第10話 三十歳 秋-3
『建国祭』の賑やかな音楽が鳴り響く。
表だって『建国』を祝う祭りではなく、あくまでこの街ができたことを祝う日とされている。
俺は街中をひとりで歩きながら、昨日の『会合』を思い出していた。
ふたつの街が消え、多くのものを失ったが戦争は取り敢えず終結した。多くの民にとってはそれが何よりも嬉しいことなのだ。戦に出ていないからか、俺自身にはあまり実感がなかったのだが。
皇国との道は断たれてしまったが、まだ海を渡ることができる。そしてこれからは戦いに駆り出されることもなくなり、畑を耕し作物を育てたり、鉱石を掘り出して多くの道具を作り生活を立て直せる。誰もがそう考えているだろう。
そんな時期に国の中央に攻め込んで、首都を更地にし
内乱、という新たな同国民同士の戦い。
数千年前に起きた
家を焼かれ、財産をなくし、魔獣の出る街の外へと放り出されるほどの仕打ちを、ただ首都に住んでいるというだけの民に課すのはあまりに惨い。故郷をなくしてまで、
どうして『壊す』ことに、全てを『排除』することに拘るのか、俺には全く解らない。どうして『赤月』なんていう、呪われた名前にしたのかも……
俺は『赤月の旅団』になぜか心から賛同することもできず、それでいてミレナとの繋がりを断ちきってしまうことも怖くてはっきりした意思表示をしていない。だけど、俺は既に彼等の顔を知り、その大望を聞いてしまった。今更断ったとしたら、彼等は俺をどうするだろうか。
おそらく、事を起こす前に情報が漏れることを恐れて監禁するか……殺すだろう。『正義のために』必要な犠牲だとして、簡単に処分される。
死にたくはない。だが、俺に『彼等に従う振り』などできるだろうか。
どぉぉぉぉ……んっ!
祭りの笛の音が突然、かき消される。轟音、そして悲鳴が上がった。
火薬かと思われたが、違う。何か大きな物が広場に落とされたみたいだった。もうもうと土煙が上がり、何人かが……大きな岩の下敷きになっていた。
街の東側に見えた、巨大な荷車のような物。
……投石機か!
国境沿いに配備されているはずで、街中にあるなんて想像もできなかったがもう一度大岩を投げ込もうというのか、二射目が動き始めていた。
逃げなくちゃいけないのに、俺は投石機に向かって走り出した。止めなければ、と、それだけしか頭になかった。だがその俺の腕を掴んで、ダメ!とミレナが叫ぶ。
「ここに『反乱分子』がいるはずだ! おとなしく差し出せ!」
兵士の怒鳴り声が混乱の広場に響くが、誰も聞いてなどいない。
差し出さなければ、家を目掛けて投石を開始するぞ! という脅しの言葉にやっと人々は兵士達を見た。
「反乱?」
「何だよ、そんなもの知らねぇ!」
「俺達は祭りをしていただけなんだから、知るわけがねぇだろうが!」
兵士にそう叫ぶ住民達に向かって、剣が振り下ろされる。血飛沫が上がり、人々はまた走り出す。怪我をしたようではあるが、死んではいないみたいだ。
住民のひとりが、慌てて斬られた男に駆け寄る。
「動くなぁぁっ!」
兵士が叫んだその時に、大岩が広場の脇に並ぶ屋台へと投げ込まれた。
俺は、ミレナに引き摺られるように、北側の建物の裏へと連れていかれた。
「ミレナ、は、反乱……って……」
胸の鼓動が驚きと恐怖で早鐘を打つようで、上手く言葉がでない。
その時、ミレナの後ろにギルエストを見つけた。
「逃げるよ、アドー」
「え、ま、待ってよ、だって、反乱分子って……」
ギルエストが外套の頭巾を目深に被り、北へと走り出す。
ミレナが俺の手を引くが……思わず振り払った。
「なぜ逃げ出すんだ!」
俺は……叫んだつもりだったのだが、あまり大声ではなかったみたいでギルエストは立ち止まらなかった。ミレナは必死に俺の腕を掴む。
「アドー、今は逃げなくちゃ!」
「どうしてっ? 正義、なんだろ? 今、この街の人達が、酷い目にあっているっていうのに、助けもせずに逃げることが正義なのか?」
「今は、その時じゃないわ! こんな街で、あたし達の使命を邪魔されるわけにはいかないのよ!」
怪我人を助けず、泣きわめく子供を救わず、自分達だけ助かることが『使命』?
『こんな街』と言い、人々を切り捨てて、安全な場所へ走ることが『正義』だと?
それじゃあ、ミカメルとエツェルの街を見捨てたこの国と何が違うんだ!
俺は、ミレナを振り切り背を向けて広場へと走り出した。甘いのかもしれない。大きなことを成すために、多少の犠牲は仕方ないのかもしれない。だけど、その気持ちは全く理解できない。
犠牲になどなっていい人なんか、いないのだろう?
死んでも構わない、差別されても構わないって人がいちゃいけない……そういう国を作りたいんじゃなかったのか!
俺は兵士の前に立つ。こんなことしたって、殺されて終わりかもしれない。だけど、逃げ出すよりずっといい。
「待って、くれ。俺達は、その『反乱分子』って奴が、よく、解らないんだ。どういう奴等、なのか、教えてくれ、ないか?」
俺の声は、多分震えていたと思う。足も、腕も小刻みに震えていたくらいだから。
だけど、俺の言葉に兵士達は武器を向けつつも、攻撃しては来なかった。
「おまえは?」
「アドー……冒険者だ」
身分証を出せと言われ、首から提げたまま表示を見せる。
面倒そうではあるが、すぐに俺を斬りつけるという感じではない。
「ふん……『投擲士』か」
え? 職業が……変わった?
だが、裏書きを見られた途端に……兵士は顔を歪めた。
「捕らえろ! 『忌み神』の加護だ!」
あっという間に押さえつけられ、身動きできない状態になる。
多分、こうなるだろうとは思っていた。彼等は『成果』が上がれば誰でもいいのだ。
投石機を二台も持ち出して街を破壊したのに、誰も捕らえなかったというのでは面子が立たない。
だが、無闇矢鱈と捕らえたって意味がない。
『捕らえたことを正統であると主張できる者』でなくてはいけない。
ならば、俺はうってつけだろうと思った。
まさか『士職』になっているとは思わなかったが、加護神が変わる訳じゃない。
忌む神『聖神二位』の者が、護衛兵に逆らったという事実は充分に捕縛の理由になる。
俺は捕らえられ、そのまま首都へ連れて行かれた。
なぜだろう。少し……ほっとしている自分がいる。ミレナ達と離れて、ひとりになったというのに? 捕らえられて、二度と外に出られないかもしれないと言うのに?
不思議と、暴力などは振るわれなかった。
もしかしたら『士職』になったから……かもしれない。
変なところで律儀なものだ。
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