第17話 夕食会


 夕食会には馬車で向かった。今回シャペロンは連れていなかった。グレースは連れてきたけど。


 クリフォード公爵家につくと、すでに何人かの人が来ていた。

「随分歳をとってるけどあの人見たことがありますわ。確か伯爵だったと思います」グレースはその場にいる人を見てそういった。


 ルークは別の女性と話をしていた。オレンジ色のドレスに身を包んだ若い女性でシエナと同じような表情でルークを見ていた。多分ルークは彼女にも「触らせてくれ」と言ったんだろう。


 ルークの隣にはドミニクの姿もあった。彼はこちらに気づくと手を振った。


 グレースは彼を見て言った。

「あれが件の霊ですのね」

「そうだよ」

「軽薄な男ですわね」


 まあ、そうかも知れない。

「数百年前に死んだって言ってたから仕方ないでしょ」


 すぐに主催者の公爵夫妻がやってきた。

「お招きいただきありがとうございます。私、場違いじゃありません?」

「とんでもない。お越しいただきありがとうございます」夫人は言った。今日は体調が良さそうだった。

「ローズを救ってくれたこと、改めて感謝します」公爵はそう言って頭を下げた。アリスは自分が特に何もしていないのにそう言われてなにか恥ずかしい気持ちになった。

「よろしければ、ルークにエスコートさせていただけませんか?」

「え? 私にですか?」アリスはルークの方を見た。彼はまだオレンジのドレスの女性と話していた。あの女性をエスコートするものだと思っていた。

「わかりました。私でよろしければ」


 アリスが言うと、公爵は微笑んだ。


 公爵夫妻が離れていき、ルークに近づいていった。


 多分、エスコートの話をしていたんだろう。オレンジのドレスの女性はそれを聞いて唖然とした後こちらを見て、一瞬驚いた後睨んだ。

「敵意丸出しだね」アリスはグレースにそういった。

「仕方ありませんわ。恋敵ですもの」


 ルークはアリスのそばに来ると言った。

「こんばんは。ミス・カートライト」

「こんばんは。あの女性はよろしいんですか?」

「あの女性? ……ああ、レディ・ハートのことか。ただの友人だよ。それにもう寿命は増やしたし――」


 アリスは彼の足を踏んづけた。

「いた!」

「人の事をそんなふうに見るなんて最低です! 前はそうじゃなかったのに!」


 ルークは顔をしかめながら言った。

「前って? 舞踏会のときのことか?」


 アリスはうっと言葉をつまらせた。

「いえ、何でもありません」


 と、そこにこの家の執事が現れて言った。

「ディナーの支度が整いました。こちらへどうぞ」


 全員がぞろぞろと別室に向かう。アリスはルークの腕に手を添えて歩く。レディ・ハートはすぐ後ろを、別の男性にエスコートされながら歩いていた。

「あの令嬢、すごく睨んでますわよ」グレースが囁いた。

「ああ、たしかに睨んでるな」ドミニクが同調するとグレースは彼を睨んだ。

「え、なんであんたに睨まれなきゃなんないの?」


 グレースは顔をそらした。


 周囲からはアリスに対するいろんな声が聞こえてくる。

「ロード・ストレンジといっしょに歩いている女性は誰だ?」

「何でもアレンシア人らしいですわ」

「それでは身分が釣り合わないではありませんか?」


 とかなんとか。アリスはやっぱりここにふさわしくないんじゃないかと思い始めていた。


 と、ルークが少し顔を近づけていった。

「気にしなくていい。堂々としていればいいんだ」


 そう言われて、なんだかとても安心してしまった。

「ありがとうございます」

「それに、君は俺にとって特別な人だ。隣にいちゃいけないなんてことはない」


 心臓がきゅうと縮まるのを感じた。


 が、

「あの……特別って寿命の話ですよね」

「もちろん」ルークはうなずいた。


 アリスは目を細めた。


 ドミニクとグレースが小さくため息をついた。


 ルークと隣同士の席につく。公爵夫人の挨拶があった後、スープが運ばれてきた。

