


「大丈夫でしたか、アトネスト?」

 少し心配そうなテルウェスト司祭の顔が見え、教会の私の部屋に戻ったのだと解った。

 なんともない、と告げるともの凄く喜んでくださって、魔力量を確認するようにと言われ身分証を見ると、だいたい百ほどの魔力を使っていた。


「……百で往復できるのですか……大人と変わらない体つきだというのに。流石、タクトさんの方陣です」

「今日……子供達と一緒にいてあげたいのですが、もう一度、行ってもよろしいでしょうか?」

「ええ、アトネストの身体に問題がないのでしたら構いません。タクトさんからいただいた『注意書き』を預けておきます。それと、これはまだ試用段階ですから、くれぐれもレトリノとシュレミスには何も言わないこと。私から後日、説明いたしますからね」


 テルウェスト司祭の言葉に頷き、礼を言ってからまた遊文館に戻った。

 子供達が、待っていてくれたようだ。

 しばらくしてその子達に手を引かれて、自動販売機の部屋に入ると美味しいものを教えてくれた。

 ……夜は、全てが無償なのか。

 この子達がどういう状況なのかを、遊文館の方々はご存じなのだろう。


 あ、鮭のおむすびがある。

 こっちの子が勧めてくれるのは……ん?

 昆布……というものは、初めてだな……あ、美味しい。

 私がそう呟くと、その子がにこっと笑った。


 そして、もう一度部屋の中へと戻る。

 お腹がいっぱいで……すぐに眠ってしまいそうだな。

 ぱたぱたと駆け寄ってくる子供達の幾人かは、本を抱えている。

 受け取って、順番に読んでいこうと腰掛けたらひとりの子が私に焼き菓子を差し出した。


「ここに来ると、食べられるの。美味しい……から、食べよう?」

 ありがとう、と受け取ると、何人かの子達も焼き菓子の袋を握り締めていた。

 そうだね、夜だけど……これを食べながら、もう少し本を読もうか。

 幾つかの菓子を食べて、私はまた本を読み始めた。

 読んでいる最中は食べられないけれど、もらった焼き菓子は全部持って帰ろう。


 本当に、嬉しいことがある時は必ず、この菓子が側にある。

 きっと、本を読んでいなかったら泣いてしまったかもしれない。

 嬉しくて。


 私は、この子たちの『仲間』にしてもらえたような気がしていた。



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