第37話 三十一歳 初秋・朔月初旬-1
神従士四位、神務錬士から神務士となっても、私は周りの神務士達とはあまり馴染めなかった。
笑っている人の側では、ただ何も考えず一緒に笑えばいいと解っているのだが……どうしても表情が動かないのだ。
自分の心を操ることができないまま、夏は過ぎて秋の風が吹き始めた。
マントリエルもアーメルサスと同じように、とても冷たい風が吹く。
一ヶ月ほど続いたコーエルト大河の逆流期も終わり、今年は堤防に大きな損傷はなかった。
ラーミカの町も今年の洪水の心配がなくなり、無事に秋を迎えられることへの感謝の祭りが行われるのだという。
ロントルのように町中が華やかに飾られるのかと思ったが、屋台が出て食べ物が増えたり、様々な別領地の物が売られたりするだけだった。
だが……こちらの祭りの方が、とても豊かだ。
そうか、華やかな飾りはただ目先を変えているだけで、いつもと雰囲気が違う程度にしか過ぎなかったんだ。
こんな風に珍しい食べものが用意されてもいなかったように思うし、行商人も少なかったと思う。
……祭りが始まる前にあんなことがなかったら、飾り付け以上に華やかな食事や人々を魅了する音楽などが用意されたのだろうか。
いや、一日、二日でここまでたっぷりと食糧が並べられることなどなかっただろうな。
北の果ての領地であっても、やはり皇国は豊かなのだと実感する。
聖神司祭様の手で発見された聖典は、今頃本物かどうかの審議にかけられているのだろうと言われていた。
ラーミカ司祭の仰有るには、今回発見された場所が他の聖典と違って教会ではないため審議は慎重になる……ようだ。
確かにあの場所には特別な雰囲気があったのだろうが、権威のある建物ではない。
また、どうしてあんな場所に隠すように置いていたかということも、聖典のあるべき場所として相応しくないのかもしれない。
「神々が加護をくださっているからこそ、古い書物があそこまでの魔力を湛えていたのだと思うのですが……『使命』に関わることですから慎重になさっているのでしょうね」
「『使命』というのは、それほどまでに重いのでございますか?」
「そうですね。私は使命を課せられた十八家門の出身ではありませんから、詳しくは解りません。ですが、その全てが皇国の安寧に関わるものということです」
皇国の貴族にはこの国のために課せられた使命があり、その実現こそが皇国に更なる平和と豊穣をもたらすと信じられていると、ラーミカ司祭は教えてくださった。
国のために全てを尽くすのが、貴族であるのだと。
時々、混乱する。
私がずっと学んできたのは『人々は神職に尽くし、神職の者は神々に尽くす』ということこそが美徳であり真理だと言われてきた『法』と『教典』だった。
だが、正典には一切そんなことは書かれていない。
神典にも神話にも神々が人を制約する言葉はなくて、罰することも試すこともない。
だから、貴族達の『使命』も神々に与えられた国を守るため、己に課している『誓約』なのだろう。
皇国は遙か昔に、大きく信仰が揺らいだ時代があったのだという。
そのことを知りうる書物などは残されてはいないが、貴族達はその中にあっても信仰を失わず神々からの恩寵と加護をなくすことがなかった人々の末裔だ。
おかしいものだな。
アーメルサスの神職五家系の者達も、そうだと言われていたはずなのに。
どうしてアーメルサスからは加護が消え、皇国はこうして発展を続け平和でいられるのだろう。
やはり『使命』という、決意の差なのだろうか。
アーメルサスは、かつてはもっと厳しい土地だったとされている。
国土は今以上に凍り付き、人が暮らせる場所など殆どなかったのだと。
だが、憐れに思われた神々が国土に祝福をくださり、氷が退けられて土が耕せるようになった。
そのことを快く思わなかった神が聖神二位で、その呪いの為まだ北の方には凍土が残っているのだと言われている。
呪いを退けることがアーメルサスに与えられた神々からの試練であり、悪神を信仰せずに抵抗し続けることこそが神職に与えられている役割だと。
だが、悪神などいないのだ。
その証拠に皇国では全ての神々の加護がこうして全ての貴族達を、この国の臣民達を守っている。
私はこの頭にこびり付いた、かつての間違った価値観を先ずは排除しなくてはいけないんだ。
アーメルサスの全てが間違っていたかどうかは解らないが、今正しいものを学べるのだから素直に受け入れていかなくては何も始まらないのだ。
そして……私の『冒険者』に対しての思いを一瞬でひっくり返してくれた、ガイエスのような人が……現れないかと、願わずにはいられない。
ああ、こういうのは『他人に判断基準を求めるな』とまた、ガイエスに怒られてしまいそうだなぁ。
窓の外の夜空を見上げ、ここに来た時に見た星空を思い出していた。
ガイエスにあの伝言は届いただろうか。
それとも、彼はまだ旅の途中だろうか……
次に会う時は、恥ずかしくない自分でいたい。
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