74ページ目.十二月の終わりは、きっと世界の始まりに似ている。
大晦日は家電量販店の初売りセールのチラシを配るバイトをした。
でも路上に立って通行人に「お願いします」とチラシを配りながらも、オレの内心は気が気じゃない。
優勝させるためにオレはバイトをしているわけだから、優勝させてあげられなかったらオレは何のために受験勉強そっちのけで働いてきたのかわからない。
寒い路上に立っていても、頭の中はもし彼女を優勝させてあげられなかったらどうしようという不安に襲われる。
オレの身体は寒さに震えるというより、不安に怯えて震えていると言った方が正しかった。
不安で時間を止めたい。
オレがそう願っていても、やがてその時はやってくる。
バイトも終わり、緊張と疲労でそれこそ棒になった足で家に帰り、それでも少しでも受験勉強をしようとオレは机に向かっていたのだけど、テキストの内容もよく頭に入らないまま時間が経ち、そしていよいよ阿舞野さんの最後の配信の時間が訪れた。
『さあ、今年も最終日! テンションぶち上げて行くよー! みんなも応援ヨロ!』
元気な阿舞野さんの挨拶で始まる。
他のファンもオレと同じように考えて力を温存してくれていたのか、開始直後から高額のアイテムが飛ぶ。
阿舞野さんは現在2位。
オレは他のライバルの動向にも注意しながら、貯めたお金で有料アイテムを購入し、少しずつ投げていく。
阿舞野さんは飛び交うアイテムに対して頻りにお礼を言っていた。
阿舞野さんの歌やトークで盛り上がりながら、刻一刻と時間が過ぎてゆく。
いまは大晦日の夜。もうすぐ年が明ける。
年が明けると同時にイベントが終わる。
オレはいつでも投げられるように、残りの資金を全て有料アイテムに替えておく。
阿舞野さんも怒涛の追い上げで、今年も残すところあと1分というところで、1位の人と数千ポイント差まで縮めた。
残り30秒!
よしここだ、行けー!
オレは逆転とそしてさらに相手を引き離すため、1万円の有料アイテム、お城を投げる。
その数6個。
これでオレの貯金は一銭も無くなった。
このタイミングで投げれば、相手のファンがもし高額を投げる用意をしてなかった場合、イベント終了までに間に合わず阿舞野さんが逆転されることはない……はず。
『うわ、誰、誰? いまお城大量に投げてくれたの? えっ、待って、メッチャヤバい! うぉー、みこっちさんか。マジありがとー!』
阿舞野さんが目を丸くして喜ぶ。
他のファンからも、みこっちさんお見事!とみこっちさんありがとうございます!とコメントで称賛されてしまった。
『じゃあみんなカウントダウン、いくよー!!』
今年も残すところあと10秒。
阿舞野さんのカウントダウンに合わせて、年が明けようとする。
5、4、3、2、1!
『ハッピーニューイヤー!!』
阿舞野さんの新年の挨拶とともに彼女の高校最後のライバーイベントが終わった。
信念を迎えたあとも阿舞野さんのトークは続いていたが、それよりもオレは震える指で彼女の順位を確認しにイベントページへと向かった。
何度か誤タップを繰り返しながら、イベントページへたどり着いた。
頼む、オレの苦労と彼女の努力が報われてくれ!
祈りながら順位を見る。
雑誌『愛CAN』のモデル権をかけたライバー イベント、優勝は……。
『1位、群光学園ライバー部、うーめろ』。
……マジか。
やったか。
勝利だ!
オレは深夜だということを忘れ、部屋で絶叫した。
叫び終わると、すぐさま画面をスクショした。
同時に全身が脱力していく。
オレはそのままベッドに倒れ込んだ。
その時、階段を駆け上がってくる音がする。
オレの叫び声を聞いた母さんが心配したみたいで、ドアをノックもせずに部屋に飛び込んできた。
「ちょっと! みこと、大丈夫!?」
母さんが驚いた顔でオレを見ている。
「あああああ、あの、大丈夫、大丈夫。別に何でもない」
急に恥ずかしくなったオレは慌ててふつうを装う。
嬉しいながらも騒々しい新年、いや高校生じゃなくなるオレ達にとって、新しい世界への幕開けとなった。
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