75ページ目.貯金を持たない由良みことと、彼の参詣の新年

 窓の外が白んできたので、オレは部屋のカーテンを開けた。


 ああ、新年の陽が昇る。


 希望の年の始まりだ。


 高校を卒業し、今年オレは新しい世界へと翔び立つのだ。


 阿舞野あぶのさんの優勝を確認した後、オレは精神が興奮状態でとても眠れなかった。


 気分がアゲアゲなので、この気分のまま受験勉強でもしようかと、まさに文字通り、正月早々に机に向かったら非常に順調に勉強が進んだ。


 途中、スクショした阿舞野さんの配信の画像や優勝ページの画像を見返しては、一人ニヤニヤしたり。


 ……我ながら不気味だ。


 それで結局、そのまま初日の出の時間まで起きてしまうという羽目となった。


 でももうアルバイトをしなくてもいいし、学校も休みだし、昼間に眠くなったら自由に寝られる。


 その点はありがたい。


 と思って油断していたら、元旦からSNSにメッセージが届いた。


《ゆらっち、あけおめー!!》


 差出人は阿舞野さんだった。


《よかったら一緒に初詣に行かない?》


 とのお誘い。


 初詣か。


 夜寝てないけど、せっかくのお誘いだし、クラスメイトと初詣へ行くことなんて今までなかったし、ここは眠い目をこすりながらでも頑張って行くか。


 ということで、阿舞野さんと待ち合わせの時間と場所を決めた。


 ちょっと早めに待ち合わせ場所の駅へ出向くと、けっこう人通りが多かった。


 初詣へ行く人か、はたまた里帰りをする人か。


 オレみたいに深夜もずっと起きていて、オールナイトで遊び通していた人もいるだろうな。


 そんな風に人間観察をしていたオレの到着から5分ほど後に阿舞野さんがやってきた。


 彼女が来るなり、オレは目を見張った。


 阿舞野さんはとても可憐で華やかなピンクの振袖姿でやってきたのだ。


 正月だというのに着飾ることもなく普段着姿で来たオレとは大違い。


「どう? 似合う? ゆらっちとの初詣だから晴れ着レンタルして気合い入れて来たし」


 そう言って袖を広げた阿舞野さん。


 でも少し恥ずかしそうにしていた。


「……とても似合ってる」


 オレも口に出し慣れていない言葉を照れながら言った。


「マジ!? 超嬉しい!」


 喜ぶ阿舞野さん。


「それと昨夜は……、優勝おめでとう」


 気恥ずかしいので、オレは話題を変えようと、イベントの優勝を祝福する。


「そうそう、マジありがとー! ゆらっちやみんなのおかげで優勝できたよ。ガチで嬉しい!   アタシにとって夢のような新年の幕開けだよ!!」


 そう言って阿舞野さんは振袖をヒラヒラさせ、くるりと回ってダンスを始めた。


 通行人が視線をオレ達二人へと向ける。


 これでは人目を引くのでさっさと移動しよう。


「えっと、じゃあ、行こうか」


「うん!」


 自ら歓喜に沸く阿舞野さんとともに、二人で神社へと向かった。


 神社はオレ達と同じく初詣に訪れた参拝客でごった返していた。


 人が多くて周りから押されるので、並んで歩く阿舞野さんと時折り肩が触れながら、オレ達は少しずつ前へと進む。


「この神社、ご利益あるんだよー」


 進みながら阿舞野さんが言った。


「そうなんだ?」


「えへへ、実はアタシ、ガチイベ前に優勝させてくださいってお参りに来てたんだよねー」


 なるほど。そりゃ、ご利益がありそうだ。


 だってその願いが叶うのを、オレも目の当たりにしてるわけだから。


「じゃ、今日は何をお願いしようか?」


 オレが聞く。


「そんなん決まってんじゃん? ゆらっちと一緒に大学合格できますよーにって」


 そうだよな。


 いま一番優先しなければならないお願いごとをオレは忘れていた。


 次の夢は彼女と一緒に大学合格。


 これは譲れない。


 人の流れに身を任せていると、やがて参拝の順番が回ってきた。


 二人で財布から取り出したお金を、賽銭箱へ投げ入れる。


 貯金もすっからかんのオレは5円玉しか入れられない。


 でも神様は心が広いから、きっと事情をわかってくれるはず。


 オレは手を打って合わせ、目を瞑り、心から願った。






(どうか大学に合格して、阿舞野さんの告白を自信を持って受け入れられますように……)








 やっとお詣りも終わり、二人で賽銭箱前の人混みから離れた。


「そういえばさ、イベも終わったことだし、いい加減ゆらっちのハンドルネーム教えてよ? あの人の中のどれがゆらっちだったの?」


 阿舞野さんがそう言って、オレの服の袖を引っ張って聞いてくる。


 確かにもう名前を教えてもいいか。


 っていうか、すでに気づかれてると思うけど。


「ゆらっちってニックネームを真似て、オレの名前がみことだから……、みこっち。まあ、だいたい気づいてたとは思うけど」


 オレがそう答えると、阿舞野さんがニカッと笑った。


「そっかー、みこっちかー。実はね、アタシ……」


 実はアタシ?


