第25話 真実

◇ アリスside


 扉を開くとシエナはアリスの腕を掴んだ。まるで逃げないように捕らえるような素振りだった。


「貴女、私を騙したわね!! 昨日の舞踏会にいたのはアンジェラじゃなくて貴女でしょ!!」


 ワンダが青ざめていった。


「バレたんだ……」


「どうして……なんで……」アリスがつぶやくとシエナは言った。


「お父様に聞いたのよ。貴女に双子の妹なんていないってね。ってことは昨日のは貴女でしょ!? そうよね!?」シエナは顔を真赤にして口角泡を飛ばしてそういった。


 ああ、ヘンリーに聞いたのか。


 アリスは落胆して頷いた。すべてが終わってしまった。


「貴女は私を騙したのよ。いいえ私だけじゃないわ。あの舞踏会にいた全員よ」


「ごめんなさい」アリスはうなだれてそういった。


「貴女は社交界にでてはいけないって言われていたはずでしょ? どうして……」


 それからシエナは責めてきたがアリスは全く聞いていなかった。終わってしまったというのが一番ショックで、それ以外のことを考えることができなかった。


 と、突然胸ぐらを掴まれた。


「聞いてるの?」シエナの顔が近づいてきて言った。


 アリスは涙を流してた。


「聞いてます」


「来なさい!」


 シエナに引きずられて、アリスは書斎に連れて行かれた。


 書斎ではヘンリーが、状況がわからずキョトンとした状態で待っていた。


 シエナはアリスの背中を押すといった。


「お父様、アリスが昨日舞踏会に出ていました」


 ヘンリーは眉間にシワを寄せた。


「何!? どうやって……」


「アンジェラ・カートライトなんて偽名を使って、お祖母様をシャペロンに使っていたんです。服をどう仕立てたのかはさっぱりわかりませんが、あの場にいたのは確かです」


 ヘンリーは両手で自分の顔をなでた。


 アリスはずっとうつむいていた。グレースのネックレスをつけていたので、彼女がそばにいて、アリスのことを心配そうに見つめていた。


「社交界に出さないと言ったからそんなことをしたのか? 嘘をついて、おばあさまを巻き込んでまで?」


 アリスは頷いた。そうするしかなかったからだ。


 シエナは声を荒げた。


「この子を糾弾すべきです。公表してもう二度と社交界なんかでられないように……」


「だめだ」ヘンリーは遮って首を横にふった。


「どうしてです?」


「もしそんなことをすれば、グリムキャッスルの名が堕ちる。糾弾はしない。ただアンジェラ・カートライトという名前が風化するのを待つだけだ。私達は何もしない」


 ヘンリーはそう言って椅子に深く腰掛けた。


「アリス。お前はもう外に出るな。つねに監視をつけることにする。例のメイドたちではない別のメイドだ。全くこんなことになるなんてな……」


 ヘンリーはため息をついた。


 アリスは頷くしかなかった。




 それから本当に監視がついた。というか部屋に軟禁された。


 扉には外側から鍵がかけられて、必要なときだけベルで人を呼び出し、食事などを運んでもらう。多分来年はタウンハウスにさえ連れてきてもらえないだろう。完全に自由は失われてしまった。


「ごめんね」アリスはワンダたちに言った。


 彼女たちはいろんなやりたいことがあるはずだからついてきてくれたはずだった。なのにこんなことになってしまって、まるで今までと同じように行動に制限のある生活を強いてしまっている。


「辛いのはアリスでしょ」ワンダが言った。


「そうだけど……でも……」アリスはうなだれた。


 最近自分のことで忙しくて全然彼女たちに好きなことをさせてあげられなかった。外に出れるうちに色々やっておけばよかった。


 ルイーズたちが部屋にくることはなかった。彼女たちもきっと命令されて部屋に近づかないようにしているんだろう。


 アリスはまた、ぼうっと毎日を過ごしていた。




◇ ペギーside


 アリスのことが家族にバレたとペギーが知ったのはヘンリーが家を訪れたからだった。ヘンリーは不機嫌そうに椅子に座って言った。


「どうしてアリスを舞踏会に出したりしたんです?」


 ペギーはため息をついて言った。


「貴方が出さなかったからよ。彼女にも舞踏会に出る権利はある。そう思ったから手伝ったの」


「あの子が社交界に受け入れられるわけがない。きっと昔のように――」


「いいえ。ならないわ」ペギーはピシャリとそういった。


「あの子は社交界に受け入れられてる。クリフォード公爵家とも懇意にしているし、他の貴族からも尊敬されてるわ夕食会にだって参加していたのよ?」


「それは身分を偽っていたからで……」ヘンリーは口ごもった。


「ええ。彼女はアレンシア人として身分を偽って参加した。でも皆が見ているのは彼女のお金ではなく、彼女自身よ。彼女は身分でもお金でもなく彼女自身が尊敬されて見られているの」


 ヘンリーは体を弛緩させて、背もたれに体を預けた。


「しかし……」


「あの子は証明したわ。これ以上彼女を拘束するのはただの貴方のエゴよ。……まあそれを言ったら『教材』をとるなんて行動自体グリムウィッチ伯爵家のエゴでしかないのだけど」


 ヘンリーは黙ったままうつむいていた。


 ペギーは言った。


「貴方はアリスと話をするべきよ。彼女を『教材』としてではなく、彼女自身として見るべきなの」


 ヘンリーはため息をついて立ち上がった。


「少し考えさせてください」そう言って部屋をでていこうとする彼をペギーは呼び止めた。


「ああ、それと一度アリスをここに呼んでちょうだい。部屋に荷物が置きっぱなしだし、それに話したいこともあるから」


 ヘンリーは頷いて家を出ていった。




 ヘンリーが帰ってから数日後、ベルが鳴ってメイドが対応した。メイドは一度ペギーのところまでやってきて言った。


「レディ・トムリンズです。ミス・カートライト……ミス・アリスは在宅でしょうか、と。……いかが致しますか?」


 ペギーは少しだけ考えてから言った。


「通して頂戴」


 メイドに案内されたローズは少し戸惑ったように言った。


「あの……ミス・カートライトは……」


「それについて少しお話したかったの。いいかしら?」


 ローズは頷いてペギーの向かいに座った。


「最近、顔をお見かけしないのでどうしたのだろうと思ったのです」ローズが言うとペギーは少し息を吐いて言った。


「ええ。あの子は昔から病気がちでね。最近はそうでもなかったのだけど、またぶり返してしまったみたい」ペギーは嘘をついた。


 ローズは驚いて、少し心配そうな顔をした。


「あの……それって……」


「ああ、そこまでひどいものではないのよ。ただあまり活動できなくなってしまうのが可愛そうなの」


「そうだったんですね」ローズはうつむきがちにそういった。


「心配かけるけれどごめんなさいね」


 ローズは首を横に振った。


「いえ。あの、お手紙書きますとミス・カートライトにお伝えください。それと兄も心配していましたと」


 ペギーは頷いた。


「ええ。伝えます」


 ローズが帰ったあと、ペギーはため息をついた。


「慕われているのね。やっぱりなんとかしないとね」




◇ アリスside




 軟禁されてから3週間が経過した。


 ローズやルークとの手紙でのやり取りは行っているが一度ペギーを介しての方法だからまだるっこしい。二人は心配してくれていてアリスは申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが半々だった。


 ある日、突然ヘンリーが部屋を訪れた。


「お祖母様が呼んでるから一度顔を出せ。なんでも、部屋にある荷物を持っていってほしいそうだ」


 ああ、そうだ。確かにペギーのところにはレイラが仕立てた服などがおいたままになっている。


 アリスはため息をついて了承した。


 荷物が多かったからだろうか、監視のメイドの他にルイーズが同行することを許された。


 霊たちを外に出せる久しぶりの機会だったからステッキもネックレスも小さな裁縫箱も香水の瓶も皆持って馬車に乗り、ペギーの家に向かった。


「ああ、久しぶりね、アンジェラ。元気にしてた?」ペギーはそういった。


「私はアリスですよ。……もうただのアリスです」アリスは少しうつむいてそういった。


「そうね。座って。色々話したいことがあるの」


 アリスはペギーの前に座った。ペギーは自分のメイドに言って手紙を持ってこさせた。手紙は10通ほどで半分がルークの半分がローズのものだった。


 ルークの手紙を開くと、次に会うのはいつにしようから始まって、なにかしただろうか、あの舞踏会にシエナが来ているなんてしらなかった、それが関係しているのか、など心配と状況を知りたい旨が書かれていた。


「ロード・ストレンジはここにも何度かやってきたわ」ペギーはため息をついた。


 ローズの方の手紙も同じような感じで心配していると書かれていた。


 アリスは下唇を噛んだ。


 返事をしないと。でもどう返せばいいんだろう。


 アリスが悩んでいると、ペギーはいった。


「今日呼んだのはね、別にものを持っていってほしいからじゃないの。あれはあくまで口実」ペギーは監視役のメイドをちらりと見て続けた。


「話して置かなければならないことがあるのよ。今この瞬間だから知っておいてほしいことが」


 アリスは顔を上げた。


「なんです?」


「そのためには、まずは探しものをしてもらいたいの。ある肖像画よ。この家にあるんだけど、屋根裏かしら、どこかに大切にしまっているはずだわ。探して頂戴」


 アリスは首をかしげた。


「それって……」グレースが何かを言いかけたが首を横に振った。


 ペギーのメイドに案内されて私とルイーズ、それから監視役のメイドは屋根裏に向かった。


 屋根裏にはたくさんのものがおいてあった。テーブルや古くなった布類、本など。皆ホコリを被っておいてある。アリスは顔をしかめた。


「ここにあるの?」


「ええ。そのはずです」ペギーのメイドはそういった。


「私達も探す」ワンダたちがそう言って散り散りになったが、グレースだけはアリスのそばに立っていた。


 さっきからどうしたんだろう。彼女はずっと考え込んでいるように見えた。


 探し出して数分後それは見つかった。


「これじゃないですか?」ルイーズが見つけたそれは布が被せられていた。少し下からめくるとそれは確かに肖像画で三人の人が描かれていそうだった。布はホコリを被っていて少しずつめくらなければならない。


 アリスはゆっくり布を取り払ったが、ホコリが舞って咳き込んだ。目をつぶって手で扇ぎ、ようやくそれがどんな絵なのかわかる。


 アリスは唖然とした。


「……え、どういうこと?」


 目の前の絵が信じられなかった。というよりいっしょに置かれていた絵の題名が信じられなかった。『子どもたち』という題名のそれには三人の男女が描かれていた。ヘンリー、それからサイモンに似たもうひとりの男性と、更に一人の女性。


 ワンダたちも近づいてきて、ぎょっとして、振り返った。


 その女性は紛れもない、グレースだった。


 アリスもグレースを振り返った。彼女は絵に手を伸ばした。もちろん手は肖像画をすり抜けてしまったけど、彼女は微笑んで言った。


「懐かしいですわ」


 アリスはメイドたちに言った。


「ちょっと、外に出ていてくれる?」


「え?」ルイーズたちは首をかしげた。


「一人でこれを見たいの、お願い」アリスは監視役のメイドにいった。「大丈夫逃げたりしない。ここは屋根裏でしょ」


 監視役のメイドは小さく頷いて部屋の外に出た。ルイーズたちもそれに続いた。


 アリスは肖像画とに見入っているグレースの肩に触れて言った。


「どういうこと?」


 グレースは肖像画から離れるとアリスに言った。


「私はね、貴女の前の『教材』なんですわ、アリス」


 彼女は続けた。


「私の名前は、正式には、アンジェラ・グレース・スティーブンス。ペギーの娘、ヘンリーの妹、そしてグリムキャッスル伯爵家の養子だったのです。今の貴女と全く同じ状況ですわ」


 アリスは呆然としてグレースを見た。


「なんで……どうして今まで言ってくれなかったの?」


「ヘンリーにバレたくなかったからですわ。もし私が貴女にすべてを話して、何かの拍子に――怒りに任せて――私のことを話してしまえば、彼はきっと、自分の意志で選択ができなくなってしまいますわ。それではいけません。断ち切ることができないんです。ヘンリーには私にとらわれずヘンリーの意志で選択してほしかったんです」


 そこでグレースは微笑んだ。


「けど、だめでした。アリス。貴女に社交界に出ないように言ったあたりからこれではだめだと思ったのです。多分もう、私が出ても意味がないでしょう」


 グレースは深くため息をついた。


「だから、なんとか貴女のために行動しようと思いました。ヘンリーはだめでもせめて、同じ『教材』して連れてこられてしまった貴女をなんとか幸せにできればと……。でも……」


 グレースはうつむいて、すすり泣いた。


 そうだったんだ。思えば、グレースはアリスやシエナはファーストネームで呼ぶのに、他の人は正式な敬称で呼んでいた。それは彼女がアリスたちの家族だからだ。敬称は必要ない。


 アリスはグレースを抱きしめて言った。


「ありがとう」




 肖像画を下に運ぶとペギーは微笑んでいった。


「ああ、そうそう、それよ。よく見つけてくれたわ」


 アリスは肖像画を壁に立てかけるとペギーに尋ねた。


「お祖母様、どうしてこれを探させたんです?」


「顔が見たくなったのよ、アンジェラの」ペギーは肖像画をに近づくと、グレースの顔をなでた。ペギーは慈しみの微笑みを浮かべると、振り返ってアリスに言った。


「貴女はアンジェラによくにているわ、アリス。まるでいっしょに育ったみたいにね」


 ペギーはこのときばかりは名前を間違えずに言った。


 いっしょに育ったのはそのとおりなんだけど、とアリスは苦笑した。


「この子は貴女の前の『教材』だった。ヘンリーは多分、そういう教育しか知らないんでしょうね。だから彼は、アリス、貴女を『教材』として連れてくるしかなかった」


 それからペギーは椅子にどっと座り込んでいった。


「私の夫はものすごく厳格で、冷酷な男だったわ。厳格さはヘンリーに、冷酷さはヘンリーの弟から遺伝して今はサイモンに引き継がれているわね。夫はある日アンジェラを連れてきた。いつの代からそれが始まったのかは知らないけれど、『教材』を連れてきて差をつけることがグリムキャッスル伯爵家の掟だったのね。アンジェラは可愛そうだったわ……。それでもヘンリーとの仲は良好だったし、私も彼女とはよく話をしていたわ。なんでも協力していた。夫はそれが気に入らないみたいだったけど、気にしなかったわね」


 ペギーはため息をついた。


「アンジェラは病気でなくなったけれど、あの子は幸せじゃなかったはずだわ。だからね、どうしても貴女を代わりに見てしまうのよ。『教材』として連れてこられた貴女を。そして、幸せになってほしいと願ってるんだわ。アンジェラの分以上に、貴女自身が幸せになってほしいと」


 ペギーは一粒だけ涙を流した。


「お母様……」グレースはつぶやいた。


 アリスはグレースを手招いて耳元で言った。


「取り憑いて」


 すぐにグレースはアリスの体に取り憑いた。


 アリスは、そしてグレースは、ペギーを抱きしめた。


 どちらともなく涙を流した。どちらの涙なのかわからなかった。


 けれど思いはひとつなんだと思った。




 グレースは落ち着くとアリスから離れてほほえんだ。


「ありがとうアリス」


 アリスは頷くとペギーから体を離した。


「このままじゃだめ。ずっとこの先も繰り返すことになる」


 きっと、今度はティオが同じようなことをするんじゃないかと思った。連綿と『教材』として養子をとって、不幸せな生活をさせるんじゃないかと。


「お父様と話をします。私と……アンジェラで」私はグレースをみた。彼女は頷いた。


 ペギーは言った。


「ええ。私もいっしょに行きたいけれど、多分、貴方が一人で話したほうがいい気がするわ。私は屈してしまった人間だから」


 ペギーは手をのばしてアリスのつけているネックレスに触れた。


「アンジェラのために、そして何より、貴女のために頑張って。応援しているわ」


 アリスは頷いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る