第6話 二十九歳 夏
ミレナがミカメルから戻ったのは半月後だった。
国境で争いが激しくなり、冒険者が戦わざるを得なくなったと聞いた時、彼女も巻き込まれてしまったのではないかと不安だった。
……初めて、心から神に祈った。ミレナの無事を。
「まーったく、参っちゃうわ。冒険者を兵士扱いしようなんて!」
「駆り出されそうに、なったのか?」
「そうね。ちょっと危なかった。でも、冒険者達が結託して、依頼にないことだからって突っぱねたのよ」
ミレナは簡単に言うが、言葉で言うほど簡単ではなかったはずだ。『護衛』なんだから、依頼者から離れられないわけだし……あれ?
そうか、依頼者を連れてその場から逃げるっていうのが、一番の護衛……か。戦って敵を排除するんじゃなくて、依頼人を守るのが仕事なんだからそもそも危険に近づけなけりゃいいってことだ。
……では、どうして冒険者が戦線に出るなんて話になったんだろう?
「うん……依頼者が……途中で『追加依頼』をしてきたのよ」
「追加依頼って……どうしてそれで、ガウリエスタと戦うことになるんだよ?」
追加は元々の依頼に付随することでなければいけないから、隣国との戦争なんていうものに参加させることはできないはずだ。
「『護衛』には、取引先に向かう道中の危険排除も含まれる、って言われて増額するならって、よく聞きもせずに了承しちゃった人達が多かったのよ」
溜息をつきつつ、ミレナが続ける。
「その取引先の場所が、イスグロリエスト皇国で『道中』に国境を越えて大峡谷の橋を渡って皇国に入国する……っていう道筋が含まれるって言いだしたの」
「すごい、屁理屈だ」
守る事ではなく戦わせて『皇国へいく依頼者』の通る道を確保しろ……と?
「それを、どう拒否なんて……」
「間違いなく皇国と取引をするという確証がなければ、その道は通れないから『約束があることを証明しろ』って詰め寄ったのよ。そしたら、半分以上の依頼者が当然そんな約束はなく、今まで皇国との取引も一度もないことが解ったの。皇国は約束もなく、全く取引のない商人を入国させないから、取引にいくって事自体が嘘になる。それを冒険者組合に言って、虚偽の依頼は無効だって取り下げさせたのよ」
にやり、と笑うミレナ。だが、それだけで戦わせたい奴等が引くはずもない。残り半数はどうしたんだろう。
「道を切り開きながら歩くから『依頼者はすぐ後ろを歩いてくれないと守れない』って言ったの。はぐれるといけないから、身体をしっかり縄で繋いで真後ろを歩いてくれって」
それは……依頼者達は絶対に嫌がるだろうな。
冒険者側は依頼を全うすべく提案して努力もするとしているのに、依頼者側が断ったのだというなら、それは『依頼不履行』ではなく『依頼者側の都合による破棄』になる。
直前までの分の報酬はもらえるし、その後は依頼自体が破棄されているのだから帰り道で護衛をする必要もない。もし護衛をしろというなら『別依頼』になるから、受けるのも受けないのも冒険者次第だ。
「屁理屈には、屁理屈、よ」
俺はミレナのこういう肝が据わったところは、心から尊敬している。
そんな状況、俺だったら頭が真っ白になって何の対応もできなかっただろう。しかも慌てふためいて、有効な打開策を考える人達の足を引っ張ってしまったかもしれない。
こんなふうに『戦える』のは……ミレナが『師職』だからだ。
階位が高いのに冒険者をやっている変わり者だから、たとえ冒険者組合から追放されたって師職ならいくらだって仕事はある。だから、思い切ったことができるのだ。
それからミレナは、面白かったのよーと、その場での冒険者と依頼者達のやりとりを演劇のように見せてくれる。身体を縄で繋いでって言われて、実際に縄でぐるぐる巻にされた依頼者達のおたおたする様なんて、声を上げて笑ってしまうほどだった。
ひとしきり笑い合い、無事を心から喜んだその後で、ミレナから意外な言葉を聞いた。
「アドー、一緒に旅に出ない?」
一瞬、全部の動きが止まった。
旅?
「だって、別に親兄弟がこの町にいるって訳じゃないんでしょう?あたしもだけど。ひとつの町に留まる理由なんて、なくない?」
冒険者なんだからさ、と俺の肩を抱くミレナ。
「あたし、もう護衛なんてのは懲り懲りだし、迷宮も好きじゃないわ。誰かと一緒に旅をしたいって思えるのは……アドーだけだし」
「俺……あまり、役に立てないと思う……」
「あのね、役に立つ、なんて理由なら道具と変わらないでしょう?あたしは道具と旅したい訳じゃないのよ」
「よ、弱い、し」
「これからいくらだって強くなれる。アドーには可能性があるし、あたしにだって有るわ」
気がつくと、涙がこぼれていた。嬉しくて。
大好きなミレナが、俺と一緒に旅をしたいと言ってくれたことが。
「もー、アドーは変なところで泣き虫だなぁ」
ミレナの笑顔が眩しい。
「一緒に、行ってくれるでしょ?」
「……うん、ありがとう」
翌日、夏の日差しの中、俺達はミトゥーリスから西に向かって歩き始めた。
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