第34話 三十一歳 晩夏・夜月下旬-4
あの時、星空に浮かび上がったこの小山の形は、今見えているものとよく似ている気がする。
だが……どこにも大きく口を開けた『入口』などはない。
「ここ、かね? アトネスト」
「おそらくそうだと思うのですが……あの時と、様相が少し違う気もいたします……」
「ふぅむ、少々探してみるかな」
聖神司祭様はそう仰有ると、衛兵達にも付近の鑑定や探知を指示なさった。
あの時は前を見るだけで精一杯だったが、改めて明るさの中で見回すと半円……より、少し小さめの扇のような形だ。
山裾のでこぼこした中に、このような広場があり人の手が加えられたかのようにも見える。
大きな石がいくつか、この先へ行くことを阻むように立ち上がっている。
蔦と草の蔓延るその大石のひとつに触れると、なんだか表面が平らに……?
「聖神司祭様! このあたりを……どうか、この辺りをお調べいただけませんか?」
「むっ! 何かあったか!」
思わず叫んだ私の声に、聖神司祭様と衛兵達が駆け寄ってくる。
そして衛兵のひとりが大石に手を翳し、魔法を発動させているようだ。
「……! この岩の奥に、空洞がありそうです!」
おお、と声が上がる。
何かを隠しているかのように置かれている、その大岩。
硬く重く閉じられた岩の向こうが、私の通ってきた回廊なのだろうか?
なぜ、あの時はこのように閉じられていなかったのだろう?
……私のために……神々が扉を開いてくださったと考えるのは、図々しいだろうか。
衛兵達は魔法を駆使し、その岩をどけようと試みる。
こんな大岩を砕くことはできまい。
かといって動かすのも……と見守っていると衛兵達は、その石の左下の地面を魔法で掘り出す。
土はさほど硬くなかったな……と初めてこの地に踏み入れた時のことを思い出す。
岩の下部、半分ほどが掘られただろうか。
がくん、とその穴に岩が入り込むように傾いた。
単独で立っていた岩だったので、その岩だけが左へと移動するように傾き更に自重でごろん、と転がった。
そこに、ぽっかりと空洞があり、足元は平らに奥へとのび、壁は煉瓦が積まれ真っ直ぐに天井を支える。
あの時の回廊だ!
「こんな……回廊があったとは……」
「山の中に入ってまで探査をせんから、町から山ひとつ分程度の場所だというのに今まで気付かなかったのか……?」
「それとも、誰かが通ったことで、初めてこの扉石が動くようになったのでしょうか?」
「反対側の入口から入ることが、条件だったのかもしれませんね」
衛兵隊員達の言葉に、聖神司祭様はうん、うん、と頷きつつ奥へと歩を進める。
そうだ。
この辺りはなんとなく覚えている。
暗かった回廊で徐々に目が慣れていって、大きく蛇行……あれ?
「い、行き、止まり?」
嘘だ、もっと先まで道があった。
何度かうねって……でも一本道で……
それにどちらの壁にも、あの日私が入り込んだ『入口』がない。
「ドミナティア神司祭様! こちら、扉のようです!」
分岐……なんて、あったのだろうか?
そうか、後ろを振り返らなかったから気付かなかったのかもしれない。
では、あの時はこの扉も開いていたのか?
「待ちなさい! 不用意に触れてはならん!」
聖神司祭様の声が響き、一斉に動きが止まる。
「このように古い扉には、魔力を注がねば開かぬものがある。触れた途端に、奪われるものすら存在するのだ」
衛兵達が一斉に飛び退く。
私も二、三歩、じりじりと後ろに下がってしまった。
だが、聖神司祭様はひとり扉の前に進み出て、その手を翳し……扉に触れた。
衛兵達の驚きの中、聖神司祭様はその『扉』に魔力を注ぎ続ける。
そして青い光が扉を満たして輝き、その光が天井まで達した時、厳かに扉が開かれた。
「ドミナティア神司祭!」
「い、いや、大丈夫だ。ふぅ……半分近く、魔力を持っていかれてしまったわい」
「……に、二千以上、でございますか……」
「流石は古代の扉でございますね……なんと厳しい」
二千もの魔力を必要とする扉?
では、聖神司祭様というのは、四千以上もの魔力を有しておられるのかっ!
開かれた扉の奥に続く部屋よりも、私はアーメルサスの神職達とのあまりの差に呆然としていた。
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