第11話 三十一歳 夏・望月-1

 去年の秋に捕らえられ、冬を過ごし、春に生誕の日を迎えたが、俺は首都の収監舎に囚われたままだった。


 あの時のロントルへの攻撃と捕縛は、俺が捕らえられた後も続いたらしい。

 ……つまり、俺のやったことは全く意味をなさず……いや、意味、なんて初めからなかったんだ。

 噂ではあの近辺の町が反乱分子の潜伏場所であるという『密告』があり、元々中央の神職に対して反抗的であったという町を潰すことが目的だったらしい。


 投石で死んだ者達はすべて『反乱分子』とされ、捕らえられた多くの者達は首都の上位職の者達がしたがらない仕事をさせられている。

 働かせるために『明確に罪を犯したわけではないが、反意がある者を再教育する』という名目で収監しているということだ。


 捕らえられた俺達は下水道の清掃、汚物の処理、ゴミの回収や焼却などをはじめとする『嫌がられる仕事』をさせるための人材である。

 首都から人々が逃げ出して、そういった仕事をさせる者がいなくなったのだろうか。


 全部ただの噂と憶測で、真実は解らない。

 ……考えたくも、ない。


 ここでも職業による差別は顕著で、働かされる時間や食事まで全てにおいて差が付けられる。

 下位職でなくなったとはいえ、聖神二位加護の俺が『士職』の中では最下位であることに変わりはない。


 これも噂だが、下位職は従務契約をさせられ隷位となり、地下で働かされているのだという。

 それだけは『士職』になっていてよかった……と、思っていた。

 寝床が地下ではないというだけで、やらされていることに大差はないのだろうが。



 夏になる頃、俺はある収容施設の清掃担当にされた。

 そこを担当していた奴が教育期間を終えたとかで、いなくなったからだ。

 ……死んだ、とかじゃなけりゃいいんだが……本当のことは解らない。


 その施設は、はっきり言ってもの凄く待遇が良かった。

 俺に、ではなく、収容者達にとって、だ。


 成人男女や子供も合わせて十九人ほどだったが、誰もが落ち着いた雰囲気で諍いなどもなく穏やかに暮らしている……ように感じた。

 収容者達との会話は禁じられているから、はっきりはしないが。


 そのせいか、働かされている者達もとても温和しくて、あまり話さない奴が多かった。

 ……俺にはもの凄く、心地よかった。

 人と話すのは……最近は以前にもまして苦手だ。


 建物は大きめの石造りで、窓も大きく取られていて玻璃硝子が入っている。

 ただ……鉄格子も付いているのだが。

 屋根に飾りのような突起がいくつか付いているが、これは魔法制御の結界格子に使われるものだ。

 この建物の中で、魔法を使うことができないようにしているってことのようだ。


 外への扉には必ず数人の護衛兵が夜通し立っていて、離れることはない。

 だが、収容されている彼等が全く表に出られないというのではなくて、建物に囲まれた中庭は自由に出ることができる。

 小さい子供達もいるし、赤子もいる。

 家族連れも、ひとりで暮らす者もいる……その全員が……おそらく皇国人だ。


 俺が話しかけることはできないが、彼等の会話は全て皇国語である。

 皇国語とアーメルサス語は、かなり似通っているが所々発音が違う単語がある。

 でも意味はだいたい一緒なので理解はできるが、文字が違うものが多くて読むのは少し面倒だ。

 皇国文字の方が数が多く、アーメルサスは同じ発音でも文字の数が少なかったりする。


 でも皇国文字は覚えてしまえば読みやすく、俺は小さい頃から皇国文字の本をよく読んでいた。

 絵本が多かったが、皇国の伝承話は面白い物が多かった。

 神典だけは……なかったのだが。

 神職の家系なのに、神典がないなんておかしな話だ。



 なんだか最近、身体が鈍ってきたのかすぐに疲れる。

 外出も殆どできず、歩き回る範囲は確かに狭いのだが決して動いていない訳じゃないのに。

 気持ちの問題なんだろうか。

 そういえば、ぼんやりすることも多くなってきた。


 時折、見張りの兵士達に『身体の具合はどうだ?』と聞かれる。

 ここの兵士達は気がいいのだろうか……?

 俺が彼等が気になるほど、ぼんやりしているということなのかもしれない。

 だけど罵声を浴びせてはこないのだから、ここの兵士達はまだマシなんだな。


 ある日、中庭を掃除している時に、収容されている子供達のひとりが近寄ってきた。

 他の子供達が中庭に出てこないので、つまらないのか俺に付きまとう。


「お兄ちゃんは、アーメルサスの人?」

 話しかけられて、一瞬戸惑う。

 喋ってはいけない、と言われている。

 子供にも……駄目なんだろうか。


 小さい声で、そうだ、とだけ答えた。

「アーメルサスの人って、みんな黄色の瞳なの?」

「そんな、ことは……ない」


 黄色……?

 俺の瞳は黄色じゃなかったはずだが……いや、光の加減で黒が黄色に見えるのか?

 そういえば、カティーヤ家は黒の瞳はいなかったな。

 黒っぽく見えていたのは、室内だったせいなのかもしれない。

 家を出てから、真っ平らな鏡を見ることなんて殆どなかったからな。


 俺の答えに子供が首を傾げる。

 なんだろう?

 黄色の瞳というのはそんなに不思議なのか?


「お兄ちゃんの、ことば……」


 子供がそう言った時に、誰かが名前を呼ぶ声が聞こえてその子は声の方へ振り向く。

 この子の名前、なのだろう。

 名前……だろうと思ったのに、なんて言っているのかちゃんと聞き取れなかったな。


 皇国の名前って言うのは、俺達には聞き取りづらいのか?

 でも昔食堂でムカついた皇国の……えっと、セント……なんとか? は聞き取れたんだが。

 あの子が特別難しい名前なのかもしれない。


 母親に抱きしめられるその子の姿を、俺は見ていることができなかった。

『家族』なんていうものはもうとっくに乗り越えたと思っていたのに、まだ引き摺っている……そう思うと、情けなくて堪らなかった。


 そして俺は、考えないように、ただ何も考えないように……と、ぎゅっと目を瞑る。

 もう、俺には……何もないのだから。


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