第24話 嘘
まずい。
まずいまずい。
考えろ!
と、アリスは思いついて言った。
「私はアリスではありません。彼女の双子の妹です」
「何を言って……」シエナはそこで考え込んだ。「……お父様は双子のうちの片方を養子として引き取ったってこと? その一人がアリスで、もう片方が貴女なのね?」
「そうです」アリスは内心バクバクでそういった。
あぶねえ!!
「よくそんな事思いつきましたわね」グレースは感心したようにそういった。
シエナは眠っているペギーを見た。
「お祖母様は知っていたのね。どこからアリスが連れてこられたのか。だから、もうひとりの貴女のシャペロンとして今ここにいる。個人的な関係ってそういうことだったの……」
シエナは深く頷くと言った。
「驚いたけど、ええ、そういうことなら辻褄が合うわ」
アリスは冷や汗が止まらなかった。今すぐ彼女のそばから離れたかった。
「では、私約束があるので」そう言ってシエナから離れようとした。
と、彼女はアリスの手を掴んだ。
「待って、私の話は終わってない。それに聞きたいことが山ほどあるの」
逃げたい。
逃げたい。
「な、何でしょう」アリスは震える声でそういった。
「初めは貴女がお祖母様を騙しているのだと思っていたわ。でもそうじゃないことがわかったからこれはいいの。問題は、ロード・ストレンジとどういう関係なのかということよ。最近随分親しくしているようじゃない?」
シエナは近づいてきてそういった。怖い。
「え、ええ。まあ。そうですね」
「どういうご関係で?」
シエナはこちらを睨んでいる。アリスはたどたどしくいった。
「ちょっとしたきっかけでレディ・トムリンズと仲良くなったんです。それでロード・ストレンジともお話するようになっただけです。それだけなんです」
告白じみたことをされたとはいえないし、まして、寿命についてなんて言えない。アリスは苦笑いをしていたが、歯は食いしばっていた。
「それにしては仲が良さそう。いっしょにお散歩にでたりしていたんでしょ?」
なんで知っているんだ?
こっわ。
多分伝聞だろうとおもった。もしシエナが直接散歩しているところを見ていたら、いっしょに歩いていたルイーズの存在に気づいただろう。ペギーと関係がないルイーズがどうして一緒にいるのか怪訝に思ったに違いない。
散歩をするのは危険みたいだ。結構あの時間は好きだったのに、とアリスはどんよりした。
「読書好きということで気があったんですよ」
「ふうん。昔からあの方を知っているけれど」――『私の方が長い付き合いなのよ』マウントをシエナはとった――「あの方が読書好きなんてはじめて聞いたわ」
アリスが黙っているとしびれを切らしたのか、シエナは言った。
「それにその服よ。『フェデフルー』でしょ? どうやって手に入れたの? それを作る仕立て屋は死んでいるはずよ? 随分新しいように見えるけれど」
アリスは突然そう言われてギクッとした。
と、グレースが言った。
「レディ・バーバラ・フリンクが告げ口したのかもしれませんわね」
この服がレイラのものだと詰め寄ってきたのは彼女だ。多分、前回の舞踏会でアリスがペギーとっしょにいるのをみて、それでシエナにも話したのだろう。
ああ、全く。
アリスは言った。
「新しいように見えますけれど、これは生地を新しくしているだけで、デザインは過去のものなんです」適当なことをいった。
「ふうん」シエナはそれ以上追求する材料を持っていないようだった。多分一番はルークのことだたのだろう。まあ、それはよく分かる。昔から彼にずっと恋をしていたのだろうし。
「そろそろよろしいですか?」アリスが言うとシエナはひどく悔しそうな顔をして言った。
「まだ聞きたいことは山ほどあるわ。でも……いまはいいわ。今度あったらもっと聞くから」
彼女は行ってしまった。アリスは深くため息をついて、ペギーを起こし帰路についた。
翌日、アリスは部屋で舞踏会のことを思い出していた。シエナに会ったのはまずかった。
「どうしよう」アリスはワンダ達に言った。
「双子の妹だって言ったんでしょ? じゃあいいじゃん。バレなかったんだし」ワンダは呑気にそういった。
「逃げる準備をしていたほうがいいんじゃない?」レイラが言った。
「逃げるっていってもどこに?」ダコタが鼻を鳴らして言った。
そう、侃々諤々していたら突然扉がノックされた。
ノックなんてものじゃない。突き破られるんじゃないかってほど強く叩かれた。
「開けなさいアリス!!」
シエナの声だった。
アリスは顔を青ざめてワンダたちをみた。
◇ シエナside
シエナは翌日、ヘンリーのいる書斎に向かった。彼女は苛ついていた。アンジェラを言い負かそうと思ったのに全然言葉がでてこなかった。このままではルークがあの女に取られてしまう。なんとか情報を手に入れなければ。
まずは手始めとして、アンジェラの経歴についてヘンリーに聞こう。何かほころびが見つかるかもしれない。
書斎で彼は新聞を読んでいたが、シエナに気づくと顔をあげた。
「お父様お話があります。アリスの出生についてです」
ヘンリーは首をかしげた。
「どうして突然そんなことを?」
シエナは咳払いをした。未だにヘンリーと話す時は緊張する。
「彼女の双子の妹と会ったからです。おばあさまが個人的に親しくしている方だと聞きました。アリスは……」
「ちょっと待て」ヘンリーは新聞を机においてシエナの言葉をさえぎった。
「なんですか?」
「今なんと言った? 双子の妹?」
ヘンリーは驚いていた。シエナはそれを怪訝に思った。
「ええ。彼女の双子の妹のミス・カートライト……。ええと、そう。ミス・アンジェラ・カートライトに会ったんです。どうしてアリスに双子の妹がいると教えてくださらなかったのです? アリスだと思って声をかけてしまい恥ずかしい思いをしました」
ヘンリーはシエナの言葉を聞かずうつむいていた。口を開いて固まっていたといったほうが正しい。
「お父様?」シエナは首をかしげて彼に尋ねた。
しばらくしてヘンリーは言った。
「そんなやつはいない」
「え?」
「アリスに双子の妹なんていないんだよ。あの子は一人っ子だ。引き取るときに再三確かめたからな。お祖母様とも関係はない。あの子は私が個人的に連れてきた子供だ」
今度はシエナが固まる番だった。
「どういうことです? じゃあ昨日会ったのは……」
アンジェラはアリスの双子の妹じゃない。
ということはただの他人の空似?
いやそれはありえない。アンジェラは自分でそういったんだ。双子だと。
シエナはそこではっきりと真実にたどり着いた。
(あれは、アリスだ)
呆然としていた顔が怒りにゆがむ。
腹の底から爆発的に熱が湧き上がるのを感じる。
ヘンリーはぎょっとしていた。
「どうした?」
「連れてきます!!」と成り立たない返事をしてシエナは踵を返して書斎からでた。後ろからヘンリーの声がしたが気にしなかった。
ただ、騙されたことに腹が立った。
あのときと同じだ。
子供の頃の外国語の時間、アリスはわざと間違えた。手加減するかのように。シエナは自分が見下されていると思った。絶対に追い抜いてやると思った。その次の週どうして彼女が授業に参加しなかったのかはわからないけれど。
あの子は嘘をついた。
(また、私を騙したんだ)
シエナはアリスの部屋の前に来ると扉を叩いた。
「開けなさいアリス!!」
扉が静かに開いた。
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