第4話 二十八歳 冬-1
あの絶望の日から三年が過ぎた。
なんとかミトゥーリスの冒険者組合で登録ができて、俺はコツコツと誰も受けたがらないような仕事をこなしていった。
……他に、できることがなかったからだ。
そのおかげもあってか、組合へ貢献度が上がり今は『銀段三位』になっている。
他の冒険者達と一緒に組んで仕事をする『連団』というものに一度だけ入ったことがあった。
でも彼等と全く話が噛み合わないことが多くて、一度一緒に仕事をしただけで抜けてしまった。
下位職だから冒険者になったというのに、彼等はもの凄く気楽で図々しく思えてならなかった。
その内誰からも声もかけられなくなっていったが、冒険者なんてそんなものなのだろう。
みんな、自分のことだけで精一杯なのだから。
それからは、ひとりで採取などの細々としたものばかりやっている。
残念ながら未だにたいした魔法もなく、職業は
ただ、俺は『迷宮』には一度も入っていない。
町の外に出る地上の魔獣より怖ろしいものが多いとか、連団を組もうとも思わないから……というだけでなく、俺は迷宮そのものが……『地下』が怖いのだ。
アーメルサスではここ最近迷宮が増えており、南側と東側では常に迷宮を閉じるために冒険者達を募っている。
迷宮は『迷宮核』と呼ばれるものを最下層で掘り返して持ち出せば、自然と砂や土塊に埋もれてしまう不思議な場所だ。
地下へと深く深く形成されるので何日も地下で過ごすことも多く、容易に地上に戻ることもできない。
方陣札と呼ばれる『魔法を閉じ込めた札』で戻ってくることは可能だが、その札を使用するには多くの魔力が要る。
魔石という魔力を溜めておける石を使えば俺のように魔力が少なくても使えるが、沢山の魔力を溜めておける魔石は高価だ。
その魔石を多く採掘できる『採掘師』は、ヴァイエールト山脈に入り込んで魔獣を退治しながら採掘するためかなり強い。
連団にいた頃に受けた一度だけの仕事が、採掘師の護衛だったが……正直、
下位職の冒険者なんて、そんなものなのだろう。
そんな危険を冒して取る石だから、魔石が高価なのも当然だ。
俺は、まだ五つほどしか買えていない。
迷宮に入りたい訳じゃない。
しかし、一度は迷宮にはいる仕事を受けないと、アーメルサスでは『銀段二位』には上がれない。
でも……冒険者として段位が上がったって、俺にはあまり意味がない気がしていた。
俺がいつも通り益体もつかないことを考えながら冒険者組合の扉を開くと、ミレナが走り寄ってきた。
彼女も冒険者で、銀段二位に上がったばかりだ。
ミトゥーリスに来てから知り合った冒険者の中でも、剣技に長けていて護衛依頼が多い。
……つまり、冒険者の中でも金持ちと言える。
そんな彼女がなぜ投擲しかできない、弱々の俺に話しかけてくるのかはよく解らない。
「アドー! 久しぶりっ!」
笑顔のミレナが『アドー』と呼んだのは、俺の『通称』だ。
冒険者は本名でなく、通称を登録できる職業だ。
『ミレナ』も勿論、本名ではない。
アーメルサスは出身地と本名で役所に問い合わせたら、誰でも簡単に職業なんかを調べることが可能だ。
俺が首都であの三人に全て知られてしまったのは、俺が本名を言ってしまったからだ。
……彼等は本名ではなく、あだ名だけしか教えてはくれなかったというのに。
それにしても、ミレナが、こんなに早い時間に組合にいるのは珍しい。
「昨日の夜に依頼が完了したから、手続きに来たんだよー。この時間なら、アドーに会えると思ったしさ!」
年上とは思えないほど屈託なく笑うミレナの笑顔は、俺には癒しと言っていい。
人と話すことが苦手な俺に、こんなにも親しく接してくれる人が珍しいせいもあるだろう。
