第110話 三十一歳 冬・待月下旬-6
夕刻、遊文館から戻った私達三人は、いつもの課務とは違った楽しさと充実感を得ていた。
そして聖堂に集められ、司祭様から『本日分』という『報酬』をいただいた。
「お、お待ちください司祭様、これ、多過ぎませんかっ?」
一番最初受け取ったレトリノがそう言うので、私達はその場でいただいた袋を開いた。
大銀貨が四枚……え?
半日ほどで……しかも子供達と一緒にいただけで……?
普通は『お使い』だと隣町くらいでは馬車代の他に銀貨一枚。
二、三日掛かる距離だと、銀貨三枚と馬車代と方陣門使用の魔石をいただけるくらいだ。
大銀貨は、これ一枚で銀貨十五枚ほどになる。
「そそそそそうですよ、普通の銀貨とお間違え、なのですよね?」
シュレミスが焦るのも解る。
これはあまりにも……
だが、テルウェスト司祭は間違いではありませんよ、と微笑む。
なんと、これが『民間』の相場だという。
「実は、私も不勉強だったのですが、輔祭様の方から子供の相手というのは、その時間の子供達の安全や状態の観察、管理も含むものであるのだから、当然だ……と教えられましてねぇ。まぁ、言われてみればそうですね。見ている間にもしも具合が悪くなった子がいれば、親に連絡をしたり常駐の医師に何があったか、どういった状況だったかなどを正確に伝えなくてはいけませんからね」
私達三人は……その大銀貨の重さに、初めて『子供達の側にいる大人の責任』の重さを感じた。
明日もよろしくお願いしますね、と微笑むテルウェスト司祭に今日のようにただ楽しんでいていいものではなかったのだ、これは『仕事』なのだと気持ちを新たにした。
今日……何事もなくてよかった。
「あ、あのっ、テルウェスト司祭様っ、その……この金の内の幾許かを『教会士口座』に預けておくことはできますでしょうか」
レトリノの言った『教会士口座』というのは、教会に所属する神職達の個人的な資産を管理してくれる役場の両替所のようなものだ。
金だけでなく貴石や法具、魔具、貴重な魔法の研究書なども預けておくことができる。
ただ金以外は、王都の聖教会所蔵庫に保管されるので預け入れも引き出しも王都でなくてはいけない。
金は『預入証』さえあれば、どこの教会でも一日に大銀貨五枚までならば引き出せると聞いていた。
そしてこの教会士口座だけは、家族の内ひとりだけが登録可能で、その人も引き出しと預入ができるのである。
ただし、代理人は一日に大銀貨一枚までだが。
「それは構いませんが……部屋に金庫がありますよね?」
「……コレイルにいる妹が……使えるようにしたいのです」
ああ、家族を登録していたのか!
司祭様は微笑んで、そういうことならば、と手続きをしていただけることになった。
レトリノは手元に一枚だけ残し、残りは預けてしまうらしい。
……シュレミスが微妙な顔をしている。
「そうか、皇国生まれだと神従士四位から使えるのだったな……家族用の証明証が。帰化民は、滞在十年以上だから……僕はまだ使えないんだよ」
帰化民は神従士三位になるか、滞在十年以上でなければ自分用の口座は作れても家族用の証明証はもらえない。
神職にしようと教会に預けた子供達に金を口座に入れさせて、親が搾取しようとする目的を防ぐためだ。
これは昔家族を何人も神職にして、彼等がいただいたものを預けさせて働きもせずのうのうと暮らしていた帰化民がいたせいらしい。
教会に所属していれば衣食住は教会で負担してくれる上に、少ないが皇国貨が手に入る。
神務錬士は二十歳からなれるから、教会に『神職』として預ける方が来たばかりの帰化民達には負担がないし安心だからと一時期非常に多かった……と、教会史をラトリエンス神官が教えてくださった時に、溜息をついていた。
だから……そんなとんでもない『儲け方』をさせないために、本人以外が使えるようになるには期間制限、階位制限をつけたのだ。
神従士三位は適性年齢を越えなくてはなれない階位だから、その頃にはもう子供ではないのだから自分で判断して問題はないだろう、ということだ。
このように子供から搾取しようなんて……きっと、まともな皇国人であれば思いもよらぬことなのだろう。
これからもマイウリア、ガウリエスタなどからの帰化予定民が増えるから、余計にその辺は厳しくなるばかりだろうなぁ。
そして夕食が終わり、私達が各々の部屋に戻ろうとしていた時にテルウェスト司祭に呼び止められた。
「アトネスト、このあと来客があります。あなたに話しておきたいことがあると仰有っているので、夕食後ですみませんが西側の『祈りの部屋』に行ってください」
「はい……」
私に……来客とはどなただろうか?
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