第13話



「まあ、本当にお会いできますのね!」


 会うなりそんなことを言われた桜深は頬を引きつらせた。

 黒髪を靡かせ、両手を胸の前で合わせているのは地樹月紅葉、この街で知らぬものはいないだろう地樹月家の異形能力者のお嬢様である。

 昨日、共に一つ目の侵略者の生み出す異界門に引きずり込まれたこの少女とは話さねばならぬことがある、と翌日の今日、土曜日ということもあって約束を取り付けた桜深だったが、さっそく少し、いやかなり後悔していた。


「うわ、見ろよめっちゃ美人」

「ヒュゥ、やるね兄ちゃん、デートかよー、オレらも混ぜてーってか?」


 目立っている。ものすごく目立っている。

 あの真っ白な有名学校の制服を身に纏っているわけではない。そうではないが、純白の生地に繊細なレースが重なるドレスのようなワンピース、つば広の女優帽とも呼ばれる白い帽子もレースのリボンが風に揺られ、肩にかけるストールまでもが上質とわかる繊細さだ。そりゃあもう、緑域の駅ではひたすらに目立っていた。

 そんな彼女は人が多いこの場所で目的の人物に出会えたことがよほど嬉しいのか、周囲をあまり気にしていないようであった。じっと桜深を見つめ、あら? と首を傾げる。


「桜深さんの髪のお色は、明るい光の下では不思議な色でございますね。青、でしょうか……?」

「ああ、まあそうだな。ぱっと見黒髪だけど」

「お綺麗です。学園の皆様もとても鮮やかなお色をしていらっしゃるんですが、私はこのように真っ黒で」

「……綺麗だと思うけど」

 紅葉の髪の色は艶やかな漆黒だ。それでいて重くならずさらさらと細い髪は風に揺れ、顔立ちが人形のように整っているとはいえそれは西洋人形のようであるので、いっそ神秘的ですらある。といっても表情らしい表情があまり浮かばないので、ぱっと見は少し怖い、と感じるかもしれない。実際、桜深が来たことに気付いて表情を見せるまで、彼女はこの人出の多い駅の噴水前で遠巻きに見られていたのである。

 桜深の言葉に、まぁと両頬に指を添えた紅葉の頬が僅かに染まる。その周辺では男たちが恨みがましい目を桜深に向けており、はあ、とため息を吐いて桜深はその視線をやり過ごす。はやくここから立ち去らねば。


「ところで、なぜ皆様はあのような場所でお隠れになっているのでございましょう」


 不思議そうに首を傾げる紅葉の白い服の上をさらさらと髪が撫で落ちていく。その視線の先にいるのは……もちろん、俊たちだ。

「うわ、ばれてるぞ」

「あんたがうっさいせいでしょ」

 と俊と真白が騒いでいるが、玄太と朱里は苦笑している。この四人……というより主に俊が、面白がって桜深一人を先に行かせたのだ。


 もともと、桜深はつがいの話について詳しく聞きたいと紅葉を誘ったつもりだった。案の定昨夜は管理組合に戻ったところで上の人間が『地樹月の娘』が巻き込まれていたことに焦り、彼女は一人早々に別行動させられることとなったのだから、後日話す機会を作っておいたのは正解だっただろう。

 だが、紅葉が連れ出される前に明日出かけると知った友人たちは、全員が「一緒に行く」と桜深に詰め寄ったのだ。

 曰く、お嬢様と二人きりなんかで会ってあっちの家におかしな誤解をされたらどうするのだ、だとか。

 いきなり二人きりはハードル高いですよ、だとか。

 なんか面白そう、だとか。

 朝起きれないし一人だと問題起こしそう、だとか。

 後半二つは桜深に制裁を与えられたがそれは置いておくとして、確かに男女二人で会うのはお嬢様相手にまずいかと納得した桜深はひとまず頷き、紅葉には「明日皆で行く」ということを隙を見て伝えていた。

 結局騒動に発展してしまった為、いくら寮生活と言えど彼女の家から出入りの制限が入って会えないのでは、という懸念もあったのだが、ひとまずこうして会えたのだから良しだ。さっさと騒ぐ友人たちとも合流すべきだろう。



「二度目ましてー! オレ帆多流俊な、よろしくー!」

「ちょ、二度目ましてって何よ、ちゃんと挨拶しなさいよね! あの、あたしは討射真白よ」

「朝槌朱里です。よ、よろしくお願いします!」

「瑞嶌玄太です」


 にこにこといきなり自己紹介を始める面々を見てぱちりと瞬いた紅葉は、おろおろと一人一人の顔を確認すると、ぺこりと頭を下げた。

「俊さま、真白さま、朱里さま、玄太さまでございますね」

「ちょ、様とかいらないわ。ねえ?」

 桜深と似たようなやりとりをしつつも、自己紹介は終わりだと判断した桜深はさてと周囲を見回した。


「ファミレスなんかはやめたほうがいいだろうな」

「ワックワクバーガーは?」

「いや人目あるからだめでしょ。都美山は人目につかない場所がいいって言ってんのよ」

「あ、なーるほど」

 真白の指摘にぽんと手を打った俊は腕を組んで考え始め、しかし思考が逸れたのか「ポテトが食いたい」と言い出した。その頭がぺしりと真白に叩かれる。

「では、喫茶店なんかも除外しましょうか。ええと、……カラオケとか?」

「あ、それいいね朝槌さん」

 朱里の提案で全員が頷いた。たまたま昨日、あの異界門に落ちるまで全員で遊んでいたのがカラオケだったからこそ思いついたのだろうが、個室でかつドリンクバーもあり……と条件としては良さそうだ。

