第22話 三十一歳 夏・望月-12

 灯火を点けずに、そっと表を見る。

 開いた扉から見えた光は、四つ。

 天光が上がるまで村の入口は開かないはずなのに、侵入者達は無理矢理に入り込んだのだろうか。


 兵士……?

 いや、違うみたいだ。

 村人達数人が広場へと出て、彼等と話をしている。

 なんとか侵入を押しとどめているみたいだが、体格差か武器でも持っているのか、足を止めることができないみたいだ。


「この村に最近来た『余所者』がいるだろう? そいつを出してくれればいいんだ」

「そうだよ、俺達はそいつに用があるんだ」


 余所者……?

 俺のことだろうか?

 ならば、俺が彼等の前に出れば、ことが片付くのかもしれない。

 だが……出たくなかった。

 もしまた、あの時みたいに無理矢理に連れて行かれたら?

 やっと、自分の足で歩き出そうと、決意したばかりなのに!


 白々と、夜が明けてきた。

 ……そうだな、いつまでも俺がここにいたら、迷惑をかけてしまうな。

 俺は少し震える手で扉を開けて、朝日の中に出ていく。


 広場には、さっきより多くの人がいた。

 何事かと家から出て来た男達が、侵入者を囲んでいる。

 侵入者のひとりが、俺を見つけたのか村人を押し退けてこちらに向かってくる。


「兄ちゃん! もう出掛けるのっ?」

 近くの家の窓から、いつも話を聞いてくれていた子のひとりが声をかけてきた。

「……ああ」

「あんまり遅くなんないうちに帰ってきてねっ!」


 そう叫んだ子供の声を聞いて、俺に近付こうとしていた奴は舌打ちをして引き返した。

 あの子が声をかけてくれたから、俺をあの家の住人だと思ったのだろうか。

 そのまま奴等の横をすり抜ける時に、俺の腰帯に付けた小さい荷物に奴等の視線が注がれた。


「あれじゃ、入らないですよ」

「ち、ここでもなかったのか……」

「本当に、首都に行ったんじゃないんですか?」


 彼等の囁く声からは、誰を捜しているかまでは解らない。

 だが、次の言葉が聞こえた時、一瞬足が止まった。


「なんとしても見つける。『赤月』には、あいつが必要なんだ」


 こいつら『赤月の旅団』か!

 立ち止まり振り返りそうになった俺の肩に、村長が手を掛けた。

「気をつけて、行ってくるんだぞ」

「……はい」


 そのまま、俺は村の外まで出て、東の森へと走った。

 彼等が探しているのは俺か?

 いや、必要だ、というのならば、別の誰かで俺でないとは思うのだが。


 そして漠然と思った。

『彼等をガイエスに会わせたら……危ないのではないだろうか』と。


 皇国人である彼が、あいつらの探している『余所者』かもしれない。

 ガイエスという訳ではなく、皇国人を探しているのかもしれない。

 持っていたものを欲しがっていたのだろうか?


 だとしたら、彼が掘り出してきた大量の電気石だろう。

 何を動かすにも、この国ではあれが必要だ。


 もしかしたら……何かとんでもない武器でも作ったのかもしれない。


 彼に連れられて『門』で移動してきた辺りまで、森の中へ入り込む。

 ガイエスを見つけなくては、と辺りを見回す。

 かさり、と土に落ちた葉を踏む音がした。


「ガイエス!」

「……村の方が少々騒がしそうだったが……何かあったのか?」

「取り敢えず、もう少し奥へ……!」


 そう言って、腕を引っ張る。

 村の出入り口が見えない所まで。

 走りながら、俺はガイエスに村に来ている四人の男のことを話した。

 ガイエスは黙って聞いていたが、そうか、と頷き足を止めた。


「なら、ここで尋ねよう。アドー、おまえの進みたいのはどちらだ?」

「……東へ」

「いいのか? 西ならば、オルフェルエル諸島へも渡れると思うが」

「そちらには、俺の欲しいものはないから」


 少しだけ黙っていたガイエスだったが、ならばこの国の東の外れまで、と俺にいくつかの魔石を渡す。

 そうして開かれた『門』へと誘われ、その中へと入った。



 目の前に、滔々と流れる大河があった。

 今は乾期で水量はあまりないが、それでも速い流れで幅の広い川が横たわっている。


「コーエルト大河……?」

「ここが、俺がおまえを連れてこられる最も東だ」

「対岸は……まさか、ヘストレスティアか?」

「……そうだ。この辺りが最も川幅が狭い。東へ渡るならここくらいしか……」


 コーエルト大河は、ヘストレスティアとイスグロリエスト皇国を分ける大河だ。

 対岸がヘストレスティアならば……この上流へと歩いて行けば、皇国に入れるはずだ!

 確か、可動堰という皇国の施設がある。

 そこまで行ったら……なんとか交渉して、入れてもらえないだろうか。

 駄目だったら……いや、駄目じゃない。

 きっと、大丈夫だ!


「どうする? ここから進むか、それとも別の場所に行きたいか?」

「ここでいい。ありがとう! 俺の、望んでいた場所だ!」


 ガイエスは小さく溜息をつき、じゃあ、と背負子に括り付けられた袋を渡してくれた。

 え、旅支度?

 服や、手袋……食べ物とか、縄?

 投擲用の剣とか、鎖鎌まである。

 ……魔石も。


「こんな場所に放り出すわけだからな。すぐに死なれると、気分悪いんだよ、俺が」


 照れ隠し、だろう。

 こいつ、なんてお人好しなんだろう。

 死んだって全部、俺自身のせいなのに。

 俺はただ、ありがとうとしか、言うことができなかった。


「手袋は外すな。外套も絶対に着ていろ」

「すまん、あんたのもの、なんだろう?」

「……そう思うなら、いつか返しに来いよ」

「え?」


 ガイエスは、皇国の冒険者組合で尋ねてくれればいい、と言う。

 冒険者組合……?


「俺は、冒険者だからな」


 この時ほど、自分が冒険者だと名乗ったことが恥ずかしかったことはない。

 だが、俺はもうそう名乗ることはないだろう。

『投擲士』としてではなく、冒険者以外の『仕事いきかた』を自分で手に入れると決めた。


 必ず皇国へ辿り着く。

 そして、神に仕え神典と神話を学ぶ。


 いつか必ずアーメルサスに戻り、正しい神々の言葉を伝えるために。




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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第100話とリンクしております。

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