第2話


 ここでは暗黙の了解とも言える序列、階級制度がある。

 甲種に分類される、かつて迫害された歴史を持つ、今やこの世の希望、英雄とまで言われる地位にある、異形能力者。

 乙種に分類される、特殊な力こそないものの異界の恐怖を感じとることができ、人口のほとんどを占める一般の者たち。

 そして、最下層丙種に分類される、かつて今の英雄たちを迫害した経歴を持つ、異能能力者。


 異能能力者が栄華を極めたのははるか昔のほんのひと時。異変を事前に察知する力もなく、その強大な力を制御することができた異形能力者には劣っていたのだ。異界門の先のバケモノに対しても、対人戦でも敵わなかったのだから。


 ここはそんな丙種中でも軍属を希望しなかった者たちが入学する高等学校、地樹月学園区内南丙高校。

 かつての迫害の経験から表向きは差別などないと言いながらも、丙のものたちは入学する高校すらほぼ選べない。いや、高校に行けるだけ、きっとマシだろう。少なくとも、丙の者たちだって乙とほとんど変わらない生活は約束されている。それに対しかつて丙……異能力者たちが行ったのは、徹底した異形能力者狩りだったのだから。


「あー、このクラスの担任をすることになった、風河かざかわだ。いい感じによろしく」


 今教壇に立つ教師も、疲れたような表情で淡々と、学ぶ機会が与えられたことに感謝するようにと口にしている。感情はまるでこもっていない、やる気がないタイプの教師のようだ。

 丙が多く住まう地域は異界門が開きやすい為、乙種が住むことは推奨されない。とくにこの地樹月学園区は異形能力者の頂点、地樹月家が直接治める地区だけあって厳しく、この校舎もそういった危険地帯に建てられたものである為、感謝しろと言われても教師にも生徒にも響かないのだろう。

 それでも人は、丙種は、そこに住まなければ住まう土地はない。ひとたび街から離れればそこは異界門から褪色界が溢れて人の住まう地ではなくなってしまっているのだから。


「な、桜深、玄太。終わったら親睦を深めに飯食いに行こーぜ」

「さっきパン食ってなかったか?」

「でもいいね、ごはん。討射さんも引っ越してきたばかりならまだ店とかわからないよね、一緒に行く?」

「え、なんであたしがあんたたち男子と……」

「つっても女子少ねーし?」

 俊の言葉を聞いてどこか悔しそうな表情で周囲を見回した真白が、そうだけど、と苦々しい声をぽつりと落とす。それをちらりと見た桜深は、視線を外しながらも不満そうだなと指摘した。

「……当たり前でしょ。あたしたち異能力者だって、祓力がちょっと甲の人たちより癖があるだけで一般の人に比べれば身体能力は高いし、訓練次第で甲の人たちと並び立てる筈じゃない」

 真白の不満は当然であった。女子生徒が少ないと言うのは何も、異能力者の女性の割合がもともと少ないというわけではない。丙である異能力者の女は、高校から花嫁修業を主とした学校に通うことが多いのだ。……人々の希望たる、甲、異形能力者へと嫁ぐ為。身も蓋もない言い方をするならば、子を産むために。能力者たちは、同じ能力者同士でなければ子が生まれないわけではない。むしろ、とある条件下でなければ子が生まれにくい異形能力者同士よりも、よほど丙は甲を生む確率が高いのだ。

 つまり、ここに女子が少ないのは、祓力を用いて異界のバケモノと戦う道を選べなかった為だ。その花嫁修行の先に幸せがあるとは限らないというのに。

「ま、戦えるなんてそう思ってんのは一握りってこった」

 桜深の表情はどこか嘲笑が含まれているが、声はやけに真剣なものであった。その様子から言い返す言葉を飲み込んでしまった真白が、その桜深の耳元で視線を留めると首を傾げた。猫っ毛なのか少しふわりとして柔らかそうな青みのある黒髪に隠れた耳元、そこにある眼鏡のつるに、何か小さな紙のようなものが、まるで神社にあるおみくじのように結ばれていることに気付いたのだ。

「都美山……だっけ。その眼鏡、何かの術具?」

「ん? ああ、これか」

 耳元にある小さな紙に指で触れた桜深は、少しだけ口角を上げた、それでもにこやかとはいいがたい笑みを真白に向ける。

のろいの札」

「えっ」

 ぎょっとした真白が表情を引きつらせたところで、ふっと小さく桜深は息を零す。

「冗談。俺の能力は符術なんだよ」

「……驚いた。性質の悪い冗談はやめてよ。符術士? それなら普通高より軍学校のほうが詳しい勉強できたんじゃない?」

「それこそ驚いた。軍学校は捨て駒、なんだろ? それに俺は規則とかめんどいの嫌いなんだよ。それに、符術ってのは案外自由だし」

 ひらひらと手を振って流す桜深の調子は軽く、少し真面目そうな見た目からは程遠い性格であるらしい。

「専門知識が必要な能力なのに自由って……」

「あはは……桜深くんは本当に結構自由だから……でも、頼りになるよ」

 にこにこと笑みを浮かべる玄太だけがこの席の癒しになるかもしれない。ちらりと見ればやる気のない教師の説明はとっくに終わっていたらしく、真白は予想通りの教師の様子にため息を吐きつつ、回ってきたプリントで明日以降の予定を確認して一人やる気をみなぎらせた。明日、身体測定などの他に能力検査や相談する時間が設けられていることに気付いたのだ。やる気あんねー、とやる気のない俊の声を聞きながら、桜深もプリントに視線を向け目を細める。するとそこで、隣に座る玄太が身を乗り出すと桜深に小さく囁いた。

「桜深くん、どうするの?」

 指さす先にあるのは、能力の大まかな傾向によって相談教室を分ける旨が書かれた項目だ。

「ま、支援だろうな。俺は符術士だし?」

「……そっか」

 能力は三つに分けられていた。攻撃型か、支援型か、その他か。支援にも攻撃寄りなのか防御寄りなのか回復術士系なのかいろいろあるだろうに適当なのは、やはり能力者に対して期待されていないせいか。

 だが桜深も、玄太が言い淀んでいる理由は分かっている。最後の『その他』に続く括弧内に、具体例として二種以上の能力者等、と書かれている部分をこつこつと指で叩いた桜深は、そのままプリントを適当にぐしゃりと鞄に放り込む。同時に、教室内のスピーカーから途切れたチャイムの音が響いた。


「明日遅刻すんなよ、解散」


 やる気のない教師は最後までやる気なく教室を出て行った。それを呆れた目で見送りつつ荷物を纏めていた真白の前に、ずいっと俊が顔を突き出す。

「うわっ!?」

「さ、行こうぜましろん」

「は!? 何その呼び方! あと行くなんて言って――」

「なー、おまえらだけ楽しそうにすんなって。俺らも行っていい?」

 真白の反論を遮り、そばの席に座っていた他の男子たちが窓際後ろの席に固まる桜深たちのそばに集まり始める。そこに、少し様子を伺う様子ながらも数少