第26話 三十一歳 盛夏・夜月初旬-2
手渡されたのは、肘上に嵌める腕輪だった。
袖の中に隠れるそれには、あまり飛び出さないようにいくつかの貴石が付けられていた。
「これは魔石です。手で持つ方がいいのですが、それだと荷物が持てなくなってしまいますからね。そして左腕に着け、胸に近い方が魔力の少ない者達にとって負担がないのです」
加護法具というほどのものではなく、魔石をなるべく持たずに使うための道具なのだろう。
このような魔石を身につけておくための道具類は、西の外れシュリィイーレという町で作られるものだという。
「シュリィイーレ産は大変質がよく、かの地で採れた鉱石は何度も魔力を補給できて、複数回使えるのですよ」
「素晴らしい魔石ですね……このように青の濃い……藍色の魔石なんて、初めて見ました」
「これは『
「……魔石の色は、そんなにも大切なのですか?」
初めて聞いた。
アーメルサスでは、石の色なんて気にしていなかったが……
「魔石の色は持っている魔法の色相や加護神に合わせると、魔法として発動した時に効率がよくなるのですよ。大きく影響はしませんが、助けにはなります。君は加護神が藍色で、青属性の魔法が主体ですから青い石がいいですよ」
知らなかった……魔法に関しても、やはり全然知識量が違うのだなぁ。
司祭様に付き従い、私はご領主の町・ランテルローへと足を踏み入れた。
ランテルローはとんでもなく活気に溢れた、賑やかな町だった。
領主の住まう町というのだからもっと厳格で、落ち着いてて……なんというか、お堅い町だと思っていたのだ。
なにせ、このマントリエル領の領主・ドミナティアのご当主は、聖神司祭という教会で最も高い階位の方のひとりだ。
神々の教えに忠実で、厳しいお方と聞く。
この町の雰囲気とは……まったくと言っていいほどそぐわない気がする。
「何を不思議な顔をしているのですか、アトネスト?」
「なんだか……聞いていたマントリエル公の人物像と、かけ離れているような印象の町だな……と」
「ははは、そうかも知れませんねぇ。今は夏ですからね。マントリエルでは夏の間は、それはそれは賑やかなのですよ」
皇国の最も北に位置するマントリエルの北側では、冬場の雪はさほど積もらないもののヴァイエールト山脈の山々からの強風でとんでもなく寒くなるのだそうだ。
そのため、冬場は臣民達の活動も減って、今のように街頭で楽器を奏でるなんてこともできなくなる。
だからこそ、人々は短い夏にはめいっぱい楽しむのだという。
「豪雪のシュリィイーレのように、冬場に外に出られないということはありません。ですが、やはり売られるものは少なくなりますし、生活のための魔石も多く必要になりますから厳しいことには変わりないですねぇ」
「夏場は大河の逆流と氾濫、冬場は山々からの強風と極寒ですか」
「南の土地のように、魔虫被害が殆どないのが救いですねぇ」
町を歩きながら、様々な生活必需品を買っていくが主な目的は羊皮紙や筆記具などの購入だ。
ラーミカでは充分な量が揃えられないこともあり、毎月買いに来るのだという。
教会では町の子供達に読み書きや神典についての勉強会を開き、職業や生活についての相談も受けている。
親たちが仕事をしていて子供の面倒がみられない時間、子供達を預かる教会もある。
「あ、ありましたよ、司祭様、
「おお、これですか! ウァラクから、各領地に売り出されたというのは! アトネスト、千年筆はないですか?」
「ええと……これですね。ぎ、銀?」
「これは
千年筆という『魔力を使って色墨を付け足さずに書ける筆』は、まだ魔法を碌に使えない子供達や、発動すると危険な魔法ばかりしか持っていない者達が『流れ』を整えながら使うことができる『修練具』として非常に優秀であるらしい。
子供の頃というのは、まだ魔力の流れが不安定で魔法はろくに使えない。
だが、この千年筆に五十ほどの魔力を注ぐと、二刻ほどの間は文字を書くことができる。
毎日のようにその筆に魔力を注ぐだけで、小さな魔法を使うのと同じ効果があり、魔力量を無理なく伸ばしていく手助けになるのだという。
子供であれば、一日に二刻以上文字や絵を描き続けることもないだろうし、面白がって魔法を使いすぎて魔力不足になることもない。
これは魔力量の少ない私達他国民にとっても非常によい、訓練具である。
しかも書いた文字には魔力が入っており、その魔力は個別に違うから鑑定で誰が書いたものかが解る。
そして、魔法師でなくても『魔力を溜めることのできる方陣』が描けるようになるのだ。
各地で子供達の学習に、この千年筆を取り入れる教会が増えている。
それに伴い、修練用の紙として羊皮紙より安い樅樹紙という『色墨で書いても透けない紙』が人気になっている。
そのどちらもが、ごく最近に作り出された魔法からできあがっているのだという。
どこよりも安全で強く、豊かな魔法国家……それなのに、いまだに新しいものが生まれ続けている。
覚えること、知らねばならないことがいっぱいだ。
魔法師が減ってしまい、ろくな魔法が育たなくなったアーメルサスでこの千年筆による方陣が描けるようになったら……きっと、子供達の時代には、もう少し暮らしに魔法が使えるようになるかもしれない。
そうしたら血統による加護は取り戻せなくても、多くの人々が魔法の恩寵を手にできるようになるはずだ。
「おやおや、あんたさんは『神錬さん』かね?」
『神務錬士』は臣民達にそう呼ばれる。
青ねず色の衣は『見習い』の印だから、すぐに判るのだ。
その雑貨商の爺さんはにこにこと、色の付いた樅樹紙も子供等は喜ぶよと教えてくれた。
「紙に、色が付いているものもあるのですね!」
柔らかく優しい色合いだ。
どの色の色墨でも、綺麗に映えるだろう。
「本当ですねぇ……これは私も知りませんでしたよ。こちらは新しくできたのですか?」
「神泉の町・ペータファステで、作られはじめたのさね。どうだい、白いものと値段はあまり変わらないよ?」
司祭はそうですねぇ……と、ちょっと身を乗り出すが、ここは止めなくてはいけない。
他の神官の方々に頼まれたのだ。
『司祭は『新しいもの』に心を動かされがちだから、無駄遣いさせないための同行なのだぞ!』と。
「司祭様、紙をこれ以上買うとお食事の肉が、半分になってしまいますよ?」
ぴたり、とラーミカ司祭の手が止まる。
「仕方ありません……色紙は次回にいたしましょう」
こう言えば効果は抜群だと教えられていたが、ここまでとは。
雑貨店を後にして、教会へと向かう。
方陣門でラーミカへ戻るためだ。
朝訪れた時はこの教会の方々が礼拝中であったため、言葉を交わすことなく一礼だけで教会から町に出てしまった。
今はまだ昼食時間の少し前、皆様が揃っていらっしゃる時間だ。
ランテルロー教会の司祭様は十八家門の血統魔法を継ぐ方で、マントリエル公を除けばこの領地で最も格の高い司祭様だという。
ラーミカ司祭と中に入ると、大勢の方々がこちらに視線を向けるが……すぐに逸らす。
……何か、あるのだろうか?
すれ違っても挨拶を交わすでもなく、無視とでもいうような雰囲気だ。
いったい、何故?
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