第6話 薬の作り方
ルイーズからひざの痛みについて悩んでいると聞き出したアリスは、早速行動を起こした。と言って、そのほとんどがワンダ主導ではあったけど。そもそもはワンダが本を読みたいという願いのための行動なのだ。
アリスはまず庭園にある温室に向かった。屋敷から向かう途中アリスはワンダに尋ねた。
「で、どうやって助けるの?」
「もちろん薬を作るんだよ」ワンダは両手を腰に宛ててそういった。
ワンダは魔女だった。というか、自分でそう言っているだけなんだけど。アリスは魔法が少し使える薬剤師くらいにしか思っていなかった。箒で空を飛ぶこともできないし。
「飛べるわけないでしょ? そもそも魔女が箒にまたがるのは……ああ……この話はやめておく」箒について尋ねたときワンダは少し居心地悪そうにそういった。
「なんで?」まだ子供だったアリスはそう尋ねた。
「大人になったらわかるよ」ワンダは苦笑してそういった。
その時は何のことかさっぱりわからなかった。
今もわからないけど。
ワンダにはよく薬を作ってもらっていた。というか作った薬を使えとよく言われていた。肌に塗るクリームなんかは今でも毎日だ。
問題は、その薬を使うのが、今回はアリスではなく、メイド達だということだ。
「ねえ、薬って勝手に作ってわたしてもいいの?」
「どういう事?」ワンダは首をかしげた。
「いや、だって法律とかあるでしょ? 薬についてうるさくなったって前言ってたじゃん。Pharmacy Act だっけ? それに素人の私が作った薬をすぐに使ってもらえるかなんてわからないし」
ワンダは腕をくんだ。
「ああ、考えてもみなかった……。軟膏にして塗ってもらおうかと思ったけどそれじゃあだめか。どうしようかな……」
ワンダはウンウン唸っていた。
温室に着くと、作業をしていたガーデナーのじいちゃんがにこやかにアリスに挨拶をした。
「これはこれは、ミス・アリス。なにか御用ですか?」
「育ててたやつを見に来たの」
それを聞くとガーデナーはアリスを案内した。彼は腰を曲げていて、時々痛むようでさすっていた。
温室の一角はアリス専用の場所になっていた。正しくは、ワンダ専用。ワンダはかがみ込んで植えられた葉の様子を観察して、いくつか指差した。アリスはその葉をちぎって集めていく。
「奥様へのお守りか何かをつくるんですかい?」近くで見ていたガーデナーがそういった。
「え?」
「そろそろ生まれるって聞きましたんでね」
「ああ」アリスはアグネスの大きくなったお腹を思い出した。
そうなのだ。グリムウィッチ伯爵家には新しい命が生まれようとしていた。かなり歳の離れた弟か妹が生まれることになる。もちろん、家族はみな男の子であることを切に願っていた。
爵位を次ぐことのできる、男の子であることを。
多分、ガーデナーはそのことを言っているのだろう。
「これは違うの。メイドたちの助けになるものを作るつもり。膝が痛いって言うから」
「それはそれは。敬服いたしました」
ガーデナーはそれを聞いて感心したようにうなずいた。
「問題はどうやって使ってもらうかだね」ワンダがつぶやいた。
葉を持って屋敷に戻るとフットマンが誰かに紅茶を運んでいるところだった。それを見て、アリスは部屋に戻ったあとワンダに言った。
「ねえ、薬ってお茶みたいにできない?」
「できる、とおもうけど、なんで?」ワンダは首をかしげた。
「だってお茶にできたら、つくるのは薬じゃないって言い訳できる。法律にも引っかからない、とおもう。あと、多分そのほうが使ってくれる。薬作ったから使って、って言われるよりは、体に良いお茶だから飲んでみて、のほうが試しやすいじゃん」
ワンダはうなずいた。
「確かにそうかも。冴えてるね」
「まあね」アリスはにっと笑った。
ワンダは薬を作ることができるが、ものに触れることができない。ではワンダはどうやって薬を作るのか。アリスが指示に従って作るわけではない。別の方法があった。
ワンダは言った。
「じゃあ、アリス。憑依するね」
「はいはい」
アリスは椅子に座って体の力を抜いた。ワンダがアリスの体に触れて、潜り込む。体中の感覚が鈍くなって動かしにくくなる。アリスの意思とは関係なく、腕が持ち上がって、目が瞬く。まるで操り人形みたいに。
幽霊のルール、その5。幽霊はアリスに憑依できる。と言ってもアリスに憑依できるのは女性の幽霊限定で、男性の幽霊は憑依できない。
いま体を動かしているのはワンダだ。アリスは力を抜いて、動かされるままになっている。初めて憑依させた時は勝手に動く体が気持ち悪くて仕方なかった。目が覚めたときに腕を下敷きにしてしまっていて、しびれて感覚が全くなくなってしまったような、そんな感じにも似ていた。
何度も憑依させている今となっては慣れっこで、憑依中に睡眠をとったりしていた。
ワンダはテーブルにとってきた葉を並べると手をかざした。体の中を温かいものがながれる感覚があって、魔法が発動する。この感覚が魔力の感覚なのだとワンダは言うけど、憑依されていないときにやっても全然その感覚を掴むことができなかった。
テーブルの上に乗っていた葉がみるみる乾燥していく。ワンダは部屋の隅から調剤のための道具を持ってきた。
「じゃあ、寝てるから終わったら起こして」アリスは自分の口でそういった。
「わかった」ワンダは同じアリスの口でそういった。
アリスは体の力を更に抜いて、感覚を鈍らせていき、眠りについた。
「アリスー! おきて!」自分の声がする。多分ワンダが言ってる声だ。
目を覚ますと日が暮れかけていた。徐々に体の感覚が戻ってくる。目の前には紙に包まれたお茶の葉っぱのようなものがおいてある。
「終わった?」アリスが尋ねるとワンダはアリスの体でうなずいた。
「多分ちゃんと出来てるはず。これで本が好きなときに読めるぞー!」
ワンダはアリスの体ではしゃいだ。
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