4▷三十一歳 更月初旬-4

 司祭様に、聖堂の西側にある祈りの部屋で昨夜のことを話した。

「……なるほど、屋上庭園で眠ってしまった……と」

「はい。私がぐずぐずしていたせいで、皆さんにご迷惑をお掛けして申し訳ございません」

「いいえ、それは戻る時にちゃんと確認をとらなかった私達にも、責任はありますからね」


 そんなことはない。

 だって、私達神務士は徒歩で、皆さんは移動の方陣なのだから、一緒に戻るというわけではないのだ。

 しっかり『夕食の時間』と言っていた声を聞いておきながら、時間内に出られなかったのはわたしの落ち度だ。


 だが、テルウェスト司祭はそんな私を責めることなく、逆に閉じ込められても慌てたり騒いだりしなかったことを褒められてしまった。

 決して落ち着いていたわけではなく、ただ呆然としていただけなので居たたまれない……


「……子供達、どうでしたか?」

 少し声が抑え気味になり、悲しさまで感じるくらいでテルウェスト司祭はお尋ねになる。

 夜の遊文館にいた子供達のことを、よくご存知なのだろう。

 どう……とは、具合が悪くなる子がいなかったかとか、ぐずるような子がいなかったかという意味だろうと思ったので『大丈夫でした』と答えた。


 なんだか……瞬きをして不思議そうな顔をなさる。

 もしかしたら、いつもは騒々しい子供とかがいるのだろうか?

「みんな温和しくて……普通、でした」

「そう、ですか。それは、よかった」

 やっぱり、いろいろな子がいるのかもしれない。

 昨日は偶々、何もなかったのだろうなぁ。


「やはり……アトネストといると、子供達は落ち着くのかもしれませんねぇ……」

 司祭様はそう仰有ると、思ってもいなかったことを提案された。

「もし、あなたに抵抗がないのでしたら、でいいのですが、何日かに一度遊文館に泊まり込んでもらえないですか?」

「え? でも、私があそこでできるのは本を読み聞かせることくらいで……」

「ええ、それでいいのですよ。でも、夜はその必要も……子供達が望んだら、という程度で、あそこにいる子供達と一緒に眠ってあげて欲しいのです」


 全然、意図がわからない。

 えーと、つまり、本当にそこに『宿泊に行く』ということ?

 テルウェスト司祭はそうです、と微笑まれる。


「子供達は大人という存在そのものに怯えているようです。ですが、あなたの話ですと子供達はあなたの近くで眠っていたのですよね?」

 私が頷くと、それこそが最も大切なのだと、司祭様は仰有る。

「……怯えている子供達は……眠れない子が多いですからね」


 そう言われて……思いだした。

 そういえば、私も寝付きは悪かった……よく夜中に目を覚まして、そのまま夜明けまで眠らなかったことも幾度もあった。


「私がいたら……あの子達は、眠れるのでしょうか?」

「ええ、あなたが彼等に信頼されている限りは」

 信頼。

 それは、今まで私が応えることができずにいたものだ。


「できることがあるのでしたら……させていただきたいです」

「夜に教会から離れることは、不安ではありませんか?」

「……少し、不安です。でも皇国の『夜』は、私が過ごしてきた『夜』に比べれば、町の外の街道沿いの草むらでさえ安全な気がします」


 私はこの国を信じている。

 ならば、この国に、この国のこの町の子供達に私自身を信頼してもらいたい……と、そう思っている。

 贅沢かも、しれないが。


「なるほど……そういった意味でも『安全』と思っているのですねぇ、アトネストは」

 ……?

 他に何があるのだろうか?


「きっとあなたは、どこにいても『全てに神々を感じられる』という人なのかもしれないですねぇ……タクトさんのように」

 そう、なのだろうか。

 あまり考えたことはなかったが……ああ、でも、遊文館では確かに神々を感じていたな。


「屋上庭園の硝子屋根は、夜になると星空が見えるのです。だから……あそこでは神々に見守られているようで、落ち着くのかもしれないです」

「えっ? 星空……ですかっ?」

 テルウェスト司祭がとんでもなく驚いていらっしゃるが……ああ、そうか。

『大人』は夜に入れないから、ご存じなかったのか。

 小さい声で、なんと羨ましい……と聞こえたので、夕焼けとかあの結界の長椅子のことなどもご存じないのかも……言わない方がいい……だろうか?



 そしてその後、部屋に戻ろうとして廊下でレトリノとシュレミスに捕まり根掘り葉掘り昨夜のことを聞かれた。

 でも、子供達のこともタクトさんのことも言わず、ただ『うっかり眠ってしまって扉を開けられなくなった』とだけ。


「君はのんびりし過ぎだよ、アトネスト」

「まったくだ。遊文館だったからよかったものの、その他の場所だったら大変なことになっていたぞ!」


 ふたりが心配してくれるのがなんだかもの凄く嬉しくて、こんな風に言ってくれる誰かがあの子達にもできたらいいだろうに、と心から思った。


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