第5話 メイドとの勘違い2
◇ 失敗を責められていると思っているルイーズside
「大したことじゃないの。なにか最近困っていることはない? 不便に感じていることでもいいし、不満に思っていることでもいい。それを聞きたかったの」アリスはそう言った。
(「何が不満で仕事を適当にやって失敗しているの?」という意味ですか!?)
ルイーズは両手を胸の前で握りしめて、即答した。
「ありません! 全然これっぽっちもありません!」
(私は真面目に仕事をしています。ちょっと失敗とかしますけど真面目です。だから怒らないで!! 辞めたくない!!)
ルイーズは戦々恐々としていた。と、アリスは少し間を開けてから言った。
「この前そこの廊下でなにか失敗したんでしょ? なにか不便なことがあったんじゃないの?」
心臓が握りつぶされたかと思った。口から「ひい」と悲鳴が漏れた。
確かに数日前すぐそこの廊下で怒られた。でもその時部屋にアリスはいなかったはず。
「なんでそんなことを知ってるんですか!?」と言ったが、そうだ、告げ口をされたんだった。見ていなくても知っているのは当たり前だ。
「いえ……その……」アリスはいいよどんでだまってしまった。きっと誰に告げ口されたかを話さないように気を使っているのだろう。
(……このままじゃあ、私、何もできずにお暇を出されちゃう)
確かに沢山失敗している。掃除をしっかりしたと思ってもホコリが残ってると言われるし、バケツを引っくり返して仕事を増やすし、料理を運んでいたフットマンにぶつかってこぼしそうになったこともあった。
でも、やめるわけにはいかないんだ。このまま辞めたらきっと紹介状にはいいことが書かれない。最悪、紹介状すら書いてくれないかもしれない。そうなったら露頭に迷ってしまう。家に仕送りだってできなくなる。
だめだ。それはだめなんだ。
ルイーズは覚悟を決めて、アリスに言った。
「私は、この仕事が好きです! 毎日真面目にやってます! 失敗はしますけど、でも、自分では気をつけているつもりです!」
アリスは少し気圧されたように動揺して、小声でブツブツと何かを言って、すこしため息をついて言った。
「それはわかってるの。そうじゃなくて……なにか不便なこととか困ってることとかを聞きたくて……」
アリスはまだ、不満なことを聞こうとしている。
なんで?
どうして?
ルイーズにはわからなかったが、なにか言わないとと焦って口を開いた。
「不便なことも不満なことも思いつきません! 強いて言えば職業病で膝が腫れて痛いことくらいですけど、でもそれはハウスメイドならみんなそうです! 私ばかりじゃないことくらいわかっています! 不満なんてないんです! だから……、だからお暇は出さないでください!」
ルイーズは懇願した。涙で視界が歪んでいた。
まばたきをして、ようやくアリスの表情が見えた。
彼女はキョトンとした顔をしていた。
◇不便なことを聞きたいだけのアリスside
「私は、この仕事が好きです! 毎日真面目にやってます! 失敗はしますけど、でも、自分では気をつけているつもりです!」
ルイーズが突然声を大きくしてそういった。アリスは少しびっくりして小声でワンダに尋ねた。
「何を言ってるのこの子は? 私、不便なことを聞きたいだけなんだけど」
「さあ、よくわかんないけど……、もしかしたら早く仕事に戻りたいんじゃない? きっと仕事が好きだから、こんな質問とっとと終わらせてくれって思ってるんだよ」
絶対違う、とグレースは目を細めていたが、アリスは気づかず、そういうことか、と納得して同時に気分が沈んだ。
(嫌いな私との話を早く切り上げたいのね)
アリスは少しため息をついてから言った。
「それはわかってるの。そうじゃなくて……なにか不便なこととか困ってることとかを聞きたくて……」
ルイーズは両手を握りしめた。
「不便なことも不満なことも思いつきません! 強いて言えば職業病で膝が腫れて痛いことくらいですけど、でもそれはハウスメイドならみんなそうです! 私ばかりじゃないことくらいわかっています!」
「やった! やっと聞きたいことが……」ワンダが隣でつぶやいた。
その瞬間、ルイーズの目に涙が浮かんだ。
「不満なんてないんです! だから……、だからお暇は出さないでください!」
彼女の頬を涙が伝った。アリスはそれを見てあっけにとられた。
「泣かせましたわね」グレースが言った。
「泣かせた」ダコタが言った。
「違う! 泣かせてない!」アリスが声をあげると、ルイーズはビクッと体を震わせた。
「え? あの、誰と喋ってるんですか?」
アリスはぎょっとして、首を大きく振った。
「違うの、なんでもないの。泣くことないでしょ?
お暇なんか出さないよ。というか私がだれかを辞めさせることなんでできないし」
「でも……失敗について聞いたりとか……仕事に不満がないか聞いたりとか……」ルイーズはまた目をうるませた。
「ち……違うの! それはただの例で、聞きたかったのは困ってることはないかってことなの! なにかあなた達の助けになりたかったの!」
ルイーズは鼻をすすって言った。
「本当ですか? ……でも……失敗については誰かにお聞きしたんでしょう?」
アリスはうっと呻いて、一瞬ワンダをみた。やっぱり幽霊について気づいてる?
「ど……どうしてそう思うの?」アリスが尋ねると、ルイーズは言った。
「私の名前ご存知でしたから。きっと私のことを名指しでお聞きしたのだろうと思ったんです」
アリスは胸をなでおろした。良かった幽霊が見えるとか疑われてたわけじゃなくて。
「なんだ、そんなこと。私、貴女の名前を知ってたの。というか、この家で働いている人の名前はみんな知ってる」
「え?」今度はルイーズがキョトンとする番だった。「そんな、……嘘ですよ」
アリスは少し考えてから言った。
「さっきまで廊下でいっしょに掃除をしていたのは、ポーリンとスザンナとケリーでしょ?」さっきは逃げられたけど。「赤毛なのがポーリンで、タレ目なのがスザンナ。で、背が高いのがケリー。合ってる?」
ルイーズはキョトンとした顔をしたまま小さくうなずいた。
◇告げ口されたから名前を覚えてるんだと思っていたルイーズside
アリスはメイドたちの名前を覚えているだけでなく、誰が誰かを完璧に見分けられていた。ルイーズは驚愕した。特にケリーは数ヶ月前に入ったばかりのメイドのはずだ。
本当に覚えてくれているんだ。
ルイーズは恥ずかしくなった。
アリスはきっと自分のことなんてどうでもいいと考えているんだと思っていた。だから、告げ口されたのだと思ったし、辞めさせようと失敗を責めているんだと思った。
違う。そうじゃない。
表面的な役職や立場や印象を見て全部を判断していたのは自分のほうだった。
今までルイーズはアリスのことを一方的に怖がって、見かけだけで判断して、彼女の中身を知ろうとしなかった。
なのに、アリスは、メイドたちのことを見ていて、名前を覚えているだけでなく、なにか助けになりたいとまで言ってくれている。
ルイーズは恥ずかしくなった。
保身のことばかり考えていた自分が恥ずかしくなった。
ルイーズが顔を赤くしてうつむいていると、アリスは言った。
「膝の痛みについて聞けたのは良かった。他のハウスメイドもそうなのね?」
ルイーズは顔を伏せたままでうなずいた。
「ありがとう。またなにか不便なことがあったら教えてね?」
ルイーズは顔を上げた。アリスは微笑んでそう言っていた。
「わかりました」
ルイーズはうなずいた。
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