第22話 告白
一週間が経って、またルークの寿命を延ばせる日がやってきた。アリスはこの日を楽しみにしていたけれどルークがそう思っているかはわからない。
身支度を整えてグレースとルイーズを連れてルークの家に行く。馬車を降りるとルークが家の前に立っていた。彼は「ついてきて」といって私を家から離した。
アリスはわけが分からなかった。
「どうしたんです?」
「レディ・シエナが家にいるんだ。会わないほうがいいんだろ」
アリスは心臓が跳ねるのを感じた。そうだ。舞踏会だけじゃないんだ。
純粋にルークに感謝をした。
「ありがとうございます」
「いいんだこのくらい」ルークはそう言って頬を掻いた。
「あの……レディ・シエナは貴方に会いに来たのではないんですか? 席を外しても良かったのですか?」
アリスが言うと、ルークは少しだけ苦笑して言った。
「ああ、そうかも知れないが……俺にとって君のほうが大切なんだ」
「それは寿命を伸ばせるからですね」
アリスが笑うと、ルークは立ち止まって言った。
「違う! そうじゃない」
彼は真剣だった。今までのような冗談めいた笑いはなかった。
「え?」アリスは驚いた。
「俺は、君が……」そこまで言って、ルークは口を閉じた。そして深くため息をついてあるき出した。
アリスはルークの隣を歩いていった。彼は何も言わず黙ったままだった。
彼の顔の数字は300に近づいていてしばらくは大丈夫そうだった。きっと次の社交シーズンまでは会わなくても平気だろう。そう思うと、アリスは突然寂しくなって心臓が縮むのを感じた。
彼のそばにいたい。今この瞬間だけじゃなく、ずっとこの先も。
けれどそれは無理なんだとおもった。シエナが現れただけで逃げなければならないようなこんな薄氷の上をあるく関係はすぐに壊れてしまうだろう。
何度本当のことを言おうとおもったかわからない。けれど失望されるのが怖くて何も話せずに終わってしまう。
もし失望されたらどうなってしまうんだろう。ルークは寿命を伸ばすだけの関係を維持するんだろうか?
そうなったらきっと一瞬肌に触れるだけで隣を歩くことはできなくなる。距離は近くても心はどんどん離れていくだろう。
それか、あるいは、ルークは元の生活に戻るんじゃないだろうか。手紙を送ることができないくらい忙しい生活に。たくさんの女性に愛想を振りまく生活に。
ふと、ルークは言った。
「君はレディ・シエナから遠ざかろうとしているが、彼女の妹とは話をするのか? 先代レディ・グリムキャッスルがシャペロンなら関係があるのかと思ったんだが」
アリスは少しビクッとして言った。バレたのかとおもった。
「え……ええ。ミス・アリスとは話をしますよ」
「ミス……そうだよな……」ルークは小さくうなずいた。「どうして『ミス』なんだろうな」
それはきっと養子だから。そして、ヘンリーが階級に対して明確な態度を取るから。理由は簡単なことだった。
「この前彼女に会いに行ったんだ。俺は馬鹿なことをしたと思ったよ。……レディ・シエナがいっしょだったんだ」
「あれはだめでしたね」アリスは苦笑した。
「彼女にそう聞いたのか?」ルークが言ってアリスはうなずいた。
ルークは続けた。
「俺はただ話をしたいだけだった。手紙で話をしていたけれど、面と向かって話をしたかった。だってもう顔だっておぼろげだ。何年も会ってないんだ」
それはよくわかっている。目の前にいるのに気づかないんだから。
「実を言えば寿命を伸ばすのは彼女のためだったんだ。ずっと彼女のことを想って、彼女に会うために余裕を持ちたかった」
ルークの言葉に心が踊るのを感じた。やっぱりそうだったんだ。顔がほころんでしまうのを、グレースやルイーズ、そしてルークに気付かれないようにした。
「彼女の気持ちはわからない。俺の事をどう思っているかなんて……」
アリスはそこで口をひらいた。
「きっと彼女も貴方のことを思っていますよ」耳が熱い。「会うと貴方の話ばかりですから」
ルークは驚いて、顔をそらした。
「そうか……そうなんだ……」
ルークはなにか悩んでいるようだった。
想い合うことが嬉しいんじゃないの?
もしかして迷惑なの?
アリスは少しうろたえた。
ルークは立ち止まりかなり苦しそうに悩んでから言った。
「俺は……君のそばにいたいんだよ、アンジェラ」
彼が「ミス・カートライト」ではなく「アンジェラ」と呼ぶのははじめてだったのでおどろいた。
「でもそれでは……ミス・アリスへの気持ちに嘘をつくことになる」
アリスはぎょっとした。
「あの、それってつまり……私のことが……?」
ルークは目をそらして、少しだけ頬をそめてうなずいた。
喜びたい気持ちと、慌てる気持ちが半々だった。嬉しくて嬉しくて仕方ないけれど、ルークは二律背反に苦しんでいる。
でもそれは矛盾する気持ちではない。だってアリスもアンジェラも同じ人なんだよ。とは言えない。
後ろでルイーズがじれったそうにしている。それはグレースもそうだった。彼女たちは真実を知っている。
(一番じれったいのは私だよ!!)
ようやく手が届いたのに、まるで掴んだ気がしない。
アリスがモヤモヤとして黙っているとルークは言った。
「俺は気持ちを決めなければいけない。待っていてくれなんて言わない。君にもきっと好きな人ができるだろうから……」
アリスは首を横に振った。
「待ってます。私も考えを整理します」
ルークはうなずいた。
彼と握手をして、寿命が伸びたのを確認すると、アリスは帰路についた。
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