第14話 顔の数字
◇ アリスside
ジェントリのフォックスにひどい断られ方をして、心底傷ついたアリスは長椅子にすわったまま人形みたいにぼうっと固まっていた。その間に何曲も流れたが、誰も近づいてこなかった。慰めもしてくれなかった。グレースは掛ける言葉がないようで黙っていし、ペギーはまた眠りについていた。
アリスは突然立ち上がって言った。
「少し歩いてきます」
ペギーは一瞬目を覚ましたが、「いってらっしゃい」といってすぐに眠ってしまった。
アリスが歩くと、切り裂いたように人が道を開ける。
避けられてるんだ……そうなんだあ。
心のなかでアリスは確信した。
(私はレディにはなれないんだ……)
アリスの心はずっしりと重く沈んだ。
舞踏室から出ると廊下をフラフラと歩いていった。徐々に人気のない場所に進んでいく。
「最近この家で誰かが死んだみたいですわ」突然、グレースが指さして言った。
廊下に一人ぼうっと立っている男性がいた。アリスにはただの人間に見えていた。
男は使用人の服を着ていて見かけは完全にただの人間だったが、顔に浮かんだ『30』から始まるカウントダウンの数字はすでに『4』になっていた。あの霊は何にも取り憑いていない。だからあと4日で消えてしまうだろう。
「助けます?」グレースの言葉にアリスは首を横に振った。
「この世に未練がなさそうだし、いいよ」
それよりも今は自分のことで手一杯だ。
どうしてこんなに嫌われてるんだ。
アリスがぼうっとして悲嘆に暮れていると、廊下の曲がり角から突然子供が現れた。子供は驚いた表情をすると、とっさにアリスの後ろに隠れた。
それから続けて、一人の男性が曲がり角から現れて言った。
「どうせ、誰とも踊ってもらえないんだ! 俺とダンスを踊ってく……れ」
アリスではなく、別の誰かに言ったのは確かだった。もしかしたら今背に隠れている子供相手に言ったのかもしれない。だがそんなことは関係なかった。アリスは思った。
(ひどい言い草だけど、そのとおりなんです! 誰も踊ってくれないんです! 踊ってくれるなら喜んで!!)
「あ……これは……」男は口ごもったが、そこで、アリスは笑みを浮かべ、彼がなにか言い逃れをする前に言った。
「ええ、喜んでダンスをお受けします」アリスは男に手を差し出した。
すぐ側でグレースが「後ろの子に言ったんですわ」と言ったが、アリスには関係なかった。
これで、令嬢としての体裁を保てる!!
アリスは状況を全く見ていなかったし、後ろに子供がいるのもすっかり忘れていた。
アリスは男の名前を知っていた。さっき、ハワードのあとにできた長い列の中にこの男、ヒドルストンの姿があった。あれだけたくさん紹介されたのに、アリスはひとり残らず覚えていた。もともと人の名前を覚えるのは得意だった。まあ、ヒドルストンは誰の紹介でもなく割り込んできた男だったから覚えていたというのもある。
ヒドルストンは口ごもって何か言おうとしていたが、アリスの後ろを見てぎょっとして、アリスの手をとると、その場から逃げ出すようにアリスを引っ張っていった。
どうしてそんなに急ぐんだろう。アリスはヒドルストンに導かれるままに振り返ってぎょっとした。
そこには若い男性と従者らしき人物が立っていた。若い男性は多分貴族だろう。いい燕尾服を着ていた。美しい男だったがその顔には『107』の数字があった。
え!?
アリスはぎょっとした。
あれは幽霊、だよね?
でもなんで……。
(なんで30以上も数字があるの?)
「どういうことですの?」グレースはアリスの後を追いながら言った。
わからない。わからない。
あの人に話を聞きたかった。だが、今もしヒドルストンの手を離してしまえば、二度とダンスを踊るチャンスはないんじゃないかと思った。
アリスは首を振った。
(後でまた探せばいい! 今はダンスのほうが優先!)
アリスは前を向いてヒドルストンの隣まで歩いていった。
彼と一緒に舞踏室に戻ると寒気がしてきた。なんでだ。5月だぞ。
ダンスが始まった。アリスはヒドルストンに手を取られて、練習してきたダンスを踊り初めた。彼は、ダンスが下手だった。動きが乱暴だし、女性の扱いも乱暴だった。アリスは手を握りつぶされるかと思ったし、彼の無理な動きに、何度か転びそうになった。ドレスの裾を何度か踏まれて、転びそうになったし。
ただ、ダンスを踊ることができた、という達成感でそんなことはどうでも良くなっていた。これで令嬢としての第一歩を踏み出せたんだ。ルークに会っても恥ずかしくないくらいに成長できたんだと思った。
と、しばらくしてヒドルストンの動きがおかしくなってきた。いや、初めから動きはおかしいのだが、徐々に彼は身体を引きつらせて動かなくなっていき、最後は立ち止まってしまった。
「あの……どうされました?」アリスは少し不満の交じる声で言った。
ヒドルストンは顔を真っ青にしていた。顔は汗でびっしょりだった。疲れてるのかもしれない。でも、アリスにとっては踊り切ることのほうが重要だった。ここで終わってしまえば、令嬢としてのちゃんとした一歩にならない。
「ダンスの続きをしましょう?」
アリスが言うとヒドルストンは絶望したような顔をして、アリスからはなれ、地面に膝をついて頭を下げた。
「申し訳……有りませんでした……」彼はそう言って額を地面に押し付けた。
曲が止まって、皆がアリスたちを見ていた。
アリスはわけが分からず呆然としていた。
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