第4話


「次、能力検査だけど。おまえ、生還できたくらいだし攻撃型だよな?」

 俊の言葉に、たぶん、と真白が曖昧に頷く。そこで桜深が眼鏡の位置を直しつつ、そうじゃねえのと俊の机に肘をついて凭れた。

「後天性能力者って担任が断言しなかったってことは、討射は先祖返りかつ、得意な術が判明しなかった、もしくは癖が少ないってとこだろ?」

 だが、その桜深の問いに真白はさらに戸惑ったようだ。

 そもそも甲や丙といった能力者は、両親祖父母ともに乙である一般の家庭にも時折生まれることがある。その者たちを先祖返りと言い、生まれた時の検査によって祓力のあるなしでふるいにかけられ、祓力がある者はそれを判別する能力者が術を『視る』ことによって能力者と判断されるのだ。

 だが後天性能力者や、得意な術の傾向がないものはその限りではない。祓力があってもそれを扱うすべがないとされるとそのものは乙となり、そのまま一生、多少祓力はあってもそれが表に出ることなく乙として過ごすことが多いのだ。

「そ、そうなの?」

「どんな能力か聞いてもいい? 討射さん」

 玄太の問いに頷くも、真白の視線は宙を漂う。言葉にできない様子に、なんかあんだろ? と俊も首を捻った。

「水を操るとか、炎を操るとか」

「そんなわかりやすいもんならもっと早くわかってるって」

「じゃあなんだろう……? 乙の人たちが良く言う超能力系?」

「と、透視したり、触らないでものを動かしたり、とかかな……? それなら確かに術として発見されにくい、かもです……」

 勇気を出したと言った様子でおずおずと具体例を上げつつ話に加わったのは、玄太の隣に座る女子生徒、朝槌あさづち朱里あかりだ。そうかも? と答えた真白の目は泳いでおり、あきらかにあまりわかってなさそうだ。

 超能力というのは、乙、つまり一般人とされる者たちの間で言われる、創作物などに登場する架空の能力である。炎や水を操ることと何が違うのかいまいち能力者たちにはわからないが、例えば人同士で道具を使うことなく話すことをテレパシー、目のまえの鉛筆や消しゴムといったものを浮かせることができることをサイコキネシスと称するなど、いろいろ定義があるようだ。俊の言っていた炎や水を操る能力はどちらかというと超能力より魔法っぽい、らしい。

 最もその話を聞いていた桜深は、湖の水を浮かせたら超能力になるのか、それとも魔法になるのか、とどうでもいいことを考えていた。とはいえ、休み時間はそれほどない。授業開始の鐘が鳴る前に能力系統ごとの教室に移動しなければならないことを考えると一つため息を吐き、ポケットに手を突っ込んだ桜深は、取り出したその一枚の細長い紙……符を俊の後ろにある窓ガラスへと張り付ける。


「討射、そこの符狙え。敵だと思ってその力使ってみろよ」

「え? いや、そんなことしたら窓が」

「攻撃系だと思うんだろ? 大丈夫だって、半径五十センチは壊れない。たぶんな」


 たぶん、という言葉に若干の不安が残るが、時間もない。覚悟を決めた真白は、その窓に張られた符を睨みつけるように見つめた。そこに書かれた文字なのか絵なのかよくわからない符は真白には効果がわからないが、用意した本人が言う通りならば恐らく衝撃を消してくれる類のものなのだろう。……と信じたい。

「わかった」

 今度こそ力強く頷いた真白が、教室の後方に下がると窓に向かって手を伸ばす。窓との距離は四メートルほど。手のひらを真っ直ぐに窓に向け、一つ深く深呼吸をすると、ぴん、と周囲の空気が張り詰める。

 見守る生徒たちの誰かが息を飲んだ、その瞬間。


「いっ、けぇ!」


 真白が声を上げる。手のひらにはいつの間にか小さな球状の白い光が集まっており、それが掛け声とともに一瞬で放たれた。あまりの速度に、のんきに様子を見ていた俊の髪がぶわりと揺れ、うわ、とその場にひっくり返る。ゴウ、とおかしな音が教室内に響き渡り、誰もが目や頭を庇って身を小さくした。

 顔の前を腕で庇いつつもそれを見た桜深は、マジかよと小さく呟いた。それ系の能力であるとわかってはいたが、予想以上だ。案の定、衝撃を抑える筈の符は焼け爛れ、窓には小さいもののヒビが入っている。


「ピッチングマシンかよ」


 ひっくり返ったままの俊は、先ほどの白い光の球の感想がまずそれであるらしい。案外余裕そうだと判断した桜深はさっさと符を剥がしにいったが、真白は青褪めておろおろしたままだ。

