第61話 三十一歳 秋・弦月六日-4

 教会に戻った私を見て、レトリノが不思議そうな顔をする。

「何かあったのか?」

「いや……どうして?」

「なんだかニヤついている」


 初めて言われた……つまり、私が笑っている……と?

「いいように解釈するな。ニヤニヤしていて気持ち悪いと言っているのだ!」

「そうか。それは、すまなかった」


 そういいつつ、なんだか笑ってしまっていたのだろう。

 レトリノは『変な奴』を見るような目になっている。

 なんで私はこうも単純なんだろうなぁ。

 楽しくて、堪らなくなってしまうなんて。


 嬉しかったのだ。

 自分を許せと言ってもらえて、そうしてもいいのだと言ってもらえて。

 他人を解らなくても、寄り添えなくてももっと自分を好きでいていいと言ってもらえて。

 やはり、私は本当はとても我が侭で、自分のことばかりなんだ。


 あれ程大嫌いだった自分を変えていこうと、国を出た。

 少しずつ自分の駄目で役に立たないところを認めて、直していこうと思うことができるようになった。

 それでも、どうしようもなくて落ち込んで、その度に自分で自分を𠮟責していた。


『ただ自分であることを好きでいて欲しいです』


 そんなことを言われたのは、初めてだ。

 どれほどできなくても、どれほど至らなくても……ただその自分を好きでいる、というのはこんなにも難しい。

 私の中に価値を見出さなくては、存在していてはいけないとずっと思っていた。

 そしてそれを判断するのは『駄目な自分』ではなく、大いなる存在や私以外の人々でそれらに認められて初めて存在できるのだと。


『他人の気持ちを理解するとか寄り添うなんて、自分がちゃんとできてから余力がある時にすればいいんです』


 人を解ろうと解りたいと思っていたくせに、自分の事が何ひとつ解らなくて自信もなくて……ああ、確かにそれでは解るはずはないんだ。

 ……また、駄目なところを探している。

 切替って難しい。

 いいところ……か。

 好きになれそうな、嫌じゃないところ。

 どこだろう?


「レトリノ」

「……なんだ、突然名前など呼んで」

「私のことを君がどう思っているのかが聞きたいと思って」

「他国人で魔力が少なくてなんの役にも立たない」

 そのままだな。事実だから、傷つくことではない。

「だが……」

 え?

「だが、努力は……していると思う。神典もよく、勉強していると思うし……昨日の咖哩は、悔しいが、俺が作るものより旨かった」


 それだけ言うと、レトリノはその場を去っていった。

 彼が宿坊の出入り口を入り、その姿が見えなくなるまで……私は何も言えずその場で佇んでいた。


 嫌われていると思っていた。

 私も彼が……好きとは言えなかった。

 私は彼をまったくちゃんと見てはいなかった。

 彼があんな風に言ってくれるなんて、思ってもいないことだった。


 聞くことができない……というのは、尋ねることすらできていなかったということだ。

 答えが欲しいくせに、その人が自主的に話す言葉だけで判断していたということだ。

 解った気になって、尋ねてもいないことの答えを見つけられないからと……嘆いていた。


 レトリノは、私に対して決していい感情を持ってはいないと思う。

 だが、それでも見てくれていたのだ。

 そうか……今、私はレトリノにひとつ、いいところを見つけてもらえたのだ。

 私も、レトリノのいいところを見つけられた。


 こんなことが、嬉しい。


 好きになれるかは解らないけど、駄目なばかりではないと教えてもらえた。

 タクトさんの所でミオトレールス神官とガルーレン神官に言っていただけたことと同じように……レトリノの言葉が嬉しい。

 なんて簡単なんだろう、私ときたら。


 ミレナにだって、強いよとか、役に立っているよと言ってもらっていて嬉しかったのに、あの時と今とどう違うのだろう。

 本当にやりたいことをしている自分を認めてもらえた……から?

 ああ、本当に、私はなんて酷い差別主義者だったのだろうなぁ……

 アーメルサスとあの国の人々、そして神職も冒険者も、私はすべてを『自分を解ってくれない愚か者』のように思っていたのかもしれない。

 そう思っていることすら自分で気付くこともなく、図々しく。


 うん、ひとつ良さそうなところを見つけると、過去の自分が本当にダメ過ぎて嫌な所が倍以上も見つかってしまう。


『繰り返し真実の扉に手を掛け誓うがよい』


 繰り返し、過去と心に向き合いそれでも今の真実を……か。

 この言葉の『私の解釈』が見つけられたら、私も歩き出せそうだ。

 堂々と、神の御許に。

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