第38話 三十一歳 初秋・朔月初旬-2

 いつもの朝、いつもの課務。

 そして特に何も起こらない日々が続いていたのだが、朔月さくつきに入ってからずっと神務士達がそわそわしていることに気付いた。


 だが、誰に聞いてもはっきりした答えが返ってこない。

 自分には関係のないことなのかもしれない、と気にするのはよそうと思い始めた頃、司祭様に呼ばれて聖堂脇の小部屋へと入った。


「アトネスト、あなたに半年間の研修課務の話が来ています」

「研修、でございますか」

「ここを離れ、来月、弦月つるつき一日から翌年の新月しんつきの終わりまで別の教会での課務を行うことです」


 別の教会……ああ、そうか、四位からは別の教会での師事も増えるのだと聞いたっけ。

 だけど、ひとつの教会へ半年間も行くなんてこと、あっただろうか?


「この試みは初めてのことですが、非常に素晴らしい機会でもあります。その教会は三位神官以上でなければ本来職務に就くことができない、特別な場所です」

「そ、そのような上位の教会に?」


 そんな教会となると、王都の聖堂教会かそれに匹敵するほどの所だ。

 と、なれば魔力も多く必要だろうし、私のような他国籍の者が行っても良いのだろうか?


「そのことについては問題はありません。あなたは『神話五巻』発見に貢献したことで、ドミナティア神司祭から推薦されているのですよ」

「聖神司祭様から……!」


 なんと、光栄なことだろう!

 こんななんの取り柄もない私を、ただ道案内をしただけの私を推薦してくださるなんて。

 なのに……どうしてラーミカ司祭は、厳しいお顔をなさっているのだろうか?


「あなたが行くのは直轄地『シュリィイーレ』です。あの町は……非常に厳しい町です……いろいろと」

「厳しいとは、どのように?」

「冬場にあの町でとなると……閉じ込めて外に出さないためとしか思えません」

「……出られない、のですか?」

「雪が二階の高さ程まで積もり、表に出ることがかなわなくなる場合があります。そして冬場は食事事情がとても……大変です」


 なんと、全く他の町への移動手段がなくなり、食糧などが一切入って来なくなる期間が三ヶ月以上も続くらしい。

 市場は閉まり、食堂も食べもの屋も店を閉めてしまうのだとか……


「つまり、自分達で食事を作らねばならない、ということです。それも、限られた食糧だけで」


 司祭様の言葉に、とんでもない不安に襲われた。

 神職の方々や、神職を志す者達は基本的に料理などできない者の方が圧倒的に多い。

 しかし、多くの教会では料理人などを雇うことはできず、外食に行くしかないのが普通である。


 私も……当然、冒険者時代でさえ料理をしたことはなかった。

 あの施設でも、私がしたことは配膳だけだった。

 それなのに、食堂が開いていないなんて……その上、雪に閉ざされて他の町から一切の食糧が入って来なくなるなんて!


 毎年飢えて、凍え死ぬ者がいるのではないのか?

 そんな人々がいても、放置されてしまうような町なのだろうか?

 いや……もしかしたら教会でそういう困窮した人々を救っているのかもしれない。自分達の食べるものさえ削って……


「アトネスト、これは間違いなく『試練』といえる研修になります。確かにシュリィイーレで学べることは貴重であり、素晴らしいことでしょう。ですが……今までとは違うつらさがあるのも事実です」

「はい……」


 今まで食べ物に不自由したことは、殆どない。

 確かに未だかつてない『試練』かもしれないが、聖神司祭様の薦めてくださったことを断りたくはない。

 それに、直轄地というのならば皇王陛下が治めていらっしゃるのだろう。

 そのような格式高い場所でなら、最高の神学が学べるに違いない。


「是非、私を行かせてください」

「……途中で後悔しても、春になるまでどこにも出ることができませんよ?」

「はい、必ずや聖神司祭様のご期待に応えるよう、努めます」


 自分で決める、というのは不思議なものだ。

 いつの間にか私の胸には、不安より期待が溢れていた。

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