第41話 三十一歳 初秋・朔月下旬-1
ムアレスからサリストレに到着し、なんとかミーリエまでの方陣門を使うことができた。
……以前にいただいた銅の腕輪に付けられていた魔石の殆どの魔力、使いきってしまった。それなのに、私ときたら若干の目眩までしている始末だ。
魔力量の少ない大人だと、魔石で補うだけでは足りずに自分の魔力まで使うことになってクラクラするのはよくある。
体重があればあるほど、移動距離が長いほど魔力が必要になる。
そして、川や丘などの地形を飛び越す時は、かなり多くの魔力を要する。
今日から三日はドアンヌに留まって魔石に魔力を入れなくては、川を越えることができない。
越領してウァラク領、ドアンヌの町に入った。衛兵の制服が真っ黒なのだな……珍しい。
「え、橋があるのですか?」
「ああ。タンドーレに行くには、ここからだと不便だったから助かっているぜ」
町で聞いたところによるとここから一日半歩いた先あるサウルという村から、タンドーレという町への橋が最近かけられたという。
タンドーレはウァラクの一番東側にある町だ。西側に行かねばならないから遠くはなるが、シュトレイーゼ川を越える方陣門より魔力量が少なめで遠くまでの門が使える。
「タンドーレの教会門は、ベスレテアに続いているんだ。ロンデェエストに行くには不便だが……いいのかい?」
「ええ! 私はシュリィイーレに行きたいのです」
「へぇ……神務士さんが、珍しいことだ」
やはり今まで、シュリィイーレに行ったことのある神務士はいないからだろう。
すぐにドアンヌを出たかったが、魔力不足でふらふらしているので一泊だけ教会のお世話になった。
ドアンヌの教会は聖神一位だ。
こうして色々な神々の教会があるのも、とても興味深い。
アーメルサスではもの凄く居丈高な、神とは思えない賢神二位を祀る教会ばかりだった。
神々の言葉全てを受け止める皇国だからこそ、こんなにも多くの神々の絵画や神像があるのだろう。
司祭様にご挨拶をし、貸していただいた部屋がふたり部屋だった。
「すまないね。今日は、借り泊の神務士が何人かいるのですよ」
「いいえ、寝床があるだけでありがたいです」
そう言って同室の神務士にも挨拶をしようとしたら……ふいっとそっぽを向かれた。
ひとりだと思っていたところに私が来たので、機嫌を悪くしたのかもしれない。
特に何も話すことはなく、どうせ眠るだけなのだからと私はそれ以上何も言わなかった。
眠る前に腕輪の魔石に、できる限りの魔力を入れた。
……やはり、魔力切れになる前までだと半分も溜まらない。皇国の魔石は、質が良すぎるのだろうなぁ。
その私の軽い溜息を聞いてか、隣の寝床で横になっていたはずの神務士が立ち上がってこちらを見ていた。そして睨み付けるように私を見下ろすと、部屋から出ていった。なんだろう?
暫くすると、司祭様とその男が部屋に入ってきた。
司祭様が少し溜息をつきながら、休んでいるのにすみませんが……と声をかけてくる。
「この方があなたの持っている腕輪が、自分のものだと仰有るのですよ。少し拝見してもよろしいですか?」
腕輪……? ああ、魔石の腕輪か。
「間違いなく僕のですよ! 昨日、リドムランで盗まれたのですっ!」
「……これは、私がラーミカ司祭からいただいたもので、昨日はマントリエルのムアレスにおりました」
「嘘をつくな! おまえがリドムランから方陣門で来たから、魔石の魔力が空になったのだろうが!」
なるほど。
普通の皇国人であれば、川でも越えない限りこれほどの魔石に入っている魔力がなくなることはないのか。
私があまりにぼんやりとしているのを動じていないと判断なされたのだろう司祭様は、腕輪を外さず見せてくれるだけでいいので、と仰有った。
袖を捲り上げて腕輪を司祭様にだけ見せると、小さく頷いてもういいですよ、と微笑む。そしてまだ喚いているその男に向かい直り、厳しく言い放つ。
「この腕輪に使われている石が、何だったか覚えていますか?」
「ええ、僕のですからね! 青水晶ですよ!」
「……違うようですが……記憶違いでは?」
司祭様に違うと言われ、その男は一瞬たじろぎ慌てて勘違いでした、と声を上擦らせる。
「石は……え、と、せ、せい……いえ、蒼玉……ですっ」
「でしたら、どうやらあなたのものではないようですね。こちらの神務士が、ミーリエとの越領門を通ったことは身分証に示されていますし」
「どうしてっ! 皇国人の僕より、そんな他国出身者を信じるのですかっ?」
「……勘違いしないでください。信じているのは『我が領地の衛兵隊の検分』です。それに比べれば、おまえの嘘や言い訳など聞くに値しない」
ドアンヌ司祭の声に、怒気が籠もっている。
その男はそのまま別の神官に引きずり出され、戻っては来なかった。
それにしても私が他国出身だと解っていたのであれば、魔力量が少なくて川など越えなくても魔石の魔力を使い切るのは仕方ないと思わなかったのだろうか。
……もしかして、普通は他国出身だとしても、もっと魔力があるのかもしれない……
「すみませんでしたね、アトネスト」
「い、いえ……驚きました。あのようにすぐに嘘と判る、浅はかなことを言う者がいるのかと」
「たまに『自分は特別だ』と思い込む神務士がいるのですよ。自らの方が、より神々の側にあるから言い分が通る……と思い込んでいるのです。神職だからといって、臣民より優れている理由などないというのに……」
「私も、時折そのような錯覚をすることがございます。過ちと解っていても、私達の方が神について学んでいるのだ、と」
すると、ドアンヌ司祭は深く頷いて、それに気付くことが初めなのですよ、と微笑む。
「我々が学ばねば解らぬこと、納得できず感じ取れない神々を『学ばずとも知り得ている』方々もいるのです。学ぶから優れているのではない。学ばねば追い付けない我々こそが、未熟だと知らねばいけないのです」
深く深く、心に刻み込む。
こうしたことこそ、加護を失った国々の神職達は気付くべきなのだ。
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