第31話 三十一歳 晩夏・夜月下旬-1

 翌日、私は心の中で笑顔、笑顔と唱えつつ、色々な店で話しかけては……ちょっと引かれていた。

 一朝一夕にできるものではない。いちいち挫けていては、いけない。


 草玉をいくつか買い求め、その臭いが漏れないという袋に入れてもらった。

 ……こんな袋にまで、魔法が付与されているのか。

 そういえば、ガイエスから渡された菓子の袋にもいくつも魔法が付与されていたな。

 最後にもらったあの焼き菓子はもうなくなってしまったので、なにかちょっとだけ甘いものでも買いたい。


 馬車の出発時間までまだ少し時間があったので、付近の店で何かないかと覗いてみた。

 通りすがりの店に、フェルティスの姿を見つけた。

 誰かと話をしているようだ。

 ああやって誰とでも話せるようになるまで、私はどれくらいの人に引かれなくてはいけないのだろうなぁ……楽しくもないのに笑うというのは……難しい。


「アトネスト!」


 ふいにフェルティスに呼び止められ、その場から立ち去ろうとしていた私は少し驚いた。

 一緒にいた人との話は終わったのだろうか。


「丁度よかった! 今この方と、アーメルサスの話になったところだったのですよ!」

「アーメルサス?」

「おや、君はアーメルサスの方々特有の緑がかった黒髪ですね!」


 もうひとりの男は商人のようで、フェルティスとはなんと初対面だという。

 まるで旧知の仲のように話し込んでいると思ったのだが……ふたりとも、とても会話を楽しんでいるようだったのに。


「実は昔、アーメルサスの製品を扱っていたことがあったのです。国境が封鎖されてしまっているのでもう入って来ないと思っていたのですが、ほんの少し前まで取引していたらしい商会がありましてねー。不思議に思っていたのですよ、どうやって入ってきたのかと……」


「そうなのですか……私は商人の知り合いはおりませんでしたから、ガウリエスタとの戦いが始まって以降も皇国に入っていたとは知りませんでした」

「やっぱりそうですよねぇ……僕も『アーメルサス製』と言われたものを見たのですけど、どう見ても違うとしか思えなかったんです……でも、電気石を使っていたのですよねぇ」


 電気石を使った製品は確かにアーメルサスのものの可能性があるが、オルフェルエル諸島のある島では作られているとも聞いたことがあった。


「オルフェルエル諸島? ……どうやってあの辺りの商品が皇国に?」


 フェルティスが不思議そうにするのも当然だ。

 ウァラクの国境が通れなくなったのであれば、海路で北の氷の海を進んでいくか、南からドムエスタの海域を掠めて通る以外に皇国との行き来は不可能だ。

 そこまでして皇国が、あの島々と交易を持ちたいと思えるものがあるとは考えにくい。

 ましてや、電気石の商品なんて皇国では殆ど不必要なものばかりだろう。


 十年以上前であれば、電気石商品も皇国で売れていたと聞く。

 しかし、必要なものとしてではなくて『珍品』としてだったと思う。

 アーメルサスが電気石がなくてはできないことの全てを、皇国では子供でも使える魔法でできるのだから。


「アーメルサスではもう、東側で電気石は殆ど取れないはずですから、他国に売るより自国内で使う分しかないでしょう」

「あの石は、元々産出量も少なかったと聞きますしねー。オルフェルエル諸島の物が入ってきているとしたら、かなり資金が潤沢で酔狂な商人が仲介をしているのでしょうねぇ」


 ふと、頭の中に『赤月の旅団』が浮かんだ。彼等の『資金』はどこからでているのだろう?

 よほどあのギルエストという団長は金持ちなのか?

 もしかしたら……裏に誰か、いや、何か、いるのかもしれない。

 ミレナは……無事だろうか?

 本当にアーメルサスを救おうとして活動しているとは……どうしても思えないのだが。

 私が随分と深刻そうな顔をしてしまっていたからか、その商人さんはごめんね、と軽く頭を下げる。


「君には思い出も沢山ある故郷だもんね、すまなかったねぇ、なかなか帰れない状況なのに、思い出させるようなことを言ってしまった」


 その言葉にフェルティスが、しまった、と言うような顔になる。

 私が嫌がるかもしれない話だとは思ってもいなくて、商人さんに言われて初めて気付いたのだろう。

『帰れない故郷』ということに。


「いいえ、お気になさらず。私はこの皇国にどうしても来たくて、皇国で神々のことを学びたくて自らあの国を出たのですから」

「そうなのかぁ! なんて素晴らしい志だ! 君の前途と研鑽を心から応援するよ、僕は!」


 随分と大袈裟に感激するように、商人さんは私の手を取り、お守りだから持ってて、と小さい石で作った『蛙』を渡してきた。

 ……この石、どう見ても貴石なのだが……?


「僕の故郷では、割と沢山拾える石なんだ。是非是非、衣囊にでも入れて持っていてくれたまえ! きっと、幸運に恵まれるから!」


 そういわれて受け取った、緑色の小さい蛙。

 フェイエストも、黄色いのをもらったんだよ、と見せてくれた。

 アーメルサスでは蛙は春を告げる生き物として、とても大切にされていたっけ。

 私は見たことがなかったが、こんなに小さくて可愛らしいのだろうか。

 ちょっと嬉しくて、胸の衣囊に入れておくことにした。


 皇国の人達から、私はこんなにも『幸運』を分けてもらっている。

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