第19話 三十一歳 夏・望月-9
村においてもらえることになったが、住む場所があるわけではない。
勿論、村長宅にいてもいいということでもないのは解っていた。
村長は俺に、ちょっと離れた場所にある小屋で暮らしてくれと言ってきた。
建物の中であるだけでもありがたい。
見かけは大層古くて、冬場だったら到底暮らせないと思われる小屋だったが中は信じられないほど清浄だった。
柔らかい色合いの布が使われた寝床まであり、本当にここを借りていいのかと聞き返してしまったほどだ。
「ここはガイエス殿が浄化してくださった小屋だ。問題などない筈だが、何かあったら儂の所へ来なさい」
「あ、ありがとう、ございます……」
「アドー、君がどうしたいのかゆっくり考えるには良い場所だと思う。この村にいる間は村の中を歩くのは構わん。食事はこの小屋に届けるので、心配はせんでいい」
それだけ言うと労働などを求めることもなく、村長は戻ってしまった。
ゆっくり、考える……今の俺が考えるべきことは、俺自身がどうしたいか決める、ということだろう。
だが、俺は俺の『故郷』とされたこの村を見たい、と思った。
小屋を出て村の中を歩く。
小さい村だ。
畑もさほど広くなく、食べ物は全てここで作っているものだけなのだろう。
簡単な日用品を売っている店がひとつ、そして行商人が来た時だけ何かが売られるのであろう場所がいくつかあるだけ。
村で飼育しているのは山羊と羊。
森で肉になる獣を捕ったとしても、あまり大きなものはいないし魔虫が寄生しているものも多い。
焼けば食べられるが、寄生された肉は美味しくないという。
電気石もこの辺りではもう取り尽くしていて、ヴァイエールト山脈の相当奥まで行かなければ採れない。
この村は自分達の食べる分だけの作物を作り、獣を捕って生きているのだろう。
働き盛りの世代が少なくはなさそうなのに、子供の数はそんなに多くないみたいだ。
ここでも首都と同じように、子供が減っているのだろうか。
西側では子供も暮らす人も多かったし、活気があった。
首都から東側は大峡谷とヴァイエールト山脈が近いせいか、魔獣被害もあるので元々暮らす人の少ない地区と言われている。
何もかもの恩恵は、僅かだが森が残っている西側に集中している気がする。
だから、赤月の旅団は首都に
彼等はこの国のために命をかけると言っていたが、ロントルで逃げ出した後どこで何をしているのだろう。
やはり反乱分子というのは、彼等のことなのだろうか。
村をぐるりと歩きながら、今までのことを思い出す。
そして振り返った後は……先のことを考えねばならない。
ガイエスは、俺が冒険者に向いていないと言った。
そうだと思う。
なりたいなんて一度も思ったことはなかったし、なった後も違和感しかなかった。
では、俺は何になりたかったのだろう。
魔力のこと、加護神のこと、家系のこと、なにもかもを理由にせず、純粋に、俺自身が一番大切に思うことは、なんだろう?
翌朝、目覚めてすぐに村長宅の使用人が、食事を運んでくれた。
「……ありがとう」
「いえ……仕事ですから」
そう言うと、彼女はそそくさと小屋を出て行った。
穏やかな朝なんて、久し振りだ。
家にいた頃、子供だったとはいえ何不自由ない食事と寝床があり、衣服が用意されているのが当たり前だった。
縁を切られて全て自分でやらねば何もなくなったが、なんとかなっていたのは冒険者でいられたからだった。
まだ俺は、組合というものに護られていた。
そして、ミレナに。
捕らえられて、収監されていながらも食事と寝床はあった。
望まぬ形ではあったが、仕事と呼べるものも。
だが、その全てと引き替えに俺は『自分』を選んだのだ。
あの壁を越えようとして、実際に越えてしまって、俺はこの国から与えられていたものを全て捨てた。
自分の手で。
ならば、この国を出るべきだ。
ガイエスが選べといった道は、どこへ続く道かを選べということ。
窓ががたん、と揺れた。
風かと思ったが、どうやら誰かが近くにいたみたいだ。
人影がふっ、と窓を横切った。
表に出てみると子供が何人かいる。
親達はと探したが、どうやら畑などに出ていて近くにはいないようだ。
子供達は見知らぬ者が来ているということで、単純な興味で覗きに来たのだろう。
ひとりの男の子が、恐る恐るといった風に口を開く。
「兄ちゃんは、あの皇国の人と知り合い?」
ガイエスのことか。
彼のことが知りたくて、俺に尋ねたかったんだな。
俺自身のことではなくて、少しほっとした。
「ちょっとだけ、知っている程度だよ」
「皇国のことは、知ってる?」
「それも、ちょっとだけ……だな」
教えて欲しい、というので俺が知っていることを話す。
魔力の多い人達が沢山いて、誰もが魔法を使って暮らしていること。
この国ではなくなってしまったけれど、まだ
そして、神話のいくつかを話し始めたら、子供達は身を乗り出して聞き始めた。
昔、あのミトゥーリスの食堂で読ませてもらった、皇国の神話。
今まで殆ど思い出すこともなかったのに、話し始めると次々と記憶していた言葉が出て来る。
こんなに淀みなく喋れたことなど、今までただの一度もなかったのではないだろうか。
不思議だ。
楽しい。
神々の意志を継ぐ英傑達の物語が、子供達に受け止められて記憶に残って欲しい。
そう思いながら、言葉を紡いでいく。
神典の言葉を交えながら、小さい小屋の前で座り込んで話す俺の周りに、子供達だけでなく何人かの大人達もいる。
この国に、いや、そんな広義でなくても、今の俺達に必要なのは……神々の正しい言葉なのではないだろうか。
だから、こんなにも神典や神話に心が動かされるのではないだろうか。
俺は、こんなにも神々を、愛しているのだと……初めて気がついた。
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