3▷三十一歳 更月初旬-3
目が覚めるとまだ明け方だったようで、子供達はすやすやと眠っていた。
いつの間にか……五人くらいいる。
毛布を掛けてくれたのは誰だろう……とぼんやり考えていたら、かさり、と胸の衣囊から何かが落ちた。
紙……に、タクトさんの文字が書かれていた。
『今日はお休みだそうですね。ゆっくりしてくださいと司祭様が仰有っていました。そして、教会に戻ったら、まず司祭様のところへ行ってくださいね』
やっぱり、昨夜タクトさんがいらしたのだ。
私ときたら、子供達と一緒になってこんなところで寝こけてしまうなんてーー!
でも……そうだった。今日は休日だったな。
もう少しだけ……この子たちと一緒にいよう……目を、覚ますまで。
……
……あっ! また眠っていた!
どうしていつも、子供達といると寝てしまうんだろう……
何人かの子達が、もぞもぞと起き出した。
五人かと思っていたのだが、七人もいた。
毛布とこのふわふわのものに隠れていたのだな……踏んづけなくてよかった……
子供達全員が目を覚まし、慌てて自動販売機で幾つかの食べ物を出していた。
そうか、あと半刻もすれば『大人』が入ってこられる時間になる。
その間この子たちはどこにいるのだろう、と思ったら何人かは家に戻ったようだったが半分くらいの子は奥の部屋に姿を隠した。
その部屋には……どうやら私は入れないみたいだ。扉の取っ手に指を掛けることすらできない。
扉が開けられた時に中を見たら、幾つかの寝床が準備されていて、水が飲めるようになっているみたいだ。
そしてその奥にも扉らしきものがある。
ここで『暮らしてもいい』と……そういうつもりで作られたとしか思えない。
「アトネストさん」
毛布を畳んでいた時に声をかけられて振り返ると、タクトさんだった。
少し眠そうに目を擦っているから、私のために早起きをして来てくださったのかもしれない。
「す、すみません、昨夜は私がもたもたしていて取り残されてしまって……しかも、子供達と一緒に寝ちゃって……書き付け、ありがとうございました」
「いえいえ、子供達に読み聞かせしてくださって、ちっちゃい子達も喜んでいたみたいだし」
あ、もしかして司祭様から頼まれて、と言っていたのは、いつもはタクトさんが夜中にいらして、子供達の様子を見ているのだろうか……?
タクトさんは子供達に好かれているし、適任だろう。
伺うと、たまに、ですよと照れ笑いをする。
「お願いがあるんです。ここの夜に来る子供達のことは、一部の方々しか知りません。この子達のことを話すのは、司祭様だけにしてください」
「……はい、解りました」
そうだろうな、ここの子達が怯えている大人というのが、誰のことか解らないのだから無闇に口にするべきではないな。
すると、タクトさんは少し意外なことを言った。
「楽しかったですか?」
「え?」
「昼間の子達と夜にいる子供達に本を読んでいる時とか、違いました? 一緒に眠っている時、どう思われました?」
どう……といわれても、何も考えていなかった。
楽しかった……? といわれればそんな気もするけど、特に昼間の子達に読んでいる時と違いはなかったし、一緒に眠ってしまった時も……
「……特に、は……えっと、立ち上がったりして踏んづけなくってよかったな……くらいしか……」
私がそう答えると、タクトさんはにこっと笑い、お休みのところすみませんでした、とだけ言って、す、と移動してしまった。
一体、今の質問はなんだったのだろう……
ぐぐぅぅ……
お腹が鳴ってしまった。
そういえば、昨夜も食べていなかった気がする。
自動販売機でいくつかの肉や野菜の挟まったパンと、温かい『味噌汁』という青菜の入ったものをいただいて一息つく。
一度教会に戻った方がいいかもしれないなぁ。
いくら休みの日だからといって、昨夜ご迷惑を掛けてしまったことをお詫びしてからにすべきだ。
そろそろ外への扉が開くだろうか、と出入り口の方へ歩き出したら三人ほどの子供達が移動してきた。
「ちぇっ、タクト兄ちゃん、ここにもいないや」
「体操しなかったからこっちかと思ったのにー!」
そう言って、またふっ、と移動してしまった。
凄いなぁ、あの子達……こんなにも簡単に『移動の方陣』を使いこなしているんだな。
タクトさんを捜していたようだったけど、すれ違いで家に戻ったのだろうから今頃会えているかもしれない。
目の前の扉が開かれ、衛兵隊員の方がひとり、いらっしゃった。
『大人』が、入れる時間になったのだ。
ぼつ、ぼつ、と玄関広場にご高齢の方々がいらっしゃる。
意外だな……子供達より、お年を召した方々の方が先にいらっしゃるのか……
そして朝食を終えた子達も来始めて、少しずつ賑やかになっていく声を背中に私は遊文館を出て氷の隧道を教会に向かって歩き始めた。
教会の前に着き、大きく息を吸って、吐く。
言い訳なんてしても意味はないし、ぐずぐずして閉じ込められてしまったのは私の落ち度なのだ。
まず、司祭様のところにうかがって、謝罪をしなくては。
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