第30話 レディ・アリス・スティーヴンス

 フットマンのアランとメイドのメラニーは警察に突き出された。きっともう彼らと会うことはないだろう。サイモンの遺体は運び出されて首謀者たちは全員部屋から出ていった。


 ティオはボロボロ涙をこぼしながらヘンリーとアグネスに抱きしめられていた。きっとトラウマになってしまっただろう。かわいそうに。


「ティオを救ってくれてありがとう。君がいなかったらどうなっていたか……」


 ヘンリーはルークに感謝を伝えた。ルークはアリスを見ると言った。


「いえ……。僕は恩返しをしただけです。アンジェラ……アリスにしてもらったことの恩返しを」


 ヘンリーは首をかしげていたが、ルークは微笑みをアリスに向けていた。


 アリスは自分の心臓がバクバク言うのを感じていた。


 多分顔が真っ赤になっているだろう。熱くて熱くて仕方がない。アリスはうつむいた。


「アリスにも救われたよ。今日は二人に救われたな」


 アリスは顔を上げてヘンリーをみて、それからルークをみた。


「危なかったが大事に至らなくてよかったよ」ヘンリーはそう言うと警察からの質問に答えるために離れていった。


 彼はナイフが刺さっていたのを見ていなかったのか、もしくは気のせいだと思ったのだろう。


 だがローズはそうではないようだった。


「本当にそうでしょうか? 私が見たときはナイフが刺さっていたはずですが……。おかしいですね……」


 彼女はルークの腹を見るとそういった。


 ルークも自分の腹に触れた。燕尾服は破れ、中のシャツにはどす黒い血がついている。


「以前もこんなことがあったような……」


 ルークがそう言うとドミニクが彼に近づいてきて言った。


「そうだ。お前の寿命半分になってるぞ。『256』あったのが『128』になってる」


「え!?」ルークは慌てて鏡のある場所に行って顔を見た。


「うわ、ホントだ」


 ローズたちが怪訝そうに彼をみた。


「どうかしました?」


 ルークは苦笑いをして首を横に振った。


「いや……なんでもない」


 ルークはチラチラと鏡を見ていた。







 数日後、アリスは、アリスとして初めてルークの家に向かった。今日もルイーズがついてきていたし、霊たちもついてきていた。ローズもルークもにこやかに迎えてくれた。ルークはローズを制してアリスに言った。


「少し歩かないか?」


 多分、霊のこと、それから、寿命が半分になったことについて話そうとしているんだろう。アリスは了承した。


「今日は大所帯だな」ルークは霊たち四人を見ていった。


「ええ……」アリスは苦笑した。「あの夕食会ではありがとうございました」


 歩きながらアリスはルークに頭を下げた。


「前にも言ったが結果的には今までの分を返しただけだよ。その時はただ止めないとと思っていただけだ。……サイモンはなにかしでかしそうだったからな」


 ルークは神妙な面持ちでそういった。


 確かにサイモンは昔と違っていた。継承権を奪われた彼は自分の置かれた状況を嘆いて、奪い返そうとするだけで、切り開こうとはしなかった。彼のやり方は周りを認めさせたアリスと違って、認められないなら壊してしまう暴力的なものだった。


「あの……寿命についてお話したかったのでは?」


 ルークは頷いた。


「ああ、そうだ。考えたんだ。多分これは俺が生き返ったことに関係あると思う。あのナイフには毒が塗ってあった。料理に入っていたものと同じだとサイモンは言っていた。刺されれば死んでいたはずだ。でも俺は……」


 彼は自分の腹を擦った。


「傷跡もなくなっていた」私が言うと彼は頷いた。


「そうだ。これ、いつか同じような体験をしたんだ。以前話しただろ?」


 アリスは少し考えて言った。


「寿命が初めて顔に現れたときですね?」


「そうだ。あのときも俺は刺されて死んだはずだった。目覚めたときに顔に現れていた数字は『15』だった。その時はおかしいとおもわなかったが今思えばおかしい。どうして『30』じゃなかったんだ? 人が死んだとき、顔に現れる数字は『30』のはずだ」


「そういうことですか……。じゃあこういうことですか? 貴方は『余命の半分を使えば元通り生き返る事ができる』。最初『15』だったのは半分になっていたからで、すでにその能力が使われていたからだと」