 続きはもちろん気づいてたよ! かな?


「全然、気づいてなかった!」


 阿舞野さんが驚いた顔をする。


 なんと、気づいていなかったとは。


 なんて勘の鈍いライバーだ。


「ってか、え〜っ!! マジ!? あっ、あの最後に高額アイテムいっぱい投げてくれた? あのみこっちさん?? あの人がゆらっち!?」


「そう、あのみこっちさん」


「マジで!? ほんとに!? ちょっとビックリし過ぎてマジヤバいんだけど! いや、それよりゆらっちお金大丈夫? 無理してない?」


 阿舞野さんが心配そうな顔で聞く。


「大丈夫、大丈夫。オレ実はそのために阿舞野さんに内緒でバイトしてたんだ。ガチイベ優勝させるために」


 オレは阿舞野さんをチラッと見る。


 彼女は笑いと驚きが混じった複雑な表情をしている。


 しかも、彼女の目が少し潤んできたように見えた。


「……なんかアタシのせいで時間もお金も使わせて無理させちゃったね。受験前なのに」


 阿舞野さんが申し訳なさそうに言う。


「別にたいしたことないよ。買う予定の物も特に無いし、受験も今から全力で勉強すればじゅうぶん合格できるさ」


 オレは彼女に負担をかけまいと、平然を装い答える。


 その言葉を聞いた阿舞野さんがそっとオレと腕を組んできた。


 そして無言でオレに頭を寄せる。


 うっ! 


 もしかして阿舞野さん、オレに甘えてる??


 こんなの初めての経験。


 なんだか嬉しさと恥ずかしさでムズムズするな。


 オレは込み上げてくる感情で顔がニヤつかないよう、しっかりと頬に力を込めて気合いを入れた。


 それから阿舞野さんと腕を組んだまま、おみくじを引きに行った。


 彼女がおみくじの箱に手を入れてガサゴソと選ぶ。


「これだっ!」


 決めたようだ。


「どれどれ、結果は……、大吉!! マジ!? アタシすごくない!?」


 阿舞野さんは大吉と記されたおみくじをオレに見せてはしゃいでいた。


 よし、ここは良い流れにオレも乗って、二人揃って大吉だな。


 なけなしの100円玉を入れて引いてみた。


 結果は……、凶!?


 やっぱり良いことばかり続くわけないんだな。


「げっ、凶だ……」


 オレはがっかりしながら阿舞野さんに見せる。


 それを見て、阿舞野さんは大笑いをしていた。


「でもさ、これで今年の悪運を全部使ったと思えば済むくない?」


 そう言って前向きな発言をしてくれる。


 そうかもしれない。


「じゃ、凶を引いたゆらっちをアタシが慰めてあげよう。ガチイベ応援してくれたお礼もしたいしさ。アタシになんか頼みたいこととかある?」


 彼女はオレに聞いてきた。


 阿舞野さんにできることかぁ。


 ふわりちゃんにクリスマスプレゼントのお返しをするお金ももう無いからちょっと貸して……、なんて言えないし。


「貯金が無くなったのは気になるけど、阿舞野さんにやってもらいたいことって特にないなぁ」


「そっかー。さすがに今はバイトできないしねー。ってか、お金が全然無いのも困るんじゃない?」


「それなんだけど、一応、今年の漫画部で作った漫画を『ステギャザ』で売ろうとは思ってるんだけどね。でも果たしてどのくらい売れることやら……」


「アタシがモデルやった漫画?」


「そう」


「じゃ、その漫画、アタシの配信で紹介するよ! そうすればファンの人が買ってくれるかもしれないし。まあ、アタシの痴態が載ってる漫画だから宣伝するのは恥ずいけど」


 マジか。


 確かにインフルエンサーの阿舞野さんに紹介してもらえれば、けっこう大きな宣伝になるかもしれない。


「今度はアタシがゆらっちを応援する番」という彼女に、漫画部が制作した漫画の紹介をお願いすることにした。


 そうすれば阿舞野さんも、とりあえずオレに義理を果たせてスッキリするだろう。

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