第27話 三十一歳 盛夏・夜月初旬-3

 ラーミカ司祭がランテルロー司祭に会釈をし、私を紹介してくださった。


「半月ほど前に、ラーミカの教会にて神務錬士となりましたアトネストです。次回より、彼がこの町での買い物に伺いますのでご挨拶に参りました」


 ランテルロー司祭はその言葉に返事をするでもなく、私の方に歩み寄り笑顔を向ける。


「ようこそランテルローへ、アトネストくん。まだ、適性年齢前なのかね?」

「はい、あと四年ほどでございます」


 本当に一人前と認められるのは、成人の儀から十年後の適性年齢となってからだ。

 婚約が可能となり、神々にそれまでの研鑽に見合った魔法が与えられていると認められるのである。


 この年齢を過ぎると家系魔法や血統魔法は顕現しないとされ、身分が確定する年齢であるとも言われている。

 ランテルロー司祭は頷いて私の肩に手を置き、まだまだ色々な可能性があるから励むようにとお言葉をくださった。


「ただね、アトネストくん、たとえ適性年齢を過ぎても決して諦めずに精進したまえ。いくらでも魔法は獲得できるし、魔力も伸びる。そして、身近であったとしても『道を踏み外した者』の言葉に惑わされたり、引き摺られないように注意しなさい」


 ちらり、と毒を含む視線が、ラーミカ司祭に投げられているように感じた。

 ラーミカ司祭は何も言わず、深々と頭を下げるだけだ。

 そしてその冷たい視線だけでランテルローの司祭は、ラーミカ司祭には一言も掛けずにその場を離れた。


 とてつもなく、後味が悪い。

 あの視線は……よく知っている。

 アーメルサスで、私の加護神を知った時に周囲の人々が私に向けた視線にそっくりだ。


 侮蔑と不快の視線。


 ラーミカ司祭の一体何が、あのランテルロー司祭は厭わしいというのだろうか。

 その後、すぐに方陣門を使って私達はラーミカへと戻った。

 私は、気になって仕方がなかったが、どう尋ねていいのか逡巡していた。


 もしも自分があの視線の意味を他の誰かに尋ねられたとしたら、きっと答えたくないと思うだろう。

 好奇心で尋ねたりしたら、司祭は傷つくに違いない。

 ……そんなことは、したくない。


 だが、司祭は私の抱いている、不躾な疑問に気付かれていたのだろう。

 少し悲しげに微笑みながら、話してくださった。


「ランテルローの司祭様の私に対するあの態度は……尤もなのですよ。私は『咎人』ですから」

「え……?」

「三年ほど、前の話です」


 ゆっくり、司祭は語り聞かせてくれた。

 かつて『下位貴族』と呼ばれていた者達が、ある大貴族の嫡子があまりに魔力量が少なく『劣等』であるにもかかわらず、その血筋故に庇われ依怙贔屓されている……とかなり昔から不満を持っていたのだという。

 それは血統魔法を持たず、聖魔法にも恵まれなかった皇系、貴系の者達も、何故、と思っていたことだったのだと。


「その方は大した魔法も使えず、魔力量も少なかった。そういう方は直系でも傍流でも少なくはありません。ですが……その方だけは、何故か『特別』だったのですよ」


 今思えば、それに見合う努力をなさっていた方だったからなのですがね、と司祭は溜息をつく。

 その努力と勤勉さを誰もが認めてはいたが、魔力量はさほど増えず子供が使うような魔法すら持たなかった筈のその方に、貴族の嫡子となる証の『血統魔法』が現れた。


 それだけならば……まだ、周りの『持たざる者達』は、嫉妬しながらも抑えることができていた。

 しかし、成人の儀でその方は魔力量の多い兄よりも先に、神々の祝福と言われる聖魔法まで手にしたのだという。


「血統魔法も聖魔法も、使用には多くの魔力を必要とします。なのに、その魔力を持たず十全に使うどころか発動すらできぬ者に、どうして神々はそのような魔法を与えるのだろうと、恩寵に与れなかった者達の不満がより大きくなったのです……愚かなことに」


 神々の裁定に疑問を持ち、近視眼的に目の前の『恵まれた者』を妬み嫉み憎しみの標的にした。

 そうして周りがどれほどその方に対して不敬で無礼なことをしでかしたか、今となっては神をも恐れぬ行為だったと司祭は目を伏せる。


 私は八十歳手前という若さで聖魔法を獲得し司祭になられたラーミカ司祭でも、そんな感情に囚われてしまうものなのかと意外な気持ちだった。


「多くの知識を得て研鑽を積み、与えられたものに対して恥じぬようにと振る舞うその方を、周りが少しずつ認めて受け入れるようになっていったこともまた……愚かな私達には歯がゆいことだったのです」


 どうしても認めることも許すこともできぬ者達は、聖魔法を越える偉大な魔法さえ手にできればそのような『劣等者』を追い落としてしまえる、排除してしまえると考えるようになったのだという。


「皇国には『極大魔法』と呼ばれるものを封じたとされる方陣が三つ、確認されています。しかし、伝承では五箇所に隠されていると伝わっており、まだ見つけられていないものであれば掠め取ることができるはずだと、浅薄にも考えたのですよ」


 すでに確認されている三箇所は厳重に警備され、近付くことは困難であった。

 あらゆる伝承を調べそのひとつが、ある町に隠されているのではと考えて調査をしていた矢先に……『その方』が、その町の衛兵隊へと赴任してきたのだそうだ。


「本当にあの頃の我々には、何ひとつ正しいものが見えていなかった。その方がいらしたのは、神々に『おまえ達の手で排除せよ』とお許しをいただいたに違いない……と思い込んだ。自分達の悪事を、正当化するために」


 極大方陣には『生け贄』が必要だと既に読み解かれていた。

 だから、方陣そのものがまだどこにあるかはっきりしていなくても『贄』を捧げれば某かの反応があるはずだと考えた者達が、町自体を『贄』にすべく毒を使うことを計画したが失敗。


「その時に気付くべきだったのですよ。その計画を未然に防いだのが『その方』であったのですから……神々がその方を呼び寄せたのが……我々を制止するためだったのだ、と」


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