第109話 三十一歳 冬・待月下旬-5

 タクトさんとふたりで軽食を食べつつ、いろいろと話をした。

 冒険者だった頃の話も少しだけしたが……いい思い出がないせいか話せることは殆どなかった。

 タクトさんはあまり冒険者というものについてはご存じないようだったので、終始不思議そうな顔で聞いていたのが印象的だった。


 成人の儀で示された『職業』が全てを決めるということに関しても、魔力をそれほど重視していないということが皇国と違いすぎて面白かったのかもしれない。

 時々、魔力があまり関係ないのになんで魔法師が上位なんだろう……と考え込んでいた。

 確かにそうだが……司祭家門だけがそこそこ魔法を使えるからではないだろうか?

 皇国の人達から見れば、どれも子供が使うもののようだとは思うが。


「なんだか、すみません。自分のことばかり話していますね」

 私がひとりで話しすぎたかな、とそう言うと、慌ててそんなことはないですよ、と言ってアーメルサスのことをいろいろと聞いてくる。

 ずっとこの町にいらっしゃるから、他国のことを聞く機会がなかなかないのかもしれない。


「作っている作物はどんなものがあったのですか?」

「育てられるものは少なかったので、農作物は黒麦とか堅芋と呼ばれるものだけでしたね。他の野菜や小麦などは、確かオルフェルエル諸島の南の方にある島々のものを買っていたはずです。イノブタなどは育てていましたし、魚は捕れましたけど」


 シュリィイーレには黒麦は少ないし、堅芋はまったく見かけないからどういうものかご存じないかもなぁ。

 屋上庭園のようなものが作られるほどの技術と魔法があれば、このように寒く閉ざされた町でも作物はいろいろと育つのかもしれない。

 あんな素晴らしい庭園、初めてだったから……今度は子供達と一緒に行って、あそこで本を読んであげられたら素晴らしいなぁ。


 うっかり話の途中でぼうっとしてしまった私に、タクトさんはアーメルサスには『王』はいなかったんですね、と尋ねてきた。

「建国してすぐは王がいて、首都はロントルという少し西にある町でした。でも……その王が聖神二位に呪われてしまったから、司祭家門の五家はそれを排除し遷都したのです」


 なんでもかんでも、悪しきこと、都合の悪いことの原因は聖神二位だ。

 口にしていてなんでこんなにも不自然に悪役にされているというのに、違和感に気付かなかったのだろう、と呆れかえってしまう。

 アーメルサスのあれらは神の物語ではなかった……そう思えるだけでこんなにも気持ちが『楽』になるなんて。

 自分の捉え方が変わっただけで、あの内容が何ひとつ変わってはいないのに。

 ああ、そうか。

 こういう、ことだったのか……こんな、簡単に『自分の中』なら、変えられるのか。


 赤月の旅団の彼等は、何を軸に、何を変えたかったのか未だに全く解らない。だけど、彼等が変えようとして選んだやり方はやっぱり今でも間違っていると思う。

 そう、それを成すのがたとえ『王』だったとしても。いや『王』であるからこそ、民を傷つけ損なってはいけないのではないだろうか。


「でも、本当に王の子孫が生きていて……『赤月』にいたのだろうか……」

 つい、声に出てしまった。

「へぇ……王家って、なんていう姓だったんですかねー」

 タクトさんは純粋な興味だったのだろう。

 王家の姓……今まで、どこかに書かれていただろうか?

 改めてまったく考えていなかったと思い、記憶を手繰る。

 歴史書……にはなかった。

 教典にも、神話にも……あ、いや、古典伝承の中に、確か……


「えっと、氷と暴虐のニィハイヤ王……といわれている伝承がありましたから……それかな」


 そう言って、私は『ニィハイヤ』とアーメルサス語で書いた。

 アーメルサス人の名前の音の組み合わせは、皇国語では表現がしづらい。

 他の発音はとても似ているのに、名前だけはまったく違う音が多い。

 人の名前だから、意味で当てはめるというのも変な話だし。

 そう言えば、なんであんなにも『名前の音』に拘ったのだろうな……


「王家の子孫が生きているっていう話は、有名なんですか?」

 有名……ではなかったと思うが、私はそういうことに疎かったからなぁ。

 でも生きているなんてことが知られていたら、多分司祭家門達は黙っていなかったと思う。

「いいえ……私は、ある人達から偶然に聞いただけで、知っている人は少ないと思います。赤月が声明を出していれば、別ですけど」


 きっと、彼等が首都を襲ったという『声明』を出した者達だろう。

 あの時は国を逃げ出した愚か者達への怒りが勝ってしまったが……今にして思えば、いなくなったという彼等の行動も不可解だ。

 いや、もしかしたら『月を堕とす』とまで宣言して乗り込んだ首都に、既に標的となる者達がいなかったから目的を失って瓦解したのだろうか。


 だとしたら、とんでもなくお粗末な組織だったわけだな。

 国のためでもなんでもなく、王の子孫とやらの私怨だったのだろうか。

 元にしたと思われる教典のあの話さえも……偽物だったとしたら、その王の子孫も……


「タクトさんの言うように、あの神典や神話の神々がまったく別の話なのだとしたら『赤月』というのもなんだか滑稽ですね」

「そういえば、アーメルサスには『ケヤキ』はありましたか?」


 タクトさんはしばしば、突然脈絡なく話が変わるような気がするが、色々なものに興味があり過ぎるのだろうか?