恋愛感情ではなくて、こんな家族がいたら良かったのに……と思ってしまう。
「この間アドーが採ってきてくれた毒消しの実、助かったよー。やっぱり赤い方が魔虫の毒には効くね」
「……そっか、役に立って、よかった」
西側の山裾で取れるキーラィという実は、春先に緑のものが、冬の初めに赤い物が採れる。
緑の実は磨り潰すと傷薬になるし、赤い実は魔虫の毒針程度なら毒を弱くすることができる。
魔獣の魔毒は消せないが【解毒魔法】がない時は取り敢えずそれを塗りつけておいて、時間稼ぎをして医師の元へ行くのだ。
キーラィの実は冒険者にとっては必ず常備しておくべきもので、俺は山中からこれを見つけるのだけは得意だった。
採れる場所はぬかるんだ場所が多くて、魔獣が出ても退治しにくい場所だ。
動きにくいため剣で戦う冒険者は低木が多いから剣は振りにくいし、弓も狙いが付けにくいから嫌がる奴等が多い。
この実の木はそんな
実が生っている場所は、背伸びくらいでは手が届かない高い場所だ。
登ったり身体を支えたりできる程の木ではないから、木そのものを倒すことになる。
だが、そんなことをしたら翌年に実が採れなくなってしまうから、木を揺すったり長い棒で叩いて落としたりするのだが、そうすると実は泥濘に落ちてしまい拾うのが大変だ。
俺は『投擲技能』で
そのため、普通なら届かないような位置にある、天光の光を良く浴びた質の良い実を採取できる。
投擲がこんなことに役に立つとは、初めは思っていなかった。
練度が上がるにつれて命中率は格段に上がり、加えて様々な大きさや形状のものを命中させることができるようになった。
そして、水系しかなかった魔法も、この技能を助けられる風系が獲得できた。
おかげで更に投げたものを操れるようになって、思い通りに投擲ができるまでになった。
これは、魔獣の撃退にも便利だった。
鎖に付けた刃物で魔獣の眉間を貫くこともできたし、鎌のような物を投げれば足や腕を切り落とすことも可能だった。
少しずつだが、俺は強くなっている、誰かの役に立つことができるようになっている。
そう思えることが嬉しくて堪らなかった。
「今日は奢ってあげるわ、アドー! 食事に行きましょう」
「いや、それはミレナの稼ぎで……俺は、何もしていないし……」
「なーに言ってるのよ! あなたに助けられたって言ってるでしょ? 遠慮なんかしないの!」
ミレナはいつまでたっても俺を『稼げない冒険者』だと思っているのか、報酬が入ってこの町にいる間はなんやかやと俺の世話をやいてくれる。
連れていってくれる食堂は、いつも決まっている。『
皇国から来た人がやっている店で、『電気石』を採取しに来る皇国人達が沢山いる。
この店はその採掘の人達がこの国にいる間だけこの町で営業するというので、いつまでもある店じゃないのが残念だ。
ミレナがここに初めて連れてきてくれた時は、加護神で差別されない食堂で嬉しかった。
この国で生まれた俺を最も差別しないのが他国……それも、この国の神職家系の者達が憧れてやまない皇国人というのはなんだか皮肉だ。
俺達が卓についてすぐ、見知らぬ皇国人が何人か入ってきた。
新しい人が住みつくことが少ないこの町で、しかも採掘人以外が珍しいのは当然だ。
ひとりだけ、絹の上着を着ている男がいた。
確かに『絹』ってのは、町中ではこんなにも異質なものなんだな。
昔の俺はあまりにもの知らずだったと、今更ながら……失笑してしまった。
そして……何故かそいつが俺達に向かって睨むような視線を向けてきた。
じろじろ見過ぎたか。
慌てて視線を外したが、そいつが近付いてきて俺達を見下ろす。
やな感じだな……
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