第24話 三十一歳 夏・望月-14
朝焼けに包まれる町を目指す。
高さの揃った外壁は目の高さより低く、町中の家の二階部分が見える。
朝の早い時間だから、町の門は開いていないだろうと思っていたのだが門番が立っている姿が見えた。
恐る恐る、声をかけようと近付いた。
突然、門番のひとりがこちらを振り向いたので焦って立ち止まってしまった。
その表情が、ぱっと、明るくなって更に驚く。
「おはよう! 昨夜は山で過ごしたのか? 大変だったなぁ」
「あ、ああ……ずっと、崖を登ってて……」
「おいおい! まさか、大河に落ちたんじゃ……!」
「いや、落ちてはいない。ちょっと水に浸かったことはあったが、肉食魚にも噛みつかれなかったし」
「そうかぁ! よかったなぁ。堤の整備には危険が多いからな。今日は町の中でゆっくり休んだ方がいいぞ」
「あ……ありがとう」
もの凄く勘違いをされている気がする。
堤の整備で、この山に入る人がいるのだろう。
やっぱり、あの回廊は整備士達のための通り道だったんだな。
そちら方面から来たから、まさかアーメルサスから来たとは思われなかったのかもしれない。
でも、身分証を見られれば、すぐに解ってしまう。
何をどう言えばいいか解らずにいると、門番から『じゃあ、身分証を』と提示を求められた。
もう、隠し果せないだろうから、聞かれたことには正直に答えよう。
「ほう、投擲士なのか! いい職だな。整備には正確な投擲が必要になることも多いから、あちこち行かされて大変だっただろう」
いい『職』だと?
「うむ、これでいいぞ。後でちゃんと、冒険者組合にも行けよ。作業証明に山で過ごしたことも入れておくから」
「え? そんなこと……」
俺は、そんな依頼を受けたのではないと言おうとしたのだが、門番は町に戻らずに仕事をしていて事故に遭いかけているのだから、当たり前だぞ! と全然違うことを言う。
そして、早く休めよ、と笑顔で町の中へと招き入れられ……弁明の機会を失ってしまった。
さすがにこの作業証明で、やってもいない作業の金を受け取ることはできない。
しかも密入国だ。
そうか、こんな方法で大河沿いから入り込む奴など、今までいなかったのだろう。
だから堤の作業以外の者がいるなんて、思っていないんだ。
確かに、アーメルサスの者がヴァイエールト山脈の東端まで辿り着けるなど、あり得ないことだ。
空でも飛べない限り、あの山々を越えるなど不可能だ。
ガイエスのように『門』の方陣を仕掛けているなんて、それこそ皇国人だからできたことだろう。
……そうか、あちらから入れるとしたら、すべて皇国人だから……皇国で元々暮らす者達だけだから、不審に思われなかったということなんだろうか。
勘違いでも、町に入れてほっとしている。
善意を利用してしまったようで、少し心が痛むが。
アーメルサス文字の身分証でも問題にならなかったということは、アーメルサス在籍の冒険者達も堤の工事で働いているのだろう。
もしかしたら、ミューラやガウリエスタの者達も。
だが、俺がまず向かったのは冒険者組合ではない。
教会だ。
俺が生きていくと決めたのは、神典と神話を学びアーメルサスに持ち帰りたいからだ。
……あんな扱いをされていながらも、俺は、あの国を諦められずにいる。
あの国では犯罪者である俺に、帰れる場所があるかは解らないが。
教会には、その正面に町の名前が書かれている。
町にある教会はひとつだけで司祭というのもひとりであり、名前や姓を呼ぶことが不敬となる場合もあるから、基本的に町の名前を司祭の称号とするのはアーメルサスと変わらないと思う。
『ラーミカ』と書かれた教会の門の前に立ち、深く息を吸う。
ゆっくりと息を吐きながら、気持ちを整えて門をくぐった。
扉を開け聖堂へと進む。
広がる空間には誰もいなくて、壁に浮き彫りで作られた
正面に絵画が掲げられている。
背景は藍色で下の方の濃い部分には星が鏤められ、上に向かって明るくなっていた。
結い上げられた金赤の髪、背景とは逆に下に向かって薄くなる藍色の衣。
柔らかく微笑み、民を見守る聖神二位の姿があった。
涙が溢れて止まらなかった。
胸がいっぱいで、唇が小刻みに震える。
自分の加護神がこんなにも、美しい女神として描かれている姿を見たのは生まれて初めてだ。
アーメルサスでは最も蔑まれ、貧困と苦難の象徴のように描かれたその姿。
氷に閉じこもり他者を退け、温かな感情がないとされた『試練を与え恵みを奪う神』の姿しかアーメルサスには存在しない。
聖堂に掲げられることはなく、愛されることのない神だった。
みっともなく泣いている俺が近寄ってきた人影に振り返ると、目の前にすい、と手巾が差し出された。
薄藍に銀色の縁取りの法衣をまとったその人から、手渡された手巾で慌てて涙を拭う。
「心に押し込めていたことがおありのようですね?」
柔らかな声のその男性は……多分、この教会の司祭だろう。
そして、俺は涙と共に溢れる今まで心に抱えていた
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