 ぺろりと符を剥がした桜深はそれをくしゃくしゃと手の中で丸めつつ窓を見つめ――

「よし」

「よし、じゃないよ桜深くん! もう!」

 見なかったことにしようとした桜深を予見していたかのようにガムテープを持った玄太がヒビにそれを張り付けに行き、漸く教室内に脱力した空気が流れたのだった。



「攻撃型だな。それも、珍しく完全に祓力そのものを操るタイプで」

 窓ガラスからは目を背け真白に向き直った桜深は、自身の机に腰かけつつもそう断言した。

「め、珍しいの? これ」

「多いのは、四元素を元に考えられる能力とかだからね。この国には陰陽師もいたことだし、昔は五行とかでも考えられたみたいだけど」

「四元素……五行……ええと、水とか火とか土とか、そういうのよね」

「そうそう。僕は水なんだ」

 窓を直しつつ桜深に続いて説明してくれていた玄太は、ガムテープを張り終えた窓を撫でた後に手のひらの上に小さな水の球を生み出した。と言ってもそれは小さく綺麗な球状になることはなく、ぐにゃぐにゃとスライムのように形を変えてすぐ消えてしまう。

「ええと、朱里は?」

「私は、無理に当てはめるなら風になるのかな? っていっても、今の考え方だとたぶん違うし、その、そんな便利なものじゃないんだけど……」

 そういって朱里は消しゴムを手に取ると宙に放って見せた。直後、それはまるで叩きつけられたようにベチン! と音を立てて床に激突する。さすがにもとが消しゴムなために傷などはないようだが、もう少し重みのあるようなものであれば十分凶器になるかもしれない。

「俺は火なー」

 倒れた椅子を起こしながら軽い調子で指先を振った俊の人差し指の周りで、細い炎が紐のようにくるりと回った。それに続き、側にいたクラスメイトも何人かが手のひらに水や炎を生み出して見せ、中には小瓶に詰めた土でハートを作って見せるものもいた。

 じゃああんたは、と真白が桜深に視線を向ければ、桜深はさあと肩を竦める。

「強引に決めるなら、五行の木とか、あと墨が水に入るんだろうけどな。道具ありきで使う能力はあんまその辺関係ないんだよ。テレパスとかだって会話する者同士で同じ術具持ってること多いんだし」

「あと、朝槌さんもさっきちょっと言ってたけど、最近の考え方だとわかりにくいものはあまり四元素とかに当てはめて考えないんだ。甲のひとたちの能力なんてまったく関係なかったりするしね」

「そうなんだ……」


「ふん、道具がないと力が使えない能力なんて三流だな」


 納得したように頷きかけた真白だったが、突如割り込む声にぎょっとして振り返った。廊下から教室内に視線を向けて鋭い言葉を吐き捨てたのは、見知らぬ男子生徒だ。顔に見覚えがないので数人が戸惑うように視線を見合わせたが、変わらぬ態度でそれを見ていた桜深が、氷牙、と声をかける。

「気安く呼ぶなよ、三流術士。俺は氷室だぞ」

「へいへい。で、何の用だよ」

「はっ、のんきなもんだな。これだから、しょぼっちい水や炎しか生み出せない落ちこぼれ共と道具依存の三流の集まるクラスは。知ってるか? この学校では一組が使える能力者、二組は扱いにくい出がらし共が集まるんだよ」

 その言葉は教室内に確かに響き渡り、そこにいる生徒たちの顔色を変えさせる。あるものは諦めたように、あるものは敵意をむき出しに。……そんな中表情を変えずに口角を上げたままであった桜深は、そうらしいな、と煽るように口にする。本当に大人しく真面目そうな見た目に似合わぬ男だと、まだ能力者の空気に慣れぬ真白はそわそわと様子を伺った。言われたことは腹立たしいが、この様子では『道具がないと使えない能力は三流』というのはあながち嘘ではなさそうだと感じたのだ。言い返せず悔しそうにしている者が多々見受けられたのである。

 丙の常識を知らぬと思い知った真白の顔色は悪い。一人で異界門を出た経験はそこそこあった為、驕っていたのだと自覚してしまったのだ。


「そこの女だって、祓力をそのまま? そんなことしたらすぐ祓力切れになるに決まってる。へたくそすぎてうまく使えないからぶっ飛ばしてるだけだろ、一歩間違えば暴発だな、爆弾女」

「な、なんですって!」

「ま、せいぜい頑張んなよ。さっそく遅刻して怒られればいいさ、落ちこぼれ共」


 そう言い放たれた瞬間鳴り響いたチャイムに、数人が顔色を変え慌てて立ち上がった。言い捨てた男子生徒はさっさと隣の自分の教室に戻ってしまい、移動教室ではない為遅刻は免れたようだ。


