第12話 いざ舞踏会に

 舞踏会に行くといっても招待されなければならないし、必ずルークと出会えるとも限らない。手紙は最近全然来ないから、どの舞踏会に参加するのか確かめることもできない。


 社交シーズン直前のカントリーハウスでどうしようかとアリスが考えながら歩いていると書斎にシエナがいるのを見つけた。彼女はなにかを破ってゴミ箱に捨てているところだった。


 盗み聞きをしてしまった一件以来、シエナとの関係は更に険悪になってしまったように感じる。というかあれからほとんど話をしていない。アリスの姿に気づくとシエナはギロリと睨んできた。

(そんな睨まれても…)


 シエナはずんずん歩いて行ってしまった。


 アリスはゴミ箱をみた。破いていたのは手紙のようだった。アリスは目を細めてゴミ箱をみて、ぎょっとした。


 捨てられていた封筒の宛名には『The Lady Ali……』の文字があった。

(これ……これ、私宛の手紙じゃん!!)


 きっとその宛名が気に食わなくて破いて捨てたんだ!


 アリスはゴミ箱ごと持ち出して部屋に戻った。


 ゴミ箱の中には明らかに舞踏会の招待状と思われる紙の破片が入っていた。ただ、それ以外の紙も多くてどれがつながるのかわからない。

「手伝って!」アリスはワンダたちに言った。


 パズルのようにいくつもの破片を組み合わせていく。ヘンリーの書き損じた紙がほとんどだったが、アリス宛ての舞踏会の招待状もしっかりと入っていた。驚いたのは同じところからシエナ宛てにも手紙が届いていたことで、彼女はそれを捨てていた。

「いっしょに捨てたのかな?」ワンダが言った。

「わかんない。でもとりあえず、元通りにできた! ……破れてるけど」


 招待状には5月16日、デヴァルー侯爵家で舞踏会が行われると言った内容が書かれていた。

「これに参加しよう。シエナがいかないことがわかってるし!」


 アリスは言った。それも重要なことだった。


 舞踏会でアリスはシエナと鉢合わせてはいけない。会ってしまえば一発で偽名を使って参加していることまでバレてしまう。

「招待状バラバラだけど、どうするの?」レイラが尋ねた。

「そこはほら、ワンダが」

「任せて!」ワンダはそう言うとアリスに取り憑いて魔法を使った。みるみるうちに手紙はくっついていって、一枚の紙に戻った。

「さすがだね、私!」ワンダは自画自賛していた。

「あ、あと名前も変えないと」グレースがそう言った。


 ワンダはまた魔法をかけて、招待状の『The Lady Alice Stevens』の文字を消した。


 アリスはなんとか書体を真似ながら、『Miss Angela Cartwright』の文字を書き込んだ。あんまりいい出来とは言えなかったけどじっくりみないかぎりわからないだろう。


 多分。

「あとは『参加します』とアンジェラ名義で手紙を出して……」


 舞踏会に参加するだけ!



 舞踏会当日。アリスはロンドンにあるペギーの家にいた。前回来た場所とは違いここは更にこじんまりとしていた。


 アリスは霊たちを全員ここにつれてきていた。


 グレースはいっしょに舞踏会についてきてもらわなければ行けないし、レイラは服の最終確認のために必要だった。ダコタも作った香水が正しい量つけられているか知りたがった。ワンダは……ついて来たがった。

「だって、一人ぼっちになっちゃうじゃん!」


 彼女はいつかのように駄々をこねたのだった。


 香水をつけるとすかさずダコタがやってきて匂いをかいだ。

「うん。いい感じ」甘い匂いだったがくどくはなく、それでいて余韻が残る絶妙な配合だった。


 ボールガウンをルイーズに着せてもらうと、今度はレイラがやってきて、しゃがみこんだりして見て回り、うなずいた。


 髪を整え、鏡の前に立つ。

「どう思う?」アリスはルイーズに、そして、霊たちに言った。

「いいと思う」という中途半端な反応が霊たちから。

「すごく……すごくキレイです」と感動しているのがルイーズの反応。


 どうなのかわからない。アリス自身の評価は、霊たちに近かった。


 アリスは近くのテーブルから招待状をとった。

「私はミス・アンジェラ・カートライト。私はミス・アンジェラ・カートライト……」


 失敗したらヘンリーに見つかって二度と外に出れなくなるかもしれない。


 でも、それでもルークに会って話をしたい。彼が何を考えているか知りたい。


 アリスは言った。

「じゃあ、行ってくるね」

「頑張って!」ワンダたちがいった。

「いってらっしゃいませ」ルイーズが言った。



 侯爵家のタウンハウスに着くまでの馬車でアリスは緊張で吐きそうだった。それに対してシャペロンを買って出たペギーはウトウトと船を漕いでいた。大丈夫かこの人、と今更ながらに不安に襲われた。グレースが隣でアリスの手に触れた。

「大丈夫よ」


 彼女の存在が救いだった。


 馬車はしばらくして止まり、アリスはペギーを起こした。ペギーは杖をついてゆっくりと馬車を降りた。入り口にフットマンが立っていた。アリスが近づくとそのフットマンは突然緊張したような面持ちでアリスたちを見た。

「どうぞこちらへ」


 舞踏室にはすでに何人もの人がいてそれぞれ話しをしていた。


 ペギーがあたりを見回してから言った。

「まずは夫人に挨拶に行くわよ」


 アリスはドキドキしながらペギーについていった。ペギーは胸に花を指した女性のそばに歩いていった。ふくよかな女性でタレ目なのも相まって包容感のある印象を受けた。彼女はペギーの姿に気づくと微笑んで言った。

「レディ・グリムキャッスル。お久しぶりです。お越しいただき感謝しますわ」


 ペギーは彼女と握手を交わした。

「レディ・デヴァルー。こちらこそお招きいただきありがとう、と言いたいのだけど、招待状をもらったのはこの子じゃないのよ」


 ペギーがそう言うとレディ・デヴァルーは少し首をかしげた。

「ええと……、確か招待状はお二人にお送りしたはずですが……そのどちらでもないということですの?」

「ええ、そう。この子は私が個人的に連れてきた子なの。だめだったかしら?」


 レディ・デヴァルーは大きく首を横に振った。

「いえいえ。レディ・グリムキャッスルの紹介であれば構いませんわ。ええと……」彼女はアリスの方を見た。ペギーは紹介した。

「ミス・アンジェラ・カートライト。アレンシアから最近来たばかり」今度はアリスを見て「アンジェラ、こちらレディ・デヴァルー」

「どうぞよろしく」レディ・デヴァルーは手を差し伸べた。その手を取ると、かすかに震えているのがわかった。


 手を離すと、彼女は引きつった笑みを浮かべて

「どうぞごゆっくり」そう言ってそそくさと行ってしまった。


 気にはなったが、それより安心のほうが大きかった。


 なんとか、舞踏会に入り込むことができた。後は、ヘンリーを探すだけだけど……そもそも招待されてるのかな?

「アンジェラ。少し疲れたから座りたいわ」


 ペギーが言うのでアリスは彼女を椅子の方へ連れて行った。

(もう疲れたの? まだ始まってないんですけど?)


 先が思いやられる。



 で、冒頭の出来事が起きるのである。

 ひどい話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る