第9話 三十歳 秋-2

 彼等は『赤月の旅団』と名乗った。

 団長のギルエストという男は、四十を少し越えたくらいで焦げ茶色の髪と赤黒い瞳が燈火の灯りでも解った。

 旅団の中には女性も五、六人いる。

 冒険者の連団……なのだろうか?


「早速で悪いのだがね、アドーくん。少々時間がなくてね……単刀直入に聞くが、君は今のこの国をどう思う?」

 は?

 いきなり聞かれたことが大きすぎるし、あまりに曖昧でどう答えていいのか解らない。

 そもそも、それは冒険者にどう関わるもので、なぜ時間が関係するのか……さっぱりだ。


「司祭達の言い分と守護兵達のやりようは、あまりに杜撰で自分勝手だとは思わないか? 彼等は下らない理由で神々に序列をつけ、神の示した職に優劣を付けた。それだけでなく、利益のために他国に攻め入り、結局はただ疲弊して国を傾けているだけだ。なのに自分達だけは安全な場所にいて、民を平然と切り捨てた」


 背中が、いや、全身が粟立つ。


「今こそ、全てを正すべきなんだよ」


 彼等は……『国に戦いを挑む』つもりなのか?

 俺が何をどう答えていいか混乱していると、ミレナが肩に手を掛ける。


「唐突に言われてもわかんないよね。あたし達は、ただ闇雲に今のこの国を否定している訳じゃないの」


『あたし達』……ミレナがそう言った中に、俺は含まれていない。

 今はもう、俺はミレナの旅の仲間ではなくなっているんだ。


「正しい神典が皇国で書き上げられた。それを頂く王という存在が必要なんだよ。そしてアーメルサスは、神々からこの国を治めよと託された本当の血筋に還されるべきだと思う」

 ミレナの言葉にギルエストが頷き、口を開く。

「今、この国は簒奪者達の手によって加護を失い、孤立した。攻め上がってくる魔獣達と戦う前に、この国の中にいる『大悪』を排除し正しく樹海もりを甦らせるべきなんだ」

樹海もりを?」


 そんなことができるのだろうか?

『王』という存在が、それを甦らせることができるというのだろうか。


「『王』……って、本当に、その血筋の人が、いるのか?」

「いる。今は具体的に誰、とは言えないけどね」


 その身の安全と護衛のためにも、敵に特定されないためにも明かせないが……とギルエストは力強く言葉を繋げる。


「君にも協力して欲しい。いや、君だけではない。下位職などと勝手に決められてしまい、生きることを否定するかのように扱われた者達全てに。我々はこの国を正し、この国を救うために戦う。神々がくださった職に貴賤などなく、ただ役割が違うだけなのだ! 人が人を差別し、虐げることが間違いであることは『正典』を手に入れればはっきりとする!」

「『王』は神々の言葉を守護する者なの。そうしてこの国が襟を正し、国として正しくあれば神々の加護もきっと甦るよ」


 熱く、強い思いの言葉だ。

 未来のために自らが立ち上がるという、美しい物語だ。

 ……この国の在り方を、俺も正しいとは言えないと思っている。

 神職の者達や一部の上位職とそれ以外では、あらゆることで差がつけられている。

 確かにそれは正されるべきだと思うし、正しい神典を仰ぐべきだと言うことは理解できるしそうしたい。


 だけど。


「……どう、やって、その『王』を、立てるんだ? どこに、樹海もりを、復活させると?」

 俺にやる気がある、とミレナは思ったのだろう。

 ぱっと笑顔になって、さも当然のことというように曇りのないまなこで語る。


「今の支配者達を一掃するのよ」


 やはり。


「そうとも! アドーくん、君の力を示し、下位などという職はないと証明するのだよ!」

「そうよ、神職なんて言って、ただ搾取するだけの蛆虫共は掃討すべきだわ!」

「一緒に戦おう!」

「これは、正義の戦いなんだ! 神々の加護を取り戻すために!」


 その場にいた大勢が、口々に『正義』を主張する。

 なんて、耳あたりのいい言葉だろう……『多くの民のため』『正しいことのため』に神々の加護を取り戻す。

 その為に……『悪』を設定してそれらを滅ぼす……

 信仰を取り戻したいのではなく、正しさを示して加護を得たいということなのか?


 それは、神職と言われる者達が、ガウリエスタに攻め入った時と全く同じ理由だ。


 自分達が正しいから、悪と定めた者達を討ち滅ぼしてその地に利となる物を築く。

 樹海もりか街かの違いはあるが、かつての王族が燃やしてしまった樹海もりの後に街を作った時も神職者たちは『多くの民のため』と言ったのだ。


 何百年かかるか解らない樹海もりではなく、すぐにでも暮らせる街を作るべきだと言って、反対勢力を『多くの民を蔑ろにする悪』と断じて滅ぼした。

 それと、同じやり方を取るのか。


 正しい、とは、どういうことなんだろう。


 もしも、王族の末裔がいるとしたら、なぜ今頃になって『正義』なんて言いだしているんだろう。

 どうしてもっと早く、職業での差別がこんなにも当たり前になる前に、神々に序列がつけられることが間違いだと言い出さずにいたんだろう。

 なぜ、ガウリエスタに攻め入る前にその戦いに正義などない、と声を上げなかったのだろう。


 俺がこんなふうに考えてしまうのは、やっぱり俺がカティーヤの血を引いているからなのだろうか。

 ただ単に、臆病で人と争うことが怖いだけなのだろうか。

 疑問だけが渦巻いて納得ができないまま、俺は首を縦には振れずにいた


「アドー、自分が弱いってまだ思っているの?」

 ミレナは俺が『自分なんか役に立たないから』尻込みしてると思っているみたいだった。

 正義を口にする人達は、その『正しさ』を疑問に思う者なんていないと信じているのか。

 ミレナが何を考えているのか、俺には全く解らなくなっていた。


「あたし達の力になれないかも、なんて心配しなくて平気だし、仲間みんなで戦い続ければ必ず成し遂げられるから!」

「そうとも! 我々は命を賭してこの使命に挑むべきなのだ」


『仲間』……に、俺はきっとなれない。

 俺には彼等の正義が執行された後のこの国が、今よりももっと混乱する未来しか感じられずにいたから。

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