第18話 三十一歳 夏・望月-8
ガイエスにくっついて村に入り、村長に挨拶に行くことになった。
俺はすぐに離れた方がいいのではないかと思ったのだが、ガイエスが村長に昼食に招待され、一緒にいた俺にも、と気を遣ってもらってしまった。
村長宅の昼食は肉を焼いただけのものと、芋が少しというくらいで皇国人が食べていた施設の食事よりは随分と質素だ。
ガイエスは、それを見て驚いたような表情を見せた。
あまりに簡単で、少ないとでも思ったのだろうか?
「俺のために、一頭潰したのか?」
「君はこの村の恩人だからな。誰も反対はせんよ」
「……すまない。ありがたくいただくよ」
ガイエスは、なにやらとても恐縮しているように思える。
恩人とまで言われている程のことをしているのに……?
よく解らないが……この肉は、この村では貴重なものだからということなのか?
だとしたら、俺なんかが食べてしまっていいのだろうか?
ただガイエスにくっついて来ただけで、この村にとって俺は明らかに邪魔者の筈だ。
俺が手を付けずに逡巡していたら、ガイエスがどうして食べないのだと聞いてきた。
これを俺が食べる資格はないのではというと、怒ったような顔になる。
……睨まれると、少し、竦む。
「あのな、おまえが食べなくたってこの羊は生き返らないし、おまえの皿に出されたものが無駄になるだけだ。おまえは羊の命も、この人達の厚意も踏みにじる気か? 出されたものは全部、感謝しながら食え」
無駄にするな、というのは解るけれど、この食事自体がガイエスにとってのものであって俺のものじゃないんだから遠慮がちになるのは当たり前だろう?
俺がちゃんと食べるまで睨んでいるので、仕方なく食べ始めた。
そして暫くして、村長が低めの声で俺に問いかける。
「ところで、アドー……だったかね? 君はどうして、ここに来たのかな?」
俺がどこから説明すべきだろうと口ごもっていたら、すぐにガイエスが話し出した。
「あ、すまん、それは俺のせいだ」
「ガイエス殿のか?」
彼は村長に、自分が捕まっていた場所から逃げだそうとしていた時に、偶々近くにいた俺と一緒になった、と説明した。
間違ってはいないけれど、それだけじゃ村長に俺のことが全く解らないじゃないか。
……あ。
そうか、そこ迄は……要らない……のか。
俺が何者でどこでどう生きていたかなんてことは、今ここでは必要ないんだ。
村長は『どうしてガイエスと一緒にこの村に来たのか』を聞きたかっただけで、俺が何者なのかは、今は要らないことなんだ。
俺は、こうした会話から『意を汲む』ということが、どうしても苦手だ。
自分の言いたいことを言おうとしてしまって、相手が欲しい答えに辿り着けないことがよくある……らしい。
ガイエスの簡単な説明に、村長は少し驚いた顔をするが更に重い声で呟く。
「首都で皇国人を捕らえているという噂は……本当であったのか……」
「その噂というのは、いつぐらいから?」
「半年ほど前だな。西の方でも、兵士達が派遣されているというのが目撃されておったようだ」
村長の、半年前という言葉に少し違和感を覚えた。
ロントルで俺が捕らえられたのはその頃だ。
兵士達が探していたのは、皇国人ではなかった。
「……その頃、兵士達が探していたのは……皇国人じゃない。反乱分子、だ」
思わず口を開いた俺の言葉に、その部屋にいた全員が驚きを露わにする。
「俺も……そのせいで、捕まった」
「反乱を企てていたのではなくて……か?」
村長の鋭い視線が、俺を見据える。
「ち、違う。俺が捕まえられたのは、反乱分子のことを兵士に聞こうとした時だ。聖神二位の加護だったから……捕まった」
「やはり、加護神だけでそのように判断されるのだな……」
深く息を吐き、村長は考え込んでいるようだった。
そして、俺が一番聞きたくなかった言葉を放つ。
「すまんが、君は『逃げ出して』来たんじゃろう? この村でかくまうことは難しい」
解っていたことだ。
たとえ冤罪で捕らえられていたのだとしても、今の俺は『脱獄犯』なのだ。
だがその時に、ガイエスが吃驚するようなことを言いだした。
「こんなことを頼むのは筋違いなんだが……十日……いや、五日でいい。その間だけ、こいつをここに置いてもらえないか? せめて、こいつがどこへ行きたいかの結論を出すまで」
何?
彼は、ガイエスは、どうして俺のためになんか、こんなことを言い出して頭を下げたりするんだ?
俺は皇国人でもないし、彼にとって何の役にも立たない。
友人どころか、知り合いというのも烏滸がましい程度だというのに!
「勝手にここまで連れてきたのは悪かった。でも、あそこから抜け出したあんたは、今はもうこの国に居場所はない」
「……それは、解っている」
全然、意味が解らないまま反射的に答える。
どうしてガイエスは『自分が悪い』なんて言っているんだ?
「だから、五日間で決めろ。どこへ行きたいか。俺は、俺に許される範囲でだけ手助けする」
「許される、範囲……?」
そしてガイエスは村長夫妻に向き合い、必ず五日後までにもう一度来るからそれまで頼めないだろうかと、頭を下げる。
村長は渋々であろうが、彼の頼みならば、と引き受けてくれた。
わからない。
ますます、ガイエスがどうしてこんなことを言うのか、全く理解ができない。
「ありがとう! あ、預かってもらう間の食費とかは俺が払う。てきとーに食わせてやってもらえるか? 働かせてもいい」
「お、おい、俺は了承した訳じゃ……」
駄目だ、こんなにまでしてもらう理由がない。
俺にはそんな価値なんかない。
なんでガイエスが、礼を言うんだ!
「今のあんたの選択肢は、俺の言うように五日間だけこの村の世話になるか、今すぐここを出てひとりで彷徨うかのどちらかだけだ。前者には僅かばかり生きる望みがあるが、後者は今のあんたじゃ悪いがすぐに死ぬだろう。死にたいなら、止めない」
俺が?
俺が生きるための提案をしてくれているのか?
俺に、生きていていいと、言ってくれているのか?
まだ全く理解ができないままだったが、この村に五日間だけ留まると約束した。
そして、ガイエスは五日後までに必ず戻るとだけ言って、西に傾いた天光に向かって歩き出した。
光に向かって進む彼が……俺には何よりも力強く、まるで神話の中の英雄のように見えた。
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『緑炎の方陣魔剣士 弐』第96話とリンクしております。
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