「ま、お前みたいに自分の祓力まんま攻撃に転じてるのが珍しいって話。いないわけじゃねえけど」

「都美山あんたね、それどころじゃないんだけど!? 何よあいつ!」

氷室ひむろ氷牙ひょうが。丙にしては珍しく能力を大事にしてるとこの血縁の坊ちゃんだ」

「はぁあ? んなやつがなんでこんなおんぼろ学校に通うわけ?」

 教室を飛び出し走りながら問う真白の横に並びながらも、軍学校は嫌だったんだろ、とひらひら桜深は手を振った。

 丙が通える学校は、軍学校か普通高、もしくは女子生徒であれば丙女学院くらいしかない。その中でも普通高は最低限生き抜く方法を実地で学ぶという理由から危険地帯に校舎が建っている為に、どうしたって修繕が入りにくくぼろくなりやすいのだ。

 とりあえず、今は移動教室だ。

「俊、攻撃型だよな?」

「わかる?」

「炎はそのタイプが多いからな」

 にやりと笑う俊を見た真白は、わかりやすく眉を顰めた。俊には噛みつきたくなるようだ。最も、氷室よりはマシだろうが。

「ええ、あんたたちは違うの?」

「俺は支援だし?」

「僕の水は、治癒寄りなんだ」

「あの、私も攻撃型、です」

 おずおずと後ろから聞こえた声に、振り返った真白がぱっと表情を輝かせる。態度の違いに「オレ悲しい」と俊が訴えるが、あまり気にしてはなさそうだ。

 そこでぽつりと、あたしって、と真白が声を落とす。

「クラス分けとか、異能能力者同士でも序列みたいなものがあるなんて知らなかった。異界門のことだって……あたし、本当に何にも知らないんだ……」

「大丈夫、一緒に頑張ろう? 真白ちゃんならきっと二年で一組になれるよ!」

「それは嫌だけど」

 あの氷室とかいうのと同じクラスは嫌だと眉を寄せる真白に、朱里と玄太が苦笑する。

「ま、これから覚えろって」

「そーそー、オレ教えるよ?」

「瑞嶌と朱里に聞くわ」

「ひっでぇ、しれっとオレたち仲間外れ!」

 大げさに嘆いて肩を組んでくる俊の頭を桜深は押さえていると、彼らの前で足を止めた集団に気付いた桜深たちも足を止める。どうやら到着したららしいと辺りを見回し、あれ? と俊が首を傾げる。


 皆が立っていたのは廊下だ。しかしそこで違和感を感じた桜深が視線を壁に止める。壁が続く廊下の奥には階段があり、片側にはすすけた窓。そんな変わらぬ筈の光景に一つ、異常がった。――扉が、ひとつもないのだ。教室前の廊下を走っていた筈なのに。

 しかし、誰かが疑問の声を上げるよりも早く。

「あなた方は、こちらですよ」

 にこりと桜深と玄太に微笑みかけてきたのは、すぐそばに立っていた同じクラスの女子生徒だった。こちらと言われても、廊下の真っ只中でどこに……と思うよりも先に、桜深の目に飛び込んできたのは扉だ。

(やられた。幻覚系の能力者だな、それもかなり強いし)

 犯人は今話しかけてきた女子生徒だろう。丙の普通高に女子生徒は少なく、桜深のクラスも二十五名中八名しかいない為、比較的覚えやすい。クラスで見覚えのある顔だ。確か親睦会でも少ない女子生徒に声をかけてまわっていた女子。……今もその後ろにクラスの女子生徒三名を連れているが、その生徒たちはどこか怯えた様子だ。

「なるほどな……名前なんだっけ」

「私ですか? 貴新きしん美空みそらですの」

「ったく、そういうお誘いは言葉で言ってくんねえ?」

「あらら、じゃあ次からそうしますの」

 暖簾に腕押し、掴めない態度に桜深は一つ息を吐く。曲者が多すぎだ。

「おまえも支援だ、俺と一緒に怒られてくれんだろ?」

「あらら、情熱的なお誘いですね」

そういうと桜深は、おまえはそっち、とさっさとくっついていた俊を隣の教室に押し込んだ。「桜深ぃいい」と嘆く声はこの際無視だ。何せ桜深の前では、遅刻しやがってと言わんばかりの目を鋭くさせた教師が待ち構えていたのだから。



 結局クラス全員が教師に小言を言われることとなったが、特に支援クラスで集中砲火を浴びたのは、桜深と、楽しそうに悪戯しちゃいましたと自分で宣言した美空であった。

 能力検査終了後「めっちゃ怒られたんですけどー!」と桜深と玄太に泣きついてきた俊に、なかなか面白いやつらが集まってるよな、と眼鏡の位置を直しつつ桜深が言えば、俊はにんまりと笑みを見せる。

「その他分類の教室に行ったヤツじゃ、扇刃せんじんともが面白そうだぜ。あいつのおかげでほとんど怒られなかったってそっちのやつら話してた」

 俊も先ほどの美空の意図に気付いていたということだろう。

 この日の一連の騒動は、なんだかんだで落ちこぼれと称された二組の団結の切っ掛けになったと、のちにクラスメイトたちは語る。高校生活は、始まったばかりなのだ。


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