第106話 三十一歳 冬・待月下旬-2

 そろそろ夕食の支度の時間となり、子供達に手を振られて私達は教会へと戻った。

 本当に楽しかったな……次は、いつ行くことができるだろう。


 厨房に行こうとしたら、司祭様に止められた。

 なんでも、この後教会の前で『てんとうしき』というものが行われるというので参加しなさいと言われた。

 私達三人は顔を見合わせ、なんのことだろうかと首を傾げた。


 少し厚着をして、外扉から中央環状路に出た。

 もう天光は陰ったのか、すっかりと暗くなっていた。

 天井は雪に覆われているので空も見られないが、どうやら今は雪が止んでいるようだった。


「表の通りは随分と天井が高いな」

 レトリノが言うように、教会の敷地内の道よりかなり天井が上にある。

 手を伸ばしても届かないくらいだ。

「道幅も、相当広いよ。三、四人で並べそうだ」

 元々は馬車通りだからそれでも狭くはなっているのだが、確かに『隧道』と言うには相当広い。

 人が多く行き交う場所だから広めにしているのかもしれないけれど、暗くて先が見えないからどちらに行けばいいかよく解らないな。


 少しして、教会から司祭様達全員が表に出ていらして、衛兵隊員と……セラフィエムス卿もいらっしゃった。

 シュレミス……そんなに見つめては……失礼になるのではないのか?

 そのセラフィエムス卿の近くに、タクトさんも居る。

 一体『てんとうしき』とは……?


 セラフィエムス卿からこの隧道の完成が告げられて、この冬の安全を神々に祈る言葉が響く。

 心地いい声だ。

 聖堂で伺った時は緊張していてよく解らなかったし、遊文館でもまだドキドキしていたが……静かな夜の中で響くその声は、なぜか聞く者に安堵感を与えてくれる気がする。


「では、全ての街路に『恩寵の光』を!」


 その一言で、目の前の全てが一瞬のうちに彩りに包まれる。

 眩い光が、氷の隧道に満たされた。


 おおーーーー!


 歓声が上がり、思いの外大勢の人々がいたことに少し驚いたが、視線が目の前に広がる光景から離れることはない。

『恩寵の光』……ということは、これは魔法で灯されている光だ。

 天光のそれとは違う、氷にキラキラと煌めくその灯には……『色』がついていた。

 私達の前に真っ直ぐ伸びている道の奥には、緑色とほんのり青が混じった輝きだった。

 見える……ずっと、ずっと、道の先まで!


「さぁ、環状路をぐるりと歩いてきてごらん」

 ラトリエンス神官に促され、私達三人はふらふらと光の中の道を外壁へと広がる全ての道の奥まで照らされた光を眺めながらぐるりと歩き出す。

 西側に行くにしたがって黄色く変化していき、そこから北へ向かうと橙から赤へと変わる。

 そして紫になって東門通りは青、南東門への灯りは……藍色に煌めいていた。


「なんて……美しいんだろう……」

 泣き出しそうなほどの感動に、ただそれだけしか言葉が出ない。

 ミオトレールス神官が何度見ても素晴らしいですねぇ、と仰有るから、毎年のことなのだろうが……こんな風に、明かりが灯るなんて思ってもいなかった。


 その後は夕食の間中、いや、部屋に戻るまでずっと、私達の話題は光の隧道のことばかりだった。

 無理もない。生まれて初めて見る美しい『色とりどりの光が満ちる夜』だったのだから!

 この感動の夜を、私は生涯忘れることはないだろう。

 南東側に灯る、藍色の光をあんなにも温かに感じられた感激は忘れることなどできない。



 翌朝になって、天光が明るく輝いた。

 ここ数日の雪が嘘のように止んで、久し振りの晴れ渡った空だ。

 私達は示し合わせたわけでもないのに、外扉から出て隧道を見渡す。


「天光の明るさがあるから、夜よりは色が見えにくいな」

「だが、あの色があるおかげで、方向を誤らずに済むね。素晴らしい工夫だよ」

 どちらに何色があるのかが解れば、山や街並みが見えずとも大体の方向が判る。

 それに道の角には、通りの名前と番地が記された『道標板』が立てられているから迷うこともない。


 朝から多くの人が、隧道の中を移動しているようだ。

 きっと店や食堂なども、開けているところがあるのだろう。

 私達は羨ましい気持ちを抱えつつ、教会の中へと戻った。



 昼食が済んで一息入れた頃、タクトさんがいらした。

「くっ、どうしてあと半刻、早くいらしてくださらなかったんだ……!」

 シュレミスの気持ちはとても解る。今日の昼食の、菠薐草とイノブタ肉の生姜焼き煮込みは本当に美味しかったから。

 そして試作魔具の使用感は如何ですか、お尋ねになるので私達は書き付けを持ってテルウェスト司祭の運んでいらした本が並ぶ部屋へと入った。


 タクトさんは……あれ?

 どうして本がなくなっているのだろう?

 不思議に思いつつも、私達は綴り帳をお渡しし読んでいただいた。

 どうやら、タクトさんの思っていたような効果が得られているようだ。


「もう一度か二度、医師の方に診てもらえたら実感が強くなりそうですね」

「そうですねぇ。また、健康診断のようなものを、医師組合にお願いしましょう」

「魔具、着けていてくださいね」

 タクトさんと司祭様にそう言われ、私達は大きく頷いて綴り帳を受け取った。

 部屋に戻る途中で綴り帳を開いてみたら、最後に書いた場所に印章が押印されていた。


「こ、これっ、タクト様の『銘紋』かっ?」

「指輪印章だね! 方陣札を書いたり、契約する時に使うから一等位魔法師は作っていると聞いたことがあったが……可愛らしい形だなぁ!」

「花……だろうな。なんという花だろう……こんな形のものは、コレイルでは見たことがないぞ」

「シュリィイーレに咲く花なのかな? 春になったら見られるだろうか?」


 確かに、五弁の形は花びらのようだ。

 濃い目の蒼に、碧が薄く混じった美しい色合いの印章。

 これが、タクトさんの『魔力の色』なのだと思うと……シュレミスとレトリノのはしゃぎっ振りもなんだかもの凄く納得だ。

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