「なら持ち込み可な! ポテト食いたい!」

「ポテトならカラオケでも頼めるじゃない」

「わかってないなぁーましろんは。ワックのポテトがいいんだよ」

「だからその呼び方やめなさいよ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎだす二人の隣ですぐ端末を操作した玄太が、近くにワックも持ち込み可のカラオケもあるよ、と地図を端末で表示させた。祓力で動くその端末は能力者専用であり、異界門の先でも起動する優れものだ。ただし、連絡は異界門の中なら中同士でしか繋がらないが。

 地図を覗き込んだ朱里も頷いてその方角を指し示す。行き先は決定だ。

「その機械は、お話できるだけではございませんのね」

「ああ、まぁ……」

 そういえばそうだった、と彼女が今どきこの携帯端末を知らないことを思い出した桜深が濁す横で、どういうことだと俊たちが首を捻る。が、それを突っ込んで聞くよりも紅葉の質問の方が先だった。


「ところで、その『からお家』というのはどちらのお家でしょう。恥ずかしながら私、あまり外に出ず暮らしていたもので、無知で申し訳ございません。突然地樹月の名を持つ者が顔を出しても問題ありませんでしょうか?」

「んん? えーっと、……どういうこと?」


 俊が混乱した様子で桜深を見る。桜深は少し悩んだのち、彼女の中でカラオケが『からお』という苗字のどこかの家と判断されたらしいと察して頭を抱えた。定番よろしく空っぽの桶だとかどう見ても行先ではない勘違いをしなかっただけマシかもしれないが、これは説明するのに骨が折れそうだ。


「……あー、乙の暮らすこの緑域にある施設名だと思ってくれればとりあえずそれでいい。家同士のごたごたとか関係ねえし、安心しろ。まあ行きゃわかんだろ」

「そうなのですね、わかりました! 楽しみですわ」

 そう桜深が説得する横で、あらら、と俊が頬を指先で掻き、お嬢様ってこんな感じ? とひそりと呟くが。

「……どう見ても普通じゃないでしょ。カラオケが知らないとかは別にしてね。あの子、なんか訳ありなんじゃない? 昨日もなんか不穏な感じの事言ってたし、祓力稼働の携帯なんてお嬢様でも使うでしょ」

 そうなのかな、と心配そうな表情を見せる朱里に、真白は頷いてさらに小声で言葉を続ける。

「第一お嬢様なのに、お付きの者とか送迎とかなしでこんな目立つとこにいたのよ? 昨日だって事情聴取が終わった私たちが帰るまでに迎えが来なかったみたいだし、それって近くに護衛もなしであの子だけうろついてたってことでしょ。それって異界門すら通ったことない箱入りにしては不自然よ」

「やっぱそうかなー。で、桜深に一目ぼれしたかもしんないんだろ? 大丈夫かねー桜深っち。会う約束したんだからまんざらでもなさそうだけど、つがいじゃねーなら身分差的にまず駒扱いされるぜ?」

「桜深くんならなんとかしそうだけど……」

「あの、ハンバーガーだけじゃなくてお重とか探したほうがいいです……?」

「あかりんもたまに考えぶっ飛んでるよねー」

 えええ、と二つ髪を揺らしながら否定のように首を振る朱里の声でそちらを見た桜深は、なんとなく状況を察して小さく息を吐いたのだった。




「ここが『からお家』……!」

「そうそう」

 その口調から絶対勘違いしていると分かっているはずの桜深が適当に『カラオさんちな』なんて言えば、真白が慌ててそこに違うわよと割り込んだ。

「カラオケよ、カラオケボックス。かたかなでカラオケ」

 説明がてら一曲流して見せると、紅葉は頬を手で押さえ「まああ!」とその表情をころころと変える。

 その様子を見ながら、慣れた様子で俊たちはテーブルの上に買ってきた食料を広げ始めた。

 ハンバーガーに山盛りのポテト、ナゲットにフライドチキンとサラダ、コンビニで購入したスイーツに、さらにはなぜかテイクアウトの牛丼やカツ丼まである。もちろん、それぞれドリンクバーから好きなドリンクも入れてきたばかりだ。

 食べきれるかという量があるが、まあ食べ盛りの高校生男子が三名いるのでなんとかなる、いやなんとかするというのが主にその男子三名の宣言である。


 購入する際何店か回ったのだが、すべての店で物珍しそうに頬を染め感動していた紅葉につられてついあれこれと買ってしまったのだ。それに関しては真白も朱里も同罪であるので、責任もって全員で食べることになるだろう。カロリーが、と呟いていた気がするが、その辺りは各々決着をつけていただきたいところだ。


「さてと」


 ポテトを食べながら桜深はソファーに背を預けた。その隣では、恐る恐るポテトを口に入れた紅葉がもぐもぐと無表情で頬張って二本目に手を伸ばしている。その所作は優雅だがやはり食べなれているものではないらしく、ひとまず気に入ったのだろうと桜深はドリンクに手を伸ばす。


「今日ってつまり、『祝! 目玉の化け物からの生還おめでとう会』という名の、『地樹月家のお嬢様と桜深がつがい? 彼女の一目惚れ? 相談会』なんだろ?」

 ハンバーガー片手に告げる俊に、真白が「あんたのネーミングセンスって……」と突っ込むのを流しつつ、桜深はちらりと視線を紅葉に向けた。

 その表情を見て桜深は確信する。やはり昨日のことは、であったのだ。

「……あーそれだけど。たぶんマジでつがいだ」

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