2▷三十一歳 更月初旬-2
扉の前で困り果てて、少し思案する。
大声を出したところで誰かがいるわけでもないし、扉が開くことなどないだろう。
そして、ここは『安全な場所』だ。いることに不安などないのだが……司祭様達に何も伝えられないし……どうしよう。
何度か扉の取っ手が動くだろうかと手を掛けるのだが、全く微動だにしない。
なんて素晴らしい魔法だろうと思いつつ、いよいよここから出ることは不可能だと知る。
「おにーちゃん……?」
か細い声が聞こえ、振り返ると昼間本を読んでいた時に端の方で聞いていてくれた子だった。
「お外、出るの?」
とても不安そうに、少し怯えているように、私を見上げている瞳。
その子の後ろにも数人の……同じような怯えた表情の子供達が見えた。
「いいや、ここは開かないから外には出ないよ」
明らかに安堵したようなその表情は、私がここにいると言ったから……ではない。
ここの扉は開かないと言ったからだ。
この子たちは、こんなに安全で豊かなシュリィイーレでも怖いと思ってしまうのだろうか。
……いや、違うな。
怖いのは『町』じゃない。
身近にいる『大人』なのかもしれない。
この扉からしか『大人』は入って来ないから、ここが開かれないことがこの子達にとっては最も安堵することなんだ。
私は扉から離れ、奥の部屋に集まっている子供達の所へと向かった。
何人かの子供はその部屋の中で本を読んでいるようだったが、まだ碌に字が読めない子が多いのかぱらぱらとめくって絵のところだけを見ている。
さっき声をかけてきた子が私のところにやって来て、何か言いたそうにしている。
胸に抱くようにして持っていた本は……私が昼間『今度読んであげるね』と約束した本だ。
「……眠る前だけど、一緒に読もうか?」
その子はちょっと口の端を上げ、私に本を差し出す。
この本は眠る前には相応しくなさそうな、『迅雷の英傑』の魔魚との戦いのお話だ。ワクワクしすぎて、眠れなくなる子が多いんじゃないかなぁ。
その後も何冊か読み、十人ほどの子供達が集まっていることに気付いたのは読み終えた時だった。
……こんなにいたのか、と本を閉じると、何人かはお腹が空いたのか食べ物のある自動販売機のところへ走って行った。
立ち上がろうとしたら……私の膝にもたれ掛かるように眠っている子がいる。
どうしよう……動けない。
あ、こっちの子も寄りかかってきた。
困ったな、身体を捻ったりしたら、どっちかの子が床に頭を打ってしまうかもしれない。
ふと、真後ろから声が聞こえた。
「アトネストさん、司祭様から『戻れますけどどうしますか』って伝言です」
タクトさんの声だ!
そうか、司祭様がご心配くださって、ここに入れるタクトさんに伝言を……私のために煩わせてしまった!
私が思わず名前を呼んでしまいそうになった時に、子供達が起きちゃいますよ、小さい声で、と言われて慌てて声を潜める。
子供達の寝息が聞こえる。この子たちは私の側で『安心して』くれているのだ。
「……今晩、ここにいたら、ご迷惑でしょうか……?」
いや、何を言っているんだ。
タクトさんが、そんなことを決められるわけではないというのに!
だけど、この子たちが寄りかかってくれているのに、何も言わずに立ち去りたくなかった。
しかし……教会に戻るべきなのだろうなぁ……
「……大丈夫だと思いますよ」
タクトさんのどこか温かい声が届き、ほんの少しだけ首を後ろに捻ってみたが……何も見えず誰もいないように感じた。
あれ……?
夢でも、見たのか?
私も、もしかして眠っているのか?
あ……れ……?
なんだか、すうー……と、身体から力が抜けていく感じがした……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます