第23話 邂逅
◇ シエナside
舞踏会に参加し続けたが、シエナはアンジェラに会うことができなかった。どれだけ探しても舞踏会にはおらず他の社交の場でも姿を見ることができなかった。
シエナはペギーの言葉を思い出していた。
――個人的に親しくしていた方の娘だし、変な軋轢は作りたくないの。わかる?
これは意図的に避けられている。
(アンジェラは私の参加しない社交の場に行くようにしている)
シエナは下唇を噛んだ。
今日もシエナは舞踏会に参加していたが、アンジェラに会うことができなかった。
と、いっしょに参加していたバーバラが言った。
「そういえばミス・カートライトとロード・ストレンジの話をご存知ですか?」
「え?」
シエナは考えるのをやめてバーバラの方を見た。
ペギーに「アンジェラはどうやって服を仕立てているのか」を聞いたが、返事は「答えられない」だった。バーバラは全く納得いっていない様子で、多分まだアンジェラについて調べていたのだろう。
バーバラは言った。
「何でも最近ロード・ストレンジとミス・カートライトがいっしょにいることが多いそうですよ。散歩をして手をつないでいるのを見た方がいるのだとか」
シエナは心に真っ黒なものが流れ込んでくるのを感じた。
いつの間にそんなに親しくなっていたんだろう。
バーバラは更に続けた。
「最近、ロード・ストレンジは関係を整理しているみたいですが、それはミス・カートライトの存在があるからだとも言われています」
「そ、そう」シエナは怒りで震える声を抑えてそういった。
(私が会っていない間に……)
シエナはうつむいて下唇を噛んだ。
シエナはルークがきっと救ってくれると思っていた。サイモンなんて言う気色の悪い男との結婚を阻止して、いっしょになってくれるとずっと思っていた。
そう、子供の頃からそうだった。
そして今も。
なんとしても自分で確かめるしかない。
と、一緒に話していた令嬢の一人が言った。
「今度家で開く舞踏会に、ミス・カートライトが来てくれるそうで楽しみなんです……」
「それっていつ行われるものです?」シエナは食い気味に尋ねた。
その令嬢はかなり困惑したような表情をして言った。
「ええと……来週の金曜ですわ」
それは招待状が届いたものの、日程が合わず欠席の連絡をした舞踏会だった。4日連続で舞踏会に参加するのは体力的に無理だと思ったのだ。
シエナは言った。
「あの、一度欠席の連絡をしたと思うのですけど、出席しますわ。改めてお手紙だしますね」
令嬢はキョトンとした顔をして言った。
「え、ええ。お待ちしておりますわ」
舞踏会から帰る馬車の中でシエナは両手を握りしめて思った。
絶対に本性を暴いて、ルークを取り戻す。
◇ アリスside
今日もルークは女性たちとの関係の整理に勤しんでいる。アリスはというと相変わらず貴族たちに避けられているしヒソヒソされている。まあいい。別にダンスを踊らなくてもいいのだ。
ダンスを踊らなくても……。
アリスは長椅子に座っていた。ペギーは相変わらず眠っているし、人と話すことができないグレースは同じように座っていることしかできない。
ため息をついているとローズがやってきた。
「こんばんは、ミス・カートライト。あの少しよろしいですか?」
ローズの後ろには数人の令嬢が立っていた。皆アリスの方を見ている。アリスが彼女たちを見るとすぐに目をそらしてしまった。
「はい、……ええとなんでしょう?」
ローズは言った。
「この方達をご紹介したいのです。よろしいですか?」
アリスは少し戸惑った。またバーバラみたいなやつだと困る。今まで社交界で出会った人たちは面倒な人の比率が高かった。フォックスとかヒドルストンとかハートとかバーバラとか。比率というかルークとローズ以外ちゃんとした人に会ってないしそもそも近づいてこない。
アリスは緊張気味に答えた。
「ええ。構いませんよ」
そういった瞬間、ローズの後ろにいた令嬢たちは「わっ」と微笑んだ。
「ずっとお話したいと思っていたんです!」
「お会いできて光栄です!」
「本当におきれいですね!」
令嬢たちは紹介を受けると口々にそういった。
アリスは困惑した。
(え? 何その反応)
「あの……どうかされましたか?」ローズが心配そうに尋ねた。
「いえあの、私ずっと嫌われていると思っていて。だからみんな避けているんだと……」
令嬢の一人が驚いて言った。
「とんでもない! 皆さん近づきたくて話をしたくてウズウズしてますよ。ただ、その、なんといいますか……」
彼女たちは顔を見合わせた。
「なんです?」アリスは首をかしげた。
「美しすぎるせいか近づきがたいのです。恐ろしいと思っている方もいるようです」
「わ……私こわくないですよ!?」
アリスが驚いて言うと、令嬢たちはキョトンとして、それからコロコロと笑った。
「そんな顔もされるんですね。あはは。ずっと天使かなにかこの世のものとは思えない存在だと思っていたので、私達と同じで笑っちゃいました」
グレースが近づいてきたのでアリスは小声で尋ねた。
「ねえ、知ってた? 私嫌われてないって」
グレースは首を横に振った。
「知りませんでしたわ。だってミスター・フォックスにひどい断られ方されていたでしょ?」
アリスは思い出してローズに尋ねた。
「私以前ひどい断られ方をしたのですけど……」
フォックスに断られたという話をすると令嬢の一人がうなずいていった。
「他の方に嫉妬されていたのですわ。あの日は男性はもちろん女性も皆さん貴女と話そうとしていましたし、近づく人たちは全員嫉妬の対象になっていましたから。それを避けるためにああするしかなったのだと思います」
「そういう事……」
そういうことだったのね。アリスはいろんなことが氷解していくのを感じた。ルイーズたちメイドに避けられていたのもそのせいなんじゃないだろうか。
なんというか話してみれば簡単なことだった。ただアリスたちには会話が足りず互いのことを勝手に想像して解釈していただけだった。
「あの日はすごい日でしたね。盗人に罰を与えられましたものね。私感動してしまって」
令嬢たちがそう言ってキャッキャと笑っている。
アリスはヒドルストンのことを思い出した。
(ああ、あの日は嫌な日だった)
思えばあの時からこんな生活が始まってしまったのだ。ルークのそばにいられるのはいいが、アンジェラとしてだし。
「またお話してください」そう言って令嬢たちは行ってしまった。
ローズだけが残ってアリスに言った。
「突然すみませんでした」
「いえ、いいの。私の誤解もとけましたし」
自分への低い評価が少し訂正されたような気がした。
ローズは微笑んでいった。
「あの方たちとお友達になれたのはミス・カートライトのおかげなんです。初めは紹介してほしいから近づいて来たのだと思ったのですが、そうではなくて、……なんというかちゃんと互いの意見を言い合える仲になることができる人たちだったんです」
ローズは少し恥ずかしそうに言った。
「ありがとうございました。また、後ほど」
ローズはそう言って令嬢たちを追いかけていった。
「私は何もしてないんだけどね」アリスはグレースに言った。
「いつもそうでしたわ。ヒドルストンのときも」
確かにそのとおりだ。ヒドルストンに対してアリスは何もしていない。彼は勝手に謝って勝手に捕まったのだった。全く面倒なことを押し付けてくれたものだとアリスは思った。
アリスはため息をついてまた長椅子に座ろうとした。
と、その時グレースが大声をあげた。
「アリス! アリス!!」
そんな事初めてだったのでアリスはぎょっとしてグレースをみた。
「なに!? どうしたの!?」
グレースは顔をこわばらせて指差した。
アリスがそちらを向く前に、一人の女性の声がした。
「ミス・カートライト、お話よろしいですか?」
聞き覚えのある声だった。
そう、何度も何度も聞いたことのある声だった。
アリスは振り返った。
振り返ってしまった。
そこにはシエナが立っていた。
彼女の顔は徐々に驚愕に染まっていった。
「アリス? 貴女ここで何をしてるの?」
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