第18話 ルークが家に来る
全然安心ではなかった。手紙を出した翌日、またルークから手紙が届いた。
アリス宛にではない。シエナ宛にだ。
「やった! 手紙なんて久しぶり! それに……!!」
と珍しく乙女みたいにはしゃぐ声が隣のシエナの部屋から聞こえてきた。後半はくぐもって何を言ってるのかわからな買った。ワンダが壁をすり抜けて探索しに行く。シエナは手紙を机の上においてベッドで足をバタバタさせていたらしい。
ワンダは戻ってきて言った。
「ルークが家に来るって。アリスとシエナに挨拶をしたいって書いてあるよ」
アリスは唖然とした
「な……な……なんで!」
来んなよ!
2ヶ月は会えないって言っただろうが!
アリスは頭を抱えた。手紙のタイミングから言ってルークはアリスに会うために、シエナに手紙を出したのだろう。挨拶はただの口実なんだ。
だから言ってるじゃん。他の女性に思わせぶりな態度を取らないでって。
(私だけを見てなんて思ってない! そうじゃなくて、私が危険にさらされるでしょ!)
なんにもわかってない!!
ルークは更に翌日の午後にやってきた。
シエナはこれでもかというくらいおめかしをしていたらしく、ずっと隣から「ああしてこうして」とメイドに言っているのが聞こえて来たし、ワンダが「うわ、そこまでする?」と実況してくれたのでそれがよくわかった。
ルークがやってくる直前、シエナが部屋に来て言った。
「絶対に部屋から出てこないでよ。ロード・ストレンジは『私』に会いに来るんだから」
アリスはうなずいた。言われなくてもわかってます。
ルークが来てしばらくは応接室で話をしていたみたいで静かだったが、しばらくして廊下が騒がしくなった。
「ロード・ストレンジ。貴方がおっしゃられている通りアリスはいま体調がわるくて……」シエナの声が聞こえてくる。
ワンダがまた廊下に顔を出して実況する。
「先頭をシエナが歩いてる。多分ルークが無理を言ったんだろう――」
とグレースが慌ててワンダを引っ張り、部屋に戻した。
「なに!?」ワンダは驚いて言った。
「貴女の姿がルークに見られたらバレますでしょ!! 貴女はロード・ストレンジと一度会ってるのですよ!! 考えて!!」
そうだ。アリスが顔を出さなくても、霊が見られた時点でバレてしまう。
アリスはワンダたちに黙っているように言った。
ルークにはバレていなかったらしい。彼は部屋の前に来るとノックをして言った。
「久しぶり、ルークだ。寝込んでると聞いたけど挨拶だけしようとおもって来たんだ。入ってもいいかな?」
アリスは廊下のそばからワンダたちの取り憑いているものを離す作業を止めて言った。
「お久しぶりです。あの、入らずそのままでお願いします。見せられる格好ではないので」
「そうか……前と同じだね」ルークがそう言った。
馬鹿野郎!!
シエナには文通をしていること内緒なんだよ!
バレるでしょうが!
アリスは焦った。
案の定シエナは怪訝そうな声を出した。
「前……とは?」
「それは……」ルークが何かを言う前に、アリスは言った。
「すみません、なんのことかわかりません」
なるべく声を落としてゆっくりとそう言った。
反面心臓はバクバクだった。
◇ルークside
ルークはもちろん、アンジェラではなくアリスに会いに来た。彼は応接間で話をしたあと無理を言ってシエナに案内してもらった。このタウンハウスには久しぶりに来たが、部屋の位置はよく覚えている。シエナとアリスは隣同士。部屋の前につくとルークはノックをした。
「久しぶり、ルークだ。寝込んでると聞いたけど挨拶だけしようとおもって来たんだ。入ってもいいかな?」
ルークはアリスに会いたかった。やっと余命が伸ばせたんだ。
彼はアリスのことが好きだった。
他の女性に思わせぶりな態度をとり、なりふり構わず寿命を伸ばしていたのは、アリスに会うためだった。
手紙のやり取りはしていたが、どうしても寿命のことを言うことができなかった。言ってしまえば彼女に心配をかけるし、『寿命が伸びるまで待っていてくれ』なんて言ったら、彼女を束縛しかねなかった。
やっとここまで来たんだ。
「お久しぶりです。あの、入らずそのままでお願いします。見せられる格好ではないので」
やっと会えると思ったのに、聞こえてきたのはそんな言葉だった。
いっしょについてきていたドミニクが言った。
「俺が中に入って見てこようか?」
ルークはドミニクを睨んだ。そんな事させない。
(俺が顔を見られないのに、どうしてお前に許可しなきゃいけないんだ)
「そうか……前と同じだね」
ルークがいうと、シエナが怪訝な顔をして言った。
「前……とは?」
「それは……」ルークが説明しようとすると遮るようにアリスが言った。
「すみません、なんのことかわかりません」
低く、落ち着いた声だった。
なんか怒ってる?
