第42話 三十一歳 初秋・朔月下旬-2

 夕食がまだだというと、ドアンヌ司祭は一緒にどうですかと食堂に連れて来てくださった。

 大勢の方というだけでなく様々な年代の方がいる店は美味しいのですよ、と馴染みの店に案内してくださった。鶏肉を焼いたものだったが、司祭様の肉は……なにやら、やたら真っ赤なものが乗っている。


「これは『辛茄子からなす』というものでしてね、ドアンヌやタンドーレでは多く栽培されているのです」

「辛い、のですか?」

「もの凄く辛いので、きっとあなたは無理ですよ。この地域出身でなければ、同じウァラクの者でも食べにくいそうですから」


 司祭様は美味しそうに召し上がっているが、唇が真っ赤に染まるので多分相当辛いのであろう。

 私の料理にはぱらっとかかっている程度だが、それでもピリッとするのだから。


「ほう、シュリィイーレ……ですか」

 私が研修で、と言うと司祭様は羨ましい、と仰有る。

「あの町は非常に素晴らしい魔法師が多く、教会司祭も最も聖神司祭様に近い最上位です。学べることは非常に多いでしょう」

「そうなのですか。色々な噂があって、少し不安で」

「どちらかというと、とても閉鎖的な町ですからね。あそこの教会には『原典』があったのですよ。行ったら是非とも、司書室をご覧なさい」


 原典……七冊の原典が見つかったのは、シュリィイーレ教会の隠し部屋だったそうだ。少し、胸の鼓動が早くなった。

 私があの洞窟で見た神話第五巻の原典と、見比べたい。

 不安より、また楽しみが大きくなった。


「明日、リドムランへは何時頃に?」

「いいえ、私は……サウルまで歩いて橋を渡りタンドーレに入る予定です」

「おや、遠回りをするのかね?」

「お恥ずかしい話ですが、魔力が少ないのでシュトレイーゼ川を越えるのが大変なのです。タンドーレからでしたら、ベスレテアまで方陣門を使っても大丈夫そうですから」

「あ、そうでしたね、君は他国の出身でしたね。随分と楽に皇国語を話すから、忘れていましたよ」


 では、すまないが……と、タンドーレとベスレテアの教会宛に、書簡を届けて欲しいと頼まれた。

 私は喜んで引き受けた。

『お使い』は、旅費を出してもらえるから心置きなく馬車が使える。

 そして、タンドーレからベスレテアへの教会方陣門使用の魔石を借りることができるのだ。

 使い終わった魔石は、移動先の教会に預ければいい。

 ……きっと、魔力の少ない私のために、ドアンヌ司祭はお気遣いくださったのだろう。



 翌朝、タンドーレ行きの馬車に乗り、私は一日かけてサウルに移動した。

 シュトレイーゼ川を渡り、天光が沈むまでにはタンドーレに辿り着く。

 予定していたよりも一日半、早い到着だった。

 タンドーレ教会で一晩泊めてもらう。


 ……やっぱり食堂では『辛茄子』の付いているものばかりだったが、なんとか一番辛くない料理を選ぶことができた。

 ドアンヌ司祭には、感謝してもしきれない。

 教えていただいてなかったら、きっと私はあの辛茄子を泣きながら食べていたことだろう……



 翌日の昼前には、タンドーレの教会からベスレテアへ。

 魔石は身につけているものより、手に握っているものの魔力を先に使う。

 左手に握っていた魔石の魔力は空になったが、腕輪の魔石からは殆ど抜けていない。

 無事にベスレテアで書簡を渡して、魔石を返却した。


 ……予定より随分と早い。

 リドムランから馬車の予定だったから、ベスレテアに着くのはあと三日は後だったはずだ。

 どうしよう……あまり早く行っても、ご迷惑になるだろう。


 それに、魔石をお借りできたので、あまり腕輪の藍晶石から魔力が抜けていないといっても少しは抜けている。

 なのでベスレテアに二泊し、魔力の回復をすることにした。

 ゆっくりと休んで、魔石に魔力を溜めてからレーデルスに入って馬車でシュリィイーレ……

 それでも、一日前になってしまいそうだな……

 そうだ、一日くらいは、シュリィイーレの町中の宿に泊まってみてもいいかもしれない。


 ベスレテア教会ではあまり神務士が来ないらしく、私はゆったりと寛ぐことができた。

 聖堂に入ると、そこには聖神三位の神像画があった。

 結い上げられた緑の髪には、赤い大輪の花がよく映える。


 アーメルサスではまるで噛みつくかのように聖神二位に挑みかかり、その炎で氷を溶かすように勇ましい姿で描かれることが多かった。

 しかし、大きな赤い花びらの花を持ち、たおやかに微笑むその姿から猛々しさなど微塵も感じない。

 こうして新たな教会で、神々のお姿を目にするたびに生きていてよかったと思う。

 まだ、胸の痛みを覚えるほど蘇ってくる記憶は哀しいものが多いが。


 このほんの少しではあるが『遠出』をして、人と話すことも少しずつ苦痛でなくなってきた。

 前に、進めている。

 きっと。

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