第28話 三十一歳 盛夏・夜月初旬-4
ラーミカ司祭の告白は続く。
司祭は……当時は神官だったそうだが、毒計画の失敗ののちその町に入った。
やはり先に方陣を見つけなくては、とあらゆる場所の調査を再開した。
その頃、なんと今まで訪れたことのない聖神司祭様のひとりが、その町に頻繁にいらっしゃるようになり『絶対にここにある』と、確信なさったそうだ。
「その時にいらしたのは、ドミナティア神司祭でした……そして、何度もその町を訪れるようになったのです」
きっと何か特別な理由があるはずだと、潜んでいた者達は動向を見守っていたのだという。
隠されている『偉大な何か』を見つけるため……いや、見つかったからこそ、その町に態々来ているのだろう、と。
「私達はそれこそが、極大方陣が隠されている場所だと思いました。歴史書にも『偉大な魔法を書と共に隠した』と書かれていたのだから、ドミナティア家門が探す原典と共に隠して当然だと」
「……原典……!」
ドミナティア家門は神典と神話の原典を数千年、探し続けているのだという。
そしてそれのある場所こそ、極大方陣の隠し場所に相応しいはずだと思ったらしい。
「ある日、司書室を訪れた方々が……偶然、全く今まで見つけることのできなかった『入口』を見つけた。それを知った時、私の胸は高鳴りました。これで大いなる魔法が手にできる、もう不当な扱いに苛つくことはなくなる、劣等者達を排することができる……とね」
実際にはそんなものはなくてただの勘違いでしたが、と司祭はまた少しだけ笑った。
己がどれほど愚かだったか、その時に痛感したのだという。
なんと……仲間だと思っていた者のひとりに、いきなり斬りつけられて重症を負ったらしい。
「極大方陣には生け贄が必要……その最初の生け贄にされるところでした。なのに、私を救ってくださったのは……私が妬み蔑んでいた……あの方、だったのです」
私は語り続ける司祭に、どのような感情を向けていいのか解らなくなっていた。
神々の裁定を信じることができずに愚かな行為に荷担し、努力を重ねる方を認めることもできぬ狭量でくだらない咎人と言い放ってよいのだろうか。
自らの心の弱さを、受け入れることができなかったことを憐れむべきなのだろうか。
私にはラーミカ司祭の気持ちが……どうして私にこの話をしたのかの気持ちが、理解できなかった。
「怪我を治していただいておきながら、私はまだ正しいことが何かを理解できずに、極大方陣をも彼等が独占するのではと悔しくて堪らなかった。でも……そこにはそんなものはなく、ただ原典のみが存在していました」
「あ、あったのですか? 原典が、そこに……!」
ラーミカ司祭は静かに頷く。
原典があった場所は今まで誰も見つけることができなかった『地下の更に下』であり、発見された本の全ては古代文字で書かれていたという。
神々に仕える身でありながらそれらの本にいっさい見向きもせずに、欲望を満たす方陣の発見ができたと喜んだ罪深さを、後にどれほど恥じたことか……と、ラーミカ司祭は唇を噛む。
「そして私はその真に偉大な、神々の力を体験したのです」
「偉大なお力、とは魔法ですか?」
司祭は首を横に振る。では一体、なんだというのだろう。
語られたそれは、にわかには信じがたい話だった。
「それが原典であること、その原典をなんとその部屋を発見した青年が全て完璧に読めるということ、自分に……咎があるのだということの全てが……まだ私には受け入れられなかった。でもその『原典』は、正しく、そして真実を話す者にのみ『神々の言葉』を示すものだったのです」
「真実?」
「己の過ちに気付いていながらも認められずにいた私は、その原典を開くことができなかった」
「……? ただの本、なのですよね?」
「そうです。でも、本当にできなかったのですよ。その場にいて真実を語り正義を執行なさった方々は、難なく開くことができたその神々の言葉の書を私だけが、開けなかった。神々は私に、言葉すら与えてくださらなくなった」
その時の絶望は、己の命を絶つだけでは贖えぬほどだったという。
しかも知らされたいくつかのことで、自分が本当にただ『利用されていただけ』と確信した。
仲間と信じていた者達とはなんの絆もなく、神々からも既に見放されてしまい全てが終わったと思っていた。
だが、原典を読めるというその青年は、ラーミカ司祭に神の言葉を示されたのだ。
『繰り返し真実の扉に手を掛け誓うがよい。神の御許に戻るために』
それを得て、その後開かれた裁判で正しき真実を語り、再び原典の審判を受けた時に司祭はその神の書を開くことができた。
「開いた原典に書かれていた言葉は、かの青年が私に示してくれた言葉の書かれていた箇所だった……私は、二度、その言葉に救われた」
その後、自分達の愚かな嫉妬心がある犯罪者達に利用されたものであったということを知らされ、自分達が劣等者などと侮っていた方が、今では信じられないほどの魔力を獲得していることも知った。
『真実』が明らかになっていくにしたがって、自分達が正しいと思い込んでいた全てが崩れていった。
そして騙されて殺されかけ、直接誰かを傷つけたわけでもなく、原典審判で神々からの赦しを得ていたこともあり、司祭は十年間の神仕としての禊ぎを課せられるだけという裁決となった。
事件が三年前で……禊ぎが十年?
「……そうです。本当ならば、私はまだまだ、赦されてはいけないのですよ……」
「ならば、どうして?」
「神仕となって二年目に、私に聖魔法が顕れたのです」
聖魔法は、神々に愛された者が賜る魔法。
人々を導き、支える者に与えられる恩寵。
「それで……恩赦復位、ですか」
「そうです。しかし、それを良しとしない方々も勿論います。当然ですね。私が罪を犯したことは紛れもない事実で、その罰を受けずに赦されていいはずがない。ですが……聖魔法を得て司祭となることこそ……罰なのだと仰せの方がいらしたのです」
司祭という上位階位になることが『罰』?
「罪人であり『最も侮蔑すべき者』となった私が、聖魔法を得て司祭となる……かつて私が妬み羨み憎んだ、以前の『あの方』と同じような立場におかれたのです。たった十年で贖える罪ではない、今まで侮っていた方と同じ立場で全ての司祭達から蔑まれても尚、神に仕えて生きられるかを……試されているのだ、と」
『神の御元に戻るために』
これはラーミカ司祭が良心を持ち、後悔を抱いているからこその『罰』ということなのだろうか。
司祭という階位の中で、ラーミカ司祭は最下位でありこの教会から他へ移ることは許されていないのだという。
神だけでなく、その町の臣民達にも仕えよということなのだ。
「ですが、私の罪を考えれば、これは途轍もない厚遇なのですよ。コーエルト大河という、大切な川の堤を守る方々の手助けができる。そういう使命を与えられて、生きることを許していただけている。ただ……未だに時折……差別的にことを考えてしまう癖が出て、後で落ち込んでいますけれど」
司祭の青い瞳には、一点の曇りもない。
この言葉は、彼の真実の言葉なのだろう。
「それでも、こんな到らない私をこの教会に導いてくださったドミナティア神司祭様には、心から感謝しています。あの町にドミナティア神司祭が来てくださらなかったら、私はきっと今でも醜い思いに囚われて、どんどんと神々から遠ざかっていたでしょう」
ドミナティア神司祭様……なんと寛大な方だろうか。
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