第3話 二十五歳 春-3
翌日の朝、安宿で目を覚ました俺は、不思議なくらいによく眠れたと感心した。
もう、出来損ないでも気負う必要はない。
全く期待などされなくなって二十年が経っているというのに、何を今まで頑張っていたのだろう……とバカバカしくなった。
神職家系では、傍流であるほど望まぬ加護神の子供を早々に養子に出したり、教会に孤児として預けたりというのはよくあることだ。
うちは傍流でも直系に近い血筋だったせいか、世間体という奴を重視したのだろう。
成人まではちゃんと……かどうかは知らないが、飢えさせることも凍えさせることもなく過ごさせてやったのだと示す必要があったのかもしれない。
そして『成人して家を出ると決めた子供に支度金を持たせて送り出してやった』という事実が重要なのだろう。
渡された金は、俺が首都からも遠い『下位職の町』で一年くらい暮らすには、充分な額だった。
俺の職が『師職』であれば、繋がりを断つまではしなかったはずだ。『士職』であっても、名前までは奪わなかっただろう。だが、下位職であるなど恥以外の何ものでもない。首都中央に在籍すら許されない職なのだから、俺の全てを断ちきる必要があると判断したんだ。
自分達の、矜持を守る為の保身として。
父が俺に『従務契約をして隷位となれ』と言ったのは、この首都から消えろということだ。
留まりたいなら決して表に出ずに地下で生きろ、そうでないなら二度と首都に入るなと……俺に選ばせることで、自分から家を出たのだと世間と俺に知らしめたのだ。
隷位職で神職家系に飼われていれば管理ができるし、首都から出てしまえば俺が無職でも責任はなくなる。
だけど自分の血筋である事は許し難いから、名前も繋がりも消したのだ。
『ラドーネス』という名の頭文字は、どの神職家系でも今の代で付ける文字ではない。
神職家系ではその時の『代』によって、付けられる名前の頭文字が決められている。
今の代では『ア』をはじめとするいくつかはカティーヤ家系のみで、他の家門だと別の文字。
それは各家門ごとに違っていて、違う家系で同じ名前が同じ代には存在しないようになっている。
第二子、第三子……も、同様に頭文字が決められているので、名前を聞けば何番目の子供かが解る。
そして、当主が代替わりすると、その子供に付けられる頭文字も変わるのだ。
『ラ』を使う神職家系は、四代遡らないと存在しない。
だから、名前を変えたことで俺は神職家系ではあり得ない、と解るのだ。
俺は改めて、新しい名前になった自分の身分証を開いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
名称 ラドーネス*****/
年齢 25 男
在籍 ドォーレン
父
母
魔力 562
水性魔法・第三位 耐性魔法・第三位
【適性技能】
〈第二位〉
体術技能
〈第三位〉
水性鑑定 投擲技能
裏書
聖神二位
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父母の名は削除され、俺には血縁者などいない……ということになった。
この国の全ての記録から『アトネスト』は、削除されたということだ。
在籍地も、下位職の町……いや、北東の外れのドォーレンは村といった方がいいくらいの規模だったはずだ。
行ったこともないその場所が、俺の故郷、という事だ。
それにしても、なんて少ない魔力……神職家系であるなら適性年齢前でも七百は超えているのが普通だというのに。
しかも青属性で、白魔法も耐性だけなんて。
【付与魔法】でもあれば耐性も役に立っただろうが、そうでないなら自分にしか使えない魔法だ。技能も仕事に活かせるものが全くない。
裏書きに加護神が記されるのは、アーメルサス教国だけだと聞いた。身分階位をはっきりする為に、役所で態々記載するのだそうだ。
それでも、仕事は探さなくてはいけない。
俺は首都を出て北東を目指すことを決めた。
南側は国境があり大きな町もあるが、下位職の者では雇ってもらえるような仕事はない。隣国・ガウリエスタとの小競り合いに参加できるほどの戦闘能力のある者でなくては留まれない。
若しくは東の大国・イスグロリエスト皇国と取引したり、何かを作ることができれば戦わなくてもいいだろうが……俺にはそういう仕事はさせてもらえないだろう。
少し北へ上がり東側に向かうと……冒険者組合の町・ミトゥーリス。
このシィリータヴェリル大陸で一番初めに『冒険者』という制度を作ったのは、このアーメルサス教国だ。その組合発祥の地はミトゥーリスである。
もともと、働くことがなかなかできない下位職の為に作られた『冒険者』という生業。兵士としても雇ってもらえない、何かを作り出す技術もなくそれを支える事務能力もない……そんな者達がなんとか役に立つ事を探そうとして作り上げた『神々に支配されていない職業』。
成人の儀で与えられるものではなく、自らが選ぶ『職』だ。
俺は首都の北門をくぐり、北東の町ミトゥーリスへ向けて歩き出した。
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