 ルークは頷いて苦笑した。


「ああ。あれだけ増やしてもらったのに半分になってしまった。出会ったときと同じくらいに戻ってしまったよ」


 アリスは手袋を外して手を差し出した。ルークはその手をとった。


 数字が『50』増えて、『179』になった。


 アリスは手を離そうとしたが、彼は掴んだままだった。


「あの……」


「アリス、いつかここで、この場所で、まだアンジェラだった君に言ったことを覚えてるか?」


 初めてアンジェラだと呼ばれて、ものすごくじれったい思いをしたからよく覚えている。


――俺は……君のそばにいたいんだよ、アンジェラ。


――でもそれでは……ミス・アリスへの気持ちに嘘をつくことになる。


 アリスは頬を染めて頷いた。


「ええ。もちろん」


 ルークも顔が赤かった。


「アンジェラとアリスがどちらも君だとわかった今なら、気持ちに嘘を吐くことにはならないだろ? だから……」


 ルークはアリスの手をぎゅっと握りしめた。


「そばにいてほしい。きっと君を幸せにするから」


 その言葉を聞いて、アリスは微笑んだ。


「ありがとうございます。でも……」アリスはそこで言葉を切った。


 ルークは少し不安そうな顔をした。


「ロード・ストレンジ。貴方はどうして以前から私に……アリスに会おうとしていたんですか?」


「それは……」ルークは少し考えてから言った。「君があの家で『教材』として扱われていることを知っていたから。助けなきゃと思ったんだ」


 やっぱりそうなんだ。彼は最初、同情と恋を履き違えていたんだ。


 アリスは言った。


「私は助けてもらわなくても、自分でもなんとかします。……手を貸してもらうことはあるかもしれませんけど」アリスはワンダたちを見た。


「そう……だよな」ルークは頷いた。


「私を幸せにしようと思わなくていいんです。私は私の人生を私の思うように掴みます」


 ルークは手を離そうとした。


 アリスはギュッと掴み返した。


 ルークはハッとアリスをみた。


「それでも……それでもいいのであれば。私は……貴方のそばにいます」


 ルークの顔がぱっと明るくなった。


「ありがとう!!」


 彼はアリスの手を引いて、ギュッと抱きしめた。


 ルイーズが口をおさえた。


 ワンダたちはヤンヤヤンヤと喜んだ。


 人前なのに恥ずかしい!!


 アリスは頭が沸騰するかと思った。







 アリスの家で舞踏会が行われることになった。その日、アリスはもちろん緊張していたが、それ以上に、シエナが隣りにいることが怖かった。シエナはアンジェラが――つまりアリスがルークと懇意にしていたことを知っているはずだ。


 シエナが口を開いた。


「貴女、ロード・ストレンジと懇意にしているんでしょう?」


 ギクッとしてアリスは小声で言った。


「はい……」


「なんでそんなにビクついているの?」シエナは怪訝な顔をした。


「だって、シエナも彼のことを好いていたでしょ、ずっと昔から」


「え……ええ」シエナは少し居心地悪そうにいった。


「それにまた何かされるんじゃないかと思って。……私のステッキを隠すとか」


 シエナは首をかしげた。


「そんな事したことないけれど?」


「え?」


 アリスはワンダをみた。子供の頃ワンダのステッキを隠されたことがあったからだ。


「メイドのパトラに指示したんじゃないの? 外国語のとき間違って答えた腹いせに、私を授業に出させないようにして」


「パトラ? 誰それ? そんなの指示したことないわ。確かにあのとき腹は立ったけど、でもそれを貴女にぶつけるのはお門違いでしょ? 私が怒ったのは貴女が私と真剣に向き合おうとしなかったからよ。私は頑張ってなんとか貴女を越えようとしたのに、貴女はわざと間違うんだもの。怒るに決まってるでしょ?」


 アリスは眉間にシワを寄せた。


 それで怒ったのなら、授業に出られないようにステッキを盗むように指示するのはおかしい。


 じゃあ、あれはメイドたちが勝手にやったことだったんだ……。


 シエナはため息をついて続けた。


「話を戻すけど、ロード・ストレンジは……悔しいけど……貴女のことを好いているんでしょ?」


「え!!」アリスは動揺した。「なんでそれを……」


「見てればわかるわ。はあ……」シエナはうなだれた。「せっかくサイモンとの婚約を解消できたと思ったら、貴女に奪われるなんてね」


「別に奪ったわけじゃ……」アリスは苦笑いした。


 シエナはアリスをじっとみて、それからつぶやいた。


「私は新しい人を探すわ」


 もっと何かされると思って、アリスは驚いた。


「なによ」シエナは目を細めた。


「もっと駄々をこねるかと思って」


 シエナはアリスの肩を叩いた。


「そんな事するわけ……ああ、以前の私なら、そうしてたかもね……。貴女のことを『教材』だと思ってずっと下に見てた私なら……」


 シエナはそうつぶやいた。


 時間になって初めの客がやってきた。彼らはフットマンに連れられて身支度をする部屋に入ると、すぐに出てきて、アリスたちのいるところにやってきた。


「レディ・グリムキャッスル。お招きいただきありがとうございます」


 令嬢を連れた夫人はそういった。彼女を見たことがあった。


 そうだ。初めて参加した舞踏会を主催していた夫人だ。名前は、そう……


「お越しいただきありがとうございます、レディ・デヴァルー」アグネスはそう言って彼女と高い位置で握手をした。


 レディ・デヴァルーはシエナを見たあとアリスを見てぎょっとした。


「これはこれは、ミス・カートライト。お久しぶりです」


 アリスは苦笑いした。


(ああ、そうか。彼女は私のことをアンジェラ・カートライトだと思ってるんだ)


 どう説明しようか悩んでいると、シエナが言った。


「この子はある事情で名前を変えていたのです。申し訳ありません。改めてご紹介いたしますね。こちらは……」




 シエナはそう言って、アリスをみて、微笑んだ。




レディ・・・・アリス・スティーヴンス」




 アリスは驚いて、それから、微笑んだ。

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姉の『教材』として連れてこられた養子のアリスは恋人作りを禁止されたので、霊の力を借りて内緒で舞踏会に参加することにした(偽名で) 嵐山 紙切 @arashiyama456

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