なんでそんな知らないふりをするんだろう。
いや手紙を送るのが遅れたのは悪かったよ。だって仕方ないだろ?
寿命を伸ばすには社交が必要だったんだ。毎日毎日いろんなところに顔を出して話をして、家に帰れば何もできずに眠っていたんだ。
本当に大変だったんだ!!
でもそれをアリスに言うことはできない。余命が顔に書いてあって、幽霊もみれるんだなんて言えない。気味悪がられる。というかまず信じてもらえないだろう。
だから病気だったということにしたんだ。それがようやく終わったんだと説明したじゃないか。
「アリス……俺は君と話をしようと思ってきたんだ。病気が落ち着いて、ようやくここにこれたんだ」
なんと言えばいいかわからずもどかしかった。今までの社交の全知識をつかっても何も言うことができなかった。アリスに話しかけるのは、他の女性に対して「触らせてくれ」というのとは別のもっと大きな勇気が必要だった。
ルークはそれだけ自分がアリスを好きなんだと思った。
少し話すだけで緊張した。いつもはなめらかに口から出てくる言葉がなにかにせき止められたように喉元でつっかえるのを感じた。
「アリス……」
「ロード・ストレンジ。お越しいただきありがとうございます。でもやはり体調が優れませんので今日はお引取りください」
アリスは淡々とそういった。
そう言われてしまっては何もできない。ルークはため息をついて言った。
「わかった。また来るよ」
ルークはトボトボとシエナとともに廊下を歩いていった。
馬車に乗ってため息をついていると、目の前に座っていたドミニクが言った。
「なあ、アリスは『教材』として育ったんだろ?」
「そうだよ」ルークは答えた。
そのことはルークの父、クリフォード公爵から聞いていた。グリムキャッスル公爵家は『教材』として庶民を子供とともに育てる。アリスはその『教材』なんだと。
だから、アリスのことをなんとかしたいと思ったんだ。
「アリスは今日思うように答えられなかったんじゃないか? 隣にシエナがいたから」
ルークはハッとした。
「そうだ。そうだよ……ああ、俺は馬鹿だった」
そこに上下関係があることは十分わかっていたじゃないか。
ルークは自分の行動を恥じた。
きっと、そう、意識していなかったんだ。
あの家の中では、明確な階級が存在する。それをすっかり忘れてしまっていた。
「今度行くときはアリスと二人きりで話すんだな」
ドミニクは背もたれに体を預けてそういった。
「ああ、そうするよ」
◇ アリスside
ルークが帰るとシエナが部屋をノックしてやってきた。
「アリス。ロード・ストレンジと過去になにかあったの?」
アリスは緊張したが冷静に答えた。
「いえ、ありません。いっしょに遊んでいた記憶があるくらいです」
「ふうん」
シエナは目を細めてアリスを見た。
「いい? あの方はね、いろんな女性に話しかけているけど、きっと私のことを助けに来てくれるの」
「はあ」多分シエナはサイモンのことを言ってるんだろうと思った。
「だから貴女はロード・ストレンジが来た時は今日みたいに部屋に閉じこもっているのよ。わかった?」
「はい」アリスはうなずいた。
「でも最近……アンジェラとか言う女が彼のそばにいるって話なのよね」
シエナがそういった瞬間ドキッとした。
知ってるのか!
もしかしたらあの女、レディ・ハートが話したのかもしれない。
「ま、貴女には関係ないわね」
シエナは出ていった。
アリスの心臓はまだドキドキしっぱなしだった。
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