第8話 三十歳 秋-1 

 ウエリエに留まっていた俺達だったが、皇国との橋が落ちて暫くしてからミレナの様子が少し変になった。

 夜中に出歩いたり、帰りが遅くて深夜になったりと俺と一緒にいないことが増えた。

 そしてそんなある日、ここよりは首都近くのロントルという町に行こうという話が出た。


「ロントル……?」

「うん、旧王都。行ったことないでしょ? アドーは」


 旧王都ロントル。

 この国に『王』がいた頃の首都だ。

 ガウリエスタとの国境まで続くダティエルト山脈を南に望むその町は、かつて『樹海もり』があった現在の首都イクルスの西に位置する。


 遙か昔の王族と司祭達が樹海もりの東側にあった山で、巨大な魔法の実験をした。

 その魔法が失敗し、山が火を噴いて樹海もりが全て焼けただれ大地が大きく沈んだのだという。


 現在の首都は、その窪みの中にある。

 その窪みの中は大地の凍る冬でも暖かく、暮らしやすい。

 過ちで樹海もりを失ったかつての王族や多くの神職の者達は、その窪地にもう一度樹海もりを甦らせるべきだと主張したがそれに断固反対して『人が住む快適な場所』としてしまったのが現在の『五司祭家門』の祖である。


 そして五司祭家門の祖先達は、神典の樹海もりは失われアーメルサスから加護が消えたのを、自らの過ちと認めず『大地が凍るのは聖神二位の呪い』などと言いだしたのだ。

 俺が幼い頃から両親に気に入られようと必死で勉強していた『神書』や『歴史書』にはそう書かれていて、その呪いを押しとどめ浄化しているのが五司祭家門とされていた。


 それがかつて罪を逃れた者達が都合の良いように改竄した偽書であると知ったのは、ミトゥーリスで知り合った皇国人達が持っていた神典とあまりに違っていたからだ。

 二年ほど前に全てが正しく訳された『正典』と『正神話』の一部が完成したということも、その時に知らされた。

 俺が読ませてもらったものは残念ながらその正典ではなく、古いものだったが。


「旧王都って、何があるんだろう?」

「……あそこには、きっとこの国に本当に必要なものがあると思っているんだ」

「必要な、もの?」

「この国は、もう一度神々の真の言葉に耳を傾けるべきなんだよ」


 冒険者としてのミレナとは、全く違う厳しい表情。だが、俺にはどうして彼女がそんな表情をしているのかは判らなかった。

 しかし、離れたくなくて……頷いた。


「解った。俺も一度は、行ってみたかったんだ」

「……そうなの?」

「ちょっとした物見気分……って、だけなんだけどね」

「そっか……でも嬉しいよ。アドーがそう言ってくれて」


 微笑んだ彼女の瞳が、少し遠くを見つめる。


「ロントルは、あたしが生まれた町なんだ」


 そう言ってはにかむような笑顔の彼女と、さっきの言葉がちぐはぐに思えた。

『神々の真の言葉』

 彼女は一体、何を求めて故郷に戻るというのだろうか。

 その時の俺は……ただ、彼女と離れたくないというだけの気持ちでしかなく、その真意を全く知ろうともしていなかった。



 俺達は、すぐにロントルに向けて旅立った。ウエリエからは、だいたい十日ほどの距離である。魔獣が少なめの西側だが、町を出ればそれなりに遭遇する道中だ。

 南側のダティエルト山脈が旧ガウリエスタからの魔虫や魔獣を防いではくれているから、大型の凶暴な魔獣がいないのがせめてもの救いだ。


 俺の投擲はかなり精度が上がり、狙いを外すことは殆どない。『計測技能』と【俊敏魔法】を手に入れたこともあり、正確で素早い投擲ができるようになっていた。

 中距離から魔獣の動きが止められる俺と、近接攻撃で確実に仕留められる剣技を持つミレナとはいい取り合わせだった。


 厄介なのは魔虫だったが、水場が近ければ俺が【水流魔法】で操った水を魔虫に浴びせて落とし、飛び上がらないうちにふたりで潰していく……という感じだった。

 ふたりとも火魔法を持っていなかったので、焼くことができなかったから結構大変だ。


 油でも手に入ればそれをぶつけて火を放つこともできるのだが、油は貴重品だからそんな勿体ない真似はできない。

 だから、秋から冬の魔虫が少ない季節か北側を動く方が、俺達の旅は楽なのだ。


 そしてふたり共無事にロントルに到着したその日、町では祭りの準備が行われていた。


「よかった、間に合った」

 ミレナは俺に、このロントルで行われる『建国祭』を見せたかったのだという。

「建国祭……って、首都でやるんじゃなかったっけ?」

「違うよ、首都でやっているのは『教国』として成り立ってからの『立教国祭』でしょ? 建国祭は本当の意味で『神々からこの国を賜ったこと』を祝う祭りだよ」


 樹海もり失う前の、本当にアーメルサスが神々から愛されていた頃の祭り。

 複雑だな、俺としては。

 既に全く関係がなくなってしまったとはいえ、俺にはその神々の樹海もりをなくした場所に居座っている『簒奪者』の血が流れている。

 祭りは明後日からだと言うが、色とりどりの細長い布が飾られ風に揺れている。


「全ての神々の色があるのよ」

「……聖神二位も?」

「あたりまえじゃない!」


 この祭りでは神々に序列をつけること自体が傲慢なことであるというように、全ての色が揃っていた。

 俺の加護神の藍色の布も、夜の神の紫の布も同じ場所に飾られている。


「アドー、これからちょっと会って欲しい人達がいるの」


 真剣な面持ちのミレナにそう言われ、ある民家の……地下に入る。

 正直、俺は未だに『地下』が好きじゃない。

 生まれてからずっと二十五年間、地下は穢れた場所であり階位の低い者達の場所と思い込んでいたのだ。

 全てがそうではないと頭で解っていても、できるだけ近寄りたくはない場所だ。


 その地下室には、十五、六人ほどの人々がいた。

 狭く、天井の低い室内で立ったまま。

 彼等の顔は、よく見えない。

 いくつかの燈火だけが灯る、暗くて狭い空間に息苦しさを感じる。


「突然ごめんね、アドー。あたし、この人達と一緒に行くことにしたの」


 え……?


「もし話を聞いて賛成してくれるなら……あなたにも一緒に来て欲しいの」


 ミレナの重い声に、俺は何も……言い返すことはできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る