第39話 三十一歳 初秋・朔月中旬-1

 それからはより一層……他の神務士達は私から遠ざかった。

 私だけが『特別扱い』と思われてしまったのかもしれないが、二、三日するとなんだか少し様相が変わった。彼等は私を見ては、忍び笑いを漏らすようになったのだ。

 その理由はすぐに解った。


 シュリィイーレに送られることが『問題のある神務士の再教育をするための研修である』と噂されていたからだ。


 もうひとつの王都などと呼ばれているシュリィイーレは、実は王都中央区から追い出されたり『訳あり』の者達が閉じ込められている町だとも。問題があるからこそ、直轄地として管理下に置かれ衛兵隊に常に監視されている町なのだと聞かされた。まともな神官、司祭であればあの町には行きたがらない……とも。


 だがその一方で、あの町ほど素晴らしい町はないという話も聞こえてくる。

 鍛冶師と魔法師の町で、どこよりも暮らしやすい……食事の旨い町だという者もいた。

 皇系貴系傍流の方々の多さは王都に匹敵するほどで、その為に教会は大聖教会と同じ第三位以上の神官と最上位の司祭がいる。

 そして、皇国最強と言われる衛兵隊が護る町だとも言われているようだ。


 あまりに差があり過ぎるから、どっちも信じられない。

 こういう噂というものは、アーメルサスでもよくあった。

 どちらも全てを信じるべきではないし、完全に全てを否定するわけにもいかないだろう。

 つまり、自分で確かめるしかないということだ。


 司祭様は溜息混じりの苦笑いで、あの町を正しく理解しているのは、あの町に住んでいる方々だけですよと言う。

「どこの誰だとしても、外から覗いただけで理解などできません」

「他の教会は……ちょっと、尻込みしてしまいます」

「いつも通りで大丈夫ですよ。あの町の教会は、今では随分と……良い神官達ばかりだと聞きました」


 昔は神務士も幾人かいたそうなのだが、あの『エラリエル神官』の事件以降には神務士は入れなくなっているそうだ。

 司祭様は大丈夫と仰有るが、私は『再教育』という言葉に少し怯えていた。

 しかも、第三位以上に神官しかいない『上位教会』で、神務士など……最下位なのは間違いない。

 その町での課務が、地下だったら……と思うと、不安で堪らなくなる。

 雪に閉じ込められるのであれば、表に出て人々と言葉を交わすこともないだろう。


 まただ、また、不安などという考えても仕方ないものに支配されている。

 自分で決めたんじゃないか! しっかりしろ!



「え? もう、発つのですか?」

 シュリィイーレでの『研修』まで、まだ半月もあるというのに明日この教会を発つようにと言われた。

 他の神務士達はクスクスと声を漏らし、やはり厄介払いだと笑う。

 そして別の部屋へと促され、司祭様とふたりで詳細を伺うことになった。


「実はですね、馬車方陣での移動を使わずにシュリィイーレまで行ってもらうことになるのですよ」

 馬車方陣は、乗合馬車に乗っての移動中に馬車ごと別の町まで移動するためにくぐる方陣だ。

 料金はかかるが時間を短縮するだけでなく、川や丘などの馬車が通りにくい地形を避けるためにも使われている。


「……あなたの魔力量が、少々問題なのですよ」

「私の魔力量、ですか?」

「馬車方陣は魔力量が千二百以上であれば通常料金で移動できますが、それ以下ですと乗車客の魔力不足を補うために割増料金になるのです……」


 そうだった。

 教会の方陣門でも、私の移動には他の人達より多くの魔石が必要になる。

 馬車方陣でも、乗客の体重が規定より重い場合や、荷物が多い場合、そして魔力量が低い場合は魔石を追加しなくてはいけないから高額になるのだ。


「申し訳ありません、アトネスト……うちの教会では、あなたを長距離で移動させてあげられるだけの……魔石のゆとりも金銭的ゆとりもなくて……」

「いいえ、魔力が少ないのは私自身の問題でございますから! 大丈夫です! あちこちの教会を訪ねながら、シュリィイーレまで参りますから」

「ありがとう、本当に情けないです……」


 ……久しぶりの『旅』だ。

 そうだ、冒険者組合にいって、ガイエスに伝言を頼まなくては。

 半月ほどは移動していることになるだろうし、その後半年はラーミカには戻らないのだから。


 そういえば、皇国では町の外を殆ど歩いたことがなかったが……何が必要なのだろう?

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