第36話 三十一歳 晩夏・夜月下旬-6

 聖神司祭様達とラーミカの教会に戻った私は、歓喜の伝播する教会の中で更なる孤独に見舞われた。

 やはり、誰もがドミナティア神司祭様に祝福の言葉を述べている。

 神々に対して、聖典を与えてくださったという感謝ではなく。


 人の喜ぶ姿は見ている者にとって、とても幸福感を与えるものなのかもしれない。

 だが、私は今までのことを全て思い出しても……『自分が楽しくない時に誰が笑っていても一緒に笑えた記憶がない』と気付いてしまった。


 聖神司祭様は、私に『君が皇国へ来ようと思ってくれたおかげだ。ありがとう』と言ってくださったのに……気持ちが色々なことに追いついていけなくて、喜びとして捉えられない。

 なんとか『お慶び申し上げます』とは言えたので、ぎこちなく笑おうとするが上手くはいっていなかったと思う。


 こんな私に、他の神務士達の強い視線が届く。

 多分、私が心から笑えていないことが解るから、不快に思っているのかもしれない。

 こんな私が、誰かの心に訴えかけるように神典や神話の真実を伝えることなどできるのだろうか?


 ……いや、今からでも遅くはない。

 解らなければ、解るようになればいいのだ。

 多くの方々と話をしていけば、私に響く言葉が、私に理解できる『共感』を得られる時がきっと来る。

 諦めてはいけない。


『繰り返し真実の扉に手を掛け誓うがよい。神の御許に戻るために』


 解るまで、何度でも。

 この道、と決めたのだ。

 立ち止まっていては何も変わらないと、ガイエスが教えてくれたではないか!


 私は無意識に、衣囊の中の『お守り』を握り締めていた。

 ……少し、力が湧いてくるような気がした。



 それからも、私はなるべく多くの方々と話をするように努めた。

 苦痛な時もあった。

 相手の言っている事柄は理解できるのに、感情の共有ができないことの方が多かったから。

 笑っている人を見ても幸せな気分にならない、泣いている人を見ても自分まで悲しくもならない。


 だが、人というのは感情に寄り添ってもらえると、慰められたり信用したりできるものなのだろう。

 私がなんとか言葉で説明したり解ってもらおうとするよりも、ただ一緒に一粒の涙をこぼした神務錬士の方が信頼されるのだ。

 ……これはもう、どういう意味かとか、理屈とか、そういうものでは説明がつかない。

 そもそも、感情というものは説明などできないのかもしれない。


 そして、何度か行われたのであろう裁定の結果……階位が上がり何人かの者が『神従士五位』に上がった。

 その昇位を告げられた時に私の名前は呼ばれず、やはり、と落ち込んだのだ。

 しかし、最後に……私の名が呼ばれた。


 神務錬士から、神従士六位から『神従士四位』に上がったのは、私だけだった。


 ざわっ、と他の神務士達から声が漏れる。

 当然だろう。

 私が一番、町の人達とも上手くいっていなかった。

 魔力も少なく、魔法もあまり持ってはいない。

『お使い』で伺った教会で、どのような裁定がされたのか司祭様が話してくださった。


「君が訪れた全ての教会の方々が、決して課務の手を抜かず真摯に、言葉で神典や神話の教えに基づいて話していたことを高く評価されたのです。私も正しい評価だと思いますよ。おめでとう、アトネスト」

「ありがとうございます……!」


 無駄ではなかったのだ。

 諦めずに言葉を紡いだことは、決して間違いではなかった。

 自分の考えや感情を言葉にすることはもの凄く難しく、未だに正しさにも迷う。

 だからこそ、神典と神話の言葉をお借りしていた。


 自分が考える、最も近い言葉を選んで、私は相手の感情をなんとか理解しようとし、自分の感情の説明をした。

『自分の言葉』ではないということには、少し後ろめたさもあるが私にはそのやり方が精一杯だった。


 生まれて初めて……私は神々に仕えていていいのだと『認められた』気がした。

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