「今日はまえとは違う方を連れているみたいだけど、他にも知り合いはいるのかな」


 ルークはグレースを見てそういった。

「ええ。あと二人。仲良くやってます。貴方は?」

「こいつだけだ。たまたま拾ってね」


 そこでアリスは思い出して尋ねた。

「あの、本屋で同じ本を三冊買ってましたよね? スリーデッカーではなく、本当に同じ本を。どうしてです?」


 ルークは「ああ」とつぶやいて言った。

「一冊は俺が読む用。あとの二冊はドミニクに本を読ませるためだよ」


 アリスは首をかしげた。

「どうしてミスター・ドミニクに二冊も?」

「本を読ませるには1ページずつ開いてやらなきゃいけないだろ? それが面倒だったんだ」


 それはよく分かる。だからルイーズたちにお願いしたんだ。


 ルークは続けた。

「だから本を裁断してページを地面に並べることにしたんだよ。一冊目は奇数ページを表にして地面に並べて、二冊目は偶数ページを表にして地面に並べる。すると本の全ページが見えるように並ぶだろ?」


 アリスは感心した。

「それで二冊必要なんですね。裁断……今度やってみよう」

「本を読む人がいるのかい。ああ、この前のか」ルークは思い出して言った。

「ええ。あの日も彼女のために本を選んでいたんです」


 そういう他愛のない話をして、コースが進んでいく。徐々にルークはソワソワしだした。


 スイーツが出てくる段になって、ルークは言った。

「手袋を外してる今がチャンスなんだ」


 突然そう言われてアリスは眉間にシワを寄せた。

「何の話です?」

「寿命だよ!」


 ああ、とアリスはつぶやいて周りを見た。皆会話に夢中のようだった。


 アリスはテーブルの下で、ルークの方に手を伸ばした。ルークが手をにぎる。暖かさが伝わってくる。


 彼の顔の数字が『50』増える。


 と、後ろを使用人が歩いていって、アリスはとっさに手を離した。


 深くため息を吐く。

「ありがとう。この手袋というのが結構邪魔でね。肌が触れ合わなければだめだから」


 ルークはそう言ってスイーツを口に運んだ。


 また、ドキドキしたのは私だけか。


 ものすごくもどかしい気持ちでアリスはため息をついた。


 食事が終わると全員が立ち上がり女性陣は応接室に歩いていく。

「じゃあ、あとで」ルークがアリスのそばでつぶやいた。


 ルーク達男性陣はここに残って話の続きをするようだった。


 応接室について椅子に座るとローズが近づいてきた。

「ミス・カートライト」ローズは笑顔でそういった。


 親を見つけた子供みたいな感じで、頭をなでてあげたくなった。多分ティオと重ねてしまうんだと思った。いまだかつてこれほどまでになつかれたことがあっただろうか。

「ああ、レディ・ストレンジ」

「今日をとてもとても楽しみにしていたんです、私」


 ローズはにこやかにそういって、使用人をよんだ。使用人から紅茶を受け取ってアリスに渡すと、ローズは隣に座った。グレースがそこに座っていたので慌てて立ち上がりローズを避けた。

「ミス・カートライト。私とても感謝しているんです。もし貴女があそこで現れなかったらどうなっていたか。もう社交界には出られなかったでしょう」

「そんな、大げさです」アリスは苦笑したがローズは本気だった。

「いえ。そんなことはありません。あのままだったらどれだけ大きなキズが私の心に残ったかわかりません。それにあの方がまた現れるんじゃないかとずっと怯えて暮らすことになったと思います。舞踏会に出るたびにあの方の影に怯えていたでしょう。でも貴女はそこからすくってくださった。どれだけ感謝しても足りないんです」


 アリスは気まずかった。だってなんで救ったことになっているのかわからないし、それに、ヒドルストンが身分を偽っていたせいで、アリスは本当のことを言えなくなってしまっている。あの舞踏会での出来事はアリスにとってあまりいい記憶ではなかった。