 なんだか、ちょっと子供達みたいな感じだな。


「すみません、初めて聞く名前のものですが……なんですか?」

「樹木の名前です。冬になると赤く葉が色づいて落ちるんですよ」

 そう言いながら、タクトさんは皇国語で『ケヤキ』と書く。

 え……? これが、植物の名前?

『月』……いや、一文字多い。

 音も、似ているが違うし……いいや。

 あの神話では……所々、この、今タクトさんが書いた方の『槻』という表記だった。

 私は『音の足りない部分を補っていただけ』と思っていたのだが、別の意味のある単語だったのか?


「赤く色づいた秋から冬の初めの『槻の葉』を『赤槻あかつき』というんですよ。それを思い出しまして」


 アカツキ……?

 ふと、思い出した。

 あの暗い地下の部屋で、私は

 その時に私は……聞き間違えたのか?

 もしかしたら『月』ではなく、初めから『槻』だった?

 赤い槻の葉を表しているのだとしたら、まさか。


「赤い……葉……そ、それはどのような形の葉なのでしょう?」


 タクトさんはその『絵』が描かれている本がありますから、と私を引っ張る。

 見せてくれたのは、この間の絵本選抜で賞を取った一冊。

 そうか、それを見ていたからすぐに『槻』と結びつけたのか。

「この形の葉ですね」

 示された絵に、視線が釘付けになる。

 司祭家門達の『紋』に使われていた……あの赤い葉だ!


「この葉は、司祭家系の『紋』となっていた葉です。枚数が違うだけで、この……『赤い葉』が、使われていました」

「……同じ植物を使うって『同族』……?」


 タクトさんの何気ない呟きは、私に信じられないほどの衝撃を与えた。

 元々は同一家門だった? 司祭家門五家が? 

 言われてみれば、確かにおかしい。

 まったく違う家門だとしたら、なぜどの家門が最高位裁決者になるかの争いが起きなかったのだ?


 皇国のように互いの力や魔法を認め合い、信頼していたわけではない。

 どちらかと言えばあまり仲がよかったとも思えないが、決定的な決別にまで繋がることは歴史の中でも……いや、あったのかもしれない。


 だけど、その度に『排除』していたのだとすれば?


 自分達の家門だけがあの国を支配し続けるために、分家をあたかも別家門であるかのように偽っていた?

 他の英傑と手を携えて国を守っているのだと、全ての民を謀っていたのではないのか?

 だから都合の悪いものは全て改竄し、切り捨てた。

 だとしたら、王は……別の家門?

 いや、おそらく、違う。

 まったく違う家門だとしたら、古典伝承にさえ名前を残さないはずだ。


 みせしめ、か。

 同一家門でも支配の根幹を脅かすようなことをしたら、いや、考えただけでも、あの教典や神話のようにずたずたに誇りも尊厳も打ち砕き身も心も貶めて苦しめてやるぞ……という、裏切り者に対する警告なのではないか?


 そして名前を世代によって各家門で決めるのは、婚姻で姓が変わったとしても『元々はどの家門だったか』を解らせるためだ。

 それは……もしかしたら裏切り者が出た時に、どの家門であるかを特定するため?

 自分の家門の者でないと、証明するため?

 私が名前を変えさせられたのは『今後の関わりを持たせないため』だ。


 彼等は私が『裏切り者』になることを恐れたんだ。


 裏切った者がカティーヤの者であると特定されることを恐れて、ただ捨てるだけでなく名前を奪おうとしたのだ。

 ではなぜ裏切ると思われていたのだろう……?

 一番最初に裏切った『ニィハイヤの王』が聖神二位だった……?


 後に続いたのも、もしかしたらそうだったのかもしれない。

 それで『聖神二位の加護を持つ者』を恐れ、排除し続けた。

 そのことが更に『脅し』になったのだろう。


 だからどの家でも、加護神で差別するようになった。

 それを正当化するために……あの下らない教典なんてものを作り、神話で貶めて人々に『正義が何であるか』を都合よくねじ曲げて広めたのか?


 ああ、こんなことを簡単に思いついてしまえるなんて……未だにあの国の考え方から抜け出せていないのかもしれない。

 そして今、その故国と愚者の家門が滅んでしまうことがほぼ確実なのだと知っていることが……救いになるなんて。


 私の様子に逃げ腰になられたのか、タクトさんにそれではまた今度アーメルサス語のことを教えてくださいね、と言われ、そそくさと離れられてしまった。

 このように醜い所業ばかりを思い描いてしまう私の心の内を覗かれてしまったのだろうか、と少しだけ……悲しい気持ちがこみ上げてきた。

 次にお会いした時に……怯えられたりしないといいのだが。



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『カリグラファーの美文字異世界生活』の第548話とリンクしております。

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