第40話 三十一歳 初秋・朔月中旬-2

 翌朝、教会を出て冒険者組合で伝言を頼み、先ずは南下してシュトレイーゼ川を目指す。

 ラーミカは大河近くの町のうちで、最も北に位置している。

 普通に歩くだけの移動だと中央部の少し南に流れるシュトレイーゼ川まででも十日以上かかってしまう。

 それでは半月でシュリィイーレまでは辿り着けないだろう。


 今、私がいただいた銅の腕輪についている魔石では、教会の方陣門でも一度か二度しか使えない。それも、一度使ったら魔力を溜め直さなくてはならない。

 私が自分で溜めるとなると、魔石いっぱいに魔力を入れて方陣門で使えるようになるまで三日はかかってしまう。

 ……まだ七百をやっと越えるくらいの魔力では……皇国での移動は大変だ。


 なので、三日かけてルオアーレの少し南の町サリストレまで歩く。その町の教会からは、ウァラクとの越領門があるミーリエまでの方陣門があるらしい。

 ミーリエからウァラクのドアンヌに入ったら、あのシュトレイーゼ川を越える方陣門を使って、リドムランという町に。

 でも私の魔力量では魔石に魔力を溜めきれないから、三日間はドアンヌにいてそれからの移動になる。リドムランまで十日で辿り着ければ、残りの日数を馬車で走るだけでもシュリィイーレまで着けるはずだ。



 意気揚々と歩き出し、二日目までは計画通りに進んだ。本当に全く魔獣がいないことが、まだ信じられない。


 だが、ルオアーレを越えた辺りで大雨に見舞われ、森の近くの小さい教会がある村で丸一日、足止めされてしまった。そこは賢神二位の教会で、彫像が飾られていた。

 かなり……違和感を感じた。

 いや、多分、こちらの姿の方が神典に則っていて正しいのだ。

 だがアーメルサスでは賢神二位は、なんというか……もっと荘厳で威厳があり、と言うと素晴らしいのだが平たくいうと偉そうで尊大な感じのする神だった。

 このように柔らかく微笑む像など見たことはなかった。


「ようこそ、ムアレスの村へ」

 神官のひとりが話しかけてきた。ここは女性司祭の教会なので、神官も全員女性だ。

 そして教会は子供達に神典や神話を教えたり、親のいない子供を預かる場所になっているから何人も小さい子達がいた。

 お世辞にも大きいとは言えない村でも、子供達の数は多くて楽しげな声が響いている。

 どうしても、アーメルサス……いや、ドォーレンの子供達と比べてしまう。

 あの村の子供達も元気ではあった。だけどどこかに影があって、とても不安げだった気がする。


 国が安定していないから、大人達が不安に怯えているから子供にまでその感情が伝播するものなのだろうか。

 ……本当に、私には『共感する力』が、足りないのだなぁ……

 あの時は、神話のことが話せるだけでただ楽しかった。

 彼等はどういう思いで聞いていたか、ちゃんと解ろうとしていなかった。


 司祭様は多くの人と触れ合えば、少しずつ気持ちは解るようになると仰有ったが道のりは長そうだ。

 今、私に纏わり付いてくるこの子達の笑顔の意味が、全く解らないのだから。

 私の腕を振ったり、上着の裾をひらひらと持ち上げて顔にかかる度にきゃっきゃっと声を上げるが……何が楽しいのだろうか。


「子供達は優しい人が解るから、お側にいたがっているんだと思いますわ」

「優しい? 私が、ですか?」

「ええ、子供達が纏わり付いても嫌な顔ひとつなさらないし。あなたくらいの男の方ですと、子供達を煩いと感じる方が多いみたいですから」

「神務士でしたら、そのようなことはございますまい」

「そうでもないんですよ? 子供が苦手な神務士さん、結構いらっしゃいますもの」


 いつの間にか二、三人の神官が子供達と一緒に側にいる。ここは、小さい村だというのに随分子供が多いのだな。十五人以上、いるのだが……


「この村の司祭様はキリエステス家門の方だから、子供達を預けたがる方も多いですし」

「あら、不思議そうなお顔ですね?」


 それは、そうだろう。キリエステスといえば、この国の大貴族十八家門でエルディエラ領の英傑だ。そんな家門の方の教会が……言っては悪いが、こんな小さい村の教会だなんて!


「お解りでないのねぇ。教会や町、村の規模が大切なのではありませんわ。どれほどその場所が『重要か』が、決め手なのですよ?」


 彼女達の話に依れば、この近くではマントリエルではあまり採れないと言われている鉄鉱石が獲れる鉱山がある。

 この村はその場所へ行くために必ず通る場所で、ここを経由にして坑夫達がその奥の山へと入っていくのだそうだ。

 その鉱山の近くにはもうふたつの村があり、大人達はそこで生活しながら夏の間は鉱山で探掘をする。

 しかし、冬になるとやはり積雪などで入れなくなってしまう。


 そんな彼等の冬期の生活の基盤が、この村になるというのだ。

 鉱山近くの町は危険も多く、あまり生活環境が良いとは言えないこともあり、子供達をこの村に預けて仕事に行っているのだ。


「休みの時には方陣門で戻って来る親御さんも多いですから、子供達が教会に集まって帰りを待っていたりするのですよ」

 鉱山近くの村には製鉄施設もあるというから、確かに子供達にとってはあまりよい環境ではないのだろう。

 その村ふたつと、ここの村の子供達を預かっているから子供の数も多いのか。


 ひとしきり走り回る子供達に付き合わされ、夕刻頃にはぐったりとしてしまった。

 子供というのは、こんなにはしゃぎ回るものだったのか……

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