 ローズはそんな事などつゆ知らずアリスに体を近づけた。

「ミス・カートライト。お困りのことがありましたらぜひ言ってください。私、全力で力になります!」


 困っていることなら山ほどあった。でも、どれ一つとしてローズに話すことはできなかった。


 アリスは「ありがとう」とだけ言って微笑むしかなかった。


 ローズが公爵夫人に呼ばれて立ち上がる。アリスは少しホッとしてため息をついた。


 圧がすごい。

「もうあれは敬愛というより崇拝に近いですわね」グレースはローズの様子を見てそういった。

「どうしてこんなことになってるのかさっぱりなんだけど」


 アリスがグレースにそう言うと、また別の女性が近づいてきた。

「よろしいですか? ミス・カートライト」


 アリスが顔をあげると、そこにはレディ・ハートが立っていた。オレンジ色のドレスを着ている、ルークに言い寄っていた令嬢だった。


 アリスがなにか言う前に彼女はアリスの前にある椅子に座った。

「ロード・ストレンジとはどのようなご関係で?」単刀直入に彼女は言った。アリスは少し悩んだ。なんと言えばいいんだ。

「ええと、どちらかと言うとレディ・トムリンズとの関係のほうが深いといいますか……」アリスとして言えばルークのほうが関係があるけど。


 レディ・ハートは「ふうん」とうなずいた。

「ご本人に近づくために、親族に近づいたのですね」


 違うが、最終的な目的はそうなので何も言えなかった。レディ・ハートは目を細めた。

「貴女、身分が違うということを意識したほうがよろしくてよ。ロード・ストレンジは次期公爵。対して、貴女は……ただの金持ちの娘でしょう?」


 本当は金持ちの娘ですらない。アリスの心にグサグサ刺さった。

「なのに、どうして貴女がエスコートされているのです? おかしいではないですか」


 どうやらルークにエスコートされなかったことが相当頭に来たらしい。


 ルークが誰かれ構わず「触らせてくれ」なんて言うからこういうことになるんだ。


 アリスは少しイライラしていた。

「私がエスコートされたのは今回限りですよきっと。少しレディ・トムリンズを助ける機会があってその御礼に呼ばれただけですから」


 だから突っかかってくるな。どうせお前も寿命のためにしか相手にされてないんだ!


 私と同じようにな!!


 なんだか悲しくなってきた。


 ぶっきらぼうにそう言うと、レディ・ハートは鼻を鳴らして立ち上がった。

「それならいいわ。今回だけ許してあげる。これからは身分をわきまえることね」彼女は振り返らずどこかに行ってしまった。


 アリスは大きくため息をついた。


 しばらくして男性達が応接室に入ってきた。レディ・ハートはルークを見つけるとすぐに近づいていって話をしていた。


 アリスは誰とも話さずにぼうっと座っていた。

「身分ね」アリスはつぶやいた。


 身分ならわきまえてる。だからこうしてアンジェラ・カートライトとしてここにいるんだ。


 身分をわきまえてなかったら。ここに座っているのはアリス・スティーヴンスだろう。


 いや、座ってすらいなかったかもしれない。

「どうした?」


 アリスがぼんやりしているとルークがいつの間にか近くにいてそう言った。

「いえ、何でも」アリスはレディ・ハートを見た。相変わらず彼女はこちらを睨んでいた。


 その日はお開きになって、アリスは馬車に乗って家に帰った。


 アリスが帰った数十分後に両親とシエナが帰ってきた。彼らはアリスの行動なんて気にも止めていないようだった。


 


 アリス宛てに、数カ月ぶりにルークからの手紙が届いたのは翌日のことだった。


 今更なんだろうと、開いて、アリスは絶句した。

『ずっと君に話してなかったことがあって、それが解決したんだ。心配させないように話してこなかったんだけど』


 それから始まった文章は、ひどい病に侵されていたという話だった。それはどう考えても寿命のことだった。

『いろんな人に協力してもらってもだめだった。これにはものすごく時間がかかった。やり方もあんまり良くなかったよ。そのことである人に叱られたけど、でもその人のおかげでやっと解決できたんだ』


 そしてこう続いていた。

『これでようやく、君のために時間が割ける。やっと十分な余裕が作れたんだ』



 つまり……つまり今まで手紙を送れなかったのは、余命が現れてしまったせいで、彼が無理にでも余命を伸ばしたかった『重要な理由』というのは自分のことなんじゃいか。余裕を作れたと言うのは無理にでも作った余命の数字のことなんだ。


 アリスは嬉しかったが手紙の最後を見て焦った。

『会うことはできないかな?』


 できない。絶対にできない。今会ってしまえば最悪の事態になるのは目に見えている。ヒドルストンに対して向けられた目と同じものがアリスにも向かうだろう。


 失望される!


 アリスは慌てて返信した。

『今は会うことができません。病に臥せっているのです。医者からは2ヶ月は誰とも会わないように言われていて……』


 そんな内容で手紙を出した。

「これで安心」




 本当にそうなのだろうか?

  

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