選ばれなかった紫色の侯爵令嬢~歪んだ心はきっと死ぬまで戻らない~
紺名 音子
第1話 マリアライト家の長女
『マリアライト侯爵家のウィスタリア様が目をつけた男は間違いない』
ヴァイゼ魔導学院の中でそんな噂が出始めたのは私が高等部に入った頃。
何処の誰が言い出したのか分からないそんな噂のせいで、私が慎重に下調べを重ね普段の様子も観察して「良」と判断して接触を図った殿方はすぐに他の令嬢達にも目をつけられるようになってしまった。
マリアライト家はこのレオンベルガー皇国の西北の地を治める侯爵家。そして私、ウィスタリア・フォン・フィア・マリアライトはマリアライト侯爵家の跡継ぎ。
そう――跡継ぎだからこそ国中から貴族の令息達が集まるこのヴァイゼ魔導学院で生涯寄り添える有能なパートナーを見つけ出そうと勉学、鍛錬、交友に追われる中、隙間時間を見つけては伴侶探しに励んでいるのに。
私の苦労と努力が他の有能な伴侶を射止めたいと思っている令嬢達の横槍で水泡に帰す状況に重い溜息しか出ない。
最初はそこで諦めてはいけない、『奪われた』だの『取られた』だの泣き言言う前にきちんとアプローチしなくては駄目! と自分を奮い立たせて容姿に、態度に、言葉遣いに人一倍気を使ってみた事もあった。
だけどそれらが一切無駄に終わるのを繰り返し、そういう方面に頑張る心はすっかり折れ、駄目だと判断したらすぐに次の候補を探すようになった。それの繰り返しがこの噂につながってしまったのは明らか。
そして『マリアライト嬢が目をつけた男には間違いない』という噂は、今や『マリアライト嬢に声をかけられた男は目をつけられている』という噂に変貌していき――
雲ひとつ無い晴天の下、学院の門の前に止まる馬車の列や学生寮からポツポツと校舎に向かって歩いてくるグレーの制服を身にまとった生徒達――その中の一人だった私は目の前の、やや素朴な印象を受ける茶髪青眼の令息にまるで蛇に睨まれた蛙のような目で見られている。
「す、すみません……向こうで彼女が待っていますので!」
呼びかけて挨拶して『今日もいい天気ね』と言っただけなのに。令息が走る先を目で追うと、彼に向かって手招きしているらしい長い金髪の令嬢が見えた。
先日私が声をかけた後にあの令息に告白していた令嬢だ。
『貴方がマリアライト嬢に狙われてるって知って……貴方が取られるかも知れないって思ったら、私、いてもたってもいられなくって……!! その時ようやく貴方の事がずっと好きだったんだって気づいたの……!!』
午前中その令息に声をかけた日の夕方――寮に戻ろうとした時にそういうやりとりが聞こえてきた。
下調べでその令息に『同級生で幼馴染の女性』がいると知った時点で嫌な予感はしていた。だけど普段接触している様子はないようだし、高等部最終学年の最終学期でもう選べる程人も時間も残されてはいない。
一見冴えない印象を受けるけど伸びしろはあるから、これからの成長に賭けようと思いで一か八かと思い声をかけてみたのだけど――
ねえ、好きなら私が下調べしている間にもそれなりに会話しなさいよ? 私だってわざわざ仲良し感出てる男女の仲を引き裂こうとは思わないわよ。後味悪い。
しかも何よ、『狙われてる』って。何か私、悪女みたいになってない? しかもそれ、周囲に人の往来がある場所で言う事かしら――なんて、無粋な事を言ってはいけない。
私が声をかけた後に告白とか、キープを私に取られそうになって慌てて告白したの? 本当は誰か他に本命のお目当てがいたんじゃないの?
私が目をつけた男なら間違いない、と思って惜しくなったんじゃないの? ――なんて、あからさまな毒を吐いてもいけない。
これだから田舎上がりの男爵令嬢は……想い人ともどもマリアライト家秘伝の呪術で呪い殺してやろうかしら――なんて、間違ってもそんな風に呪ってはいけない。
何故か、なんて決まっている。全て私およびマリアライト家の名誉を
マリアライトは侯爵家であると同時に、呪術師の家としても知られている。その家の後継ぎである私が私利私欲で人を呪えば、マリアライト家の名を貶めてしまう。
元々マリアライト家は人にかけられた様々な呪いを解呪できるように呪術を研究していた結果、呪術そのものにも詳しくなった
皇国の為、自身が仕える主の為に呪術の知識を活用した結果その功績が認められて侯爵の地位が与えられた誉れ高い家であり、けして陰湿で私利私欲に塗れた呪術師の家ではない。
が――ただでさえ呪術師のイメージは悪い。呪術に対して陰湿なイメージが強すぎるのだ。特に私の場合、可愛げとは縁遠い容姿もかなり影響しているみたいだから尚更。だからこそ人一倍以上に呪術の使い方を誤ってはいけない。
(こんな扱いにはもう慣れてるけれど……だから傷つかないって訳じゃないのが辛い所よねぇ……)
12歳から18歳――中等部から高等部の6年間をこの学院で過ごし、伴侶候補に声をかけては横取りされを繰り返していく内に伴侶候補の数は減っていく。それで妥協に妥協を重ねた下級貴族の男にすらあんな粗雑な態度を取られると流石に辛い。
だけど下級貴族に対して圧をかければそれこそ『マリアライト家ってやっぱり……』と言われかねない。閉じた口で歯を軋ませるだけにとどめていると背後から悲しそうな女性の声が聞こえてきた。
「酷いっ……!! 酷すぎるわ今の男子っ……!!」
振り返るとグーの形にした両手を口元に添えて大きな目を潤ませているクラスメイトがいた。
「シェリー……」
肩までかかったサラサラで鮮やかなピンク色の髪――後頭部からチラリと可愛い濃い桃色のリボンが見える。そしてローズピンクの眼を持つ、控えめに言っても圧倒的美少女は、彼女に心奪われたらしいそれぞれ赤紫と青紫の髪と目を持つ見目麗しい令息達を2人もはべらかしている。
「そりゃあ心身共に圧倒的上から目線で、愛想笑いもひきつってて、その鮮やかで艶のある紫色の髪と紫水晶のような目のクールビューティーなウィーちゃんに声をかけられたら、軟弱な男の人は到底耐えられないかも知れないけど……!! せっかくウィーちゃんがわざわざ声をかけたのにあんな雑な言葉で逃げていくなんて、許せないっ……!!」
私を褒めているつもりなのか私の名誉を更に踏み躙りにきているのか分からないこの女――絶対叩いてはいけない。まして、殴ってもいけない。
コンカシェル・フォン・フィア・アルマディン――この皇国をも揺るがしかねない儚い容姿の美少女は、我がマリアライト家が統治する領地の北隣に位置するアルマディン領を治める侯爵家の令嬢だからだ。
コンカシェルの可愛らしい怒声に釣られた生徒や先生達の注目が集まる中、力が込もった拳が僅かでも上がらないように気をつけながら一秒でも早くその場を立ち去ろうとコンカシェルに背を向けて歩き出す。
「あっ、待って、ウィーちゃん……きゃっ!!」
コンカシェルの声に振り返ると、私を追いかけて来ようとした彼女は何もない所で躓いたようで傍にいた赤紫の令息に抱きとめられていた。
「ごめんね、モーベット君……大丈夫だった?」
「大丈夫です……いえ、仮に大丈夫じゃなくても貴方のお役に立てるなら俺はいつでも貴方を受け止めます」
「モーベット君……」
2人の甘い笑顔と優しい声に何とも言えない――というかただどす黒いだけの感情を抱える自分が嫌で改めて美少女とその下僕2人に背を向け、自分が通う魔法学科のクラスへと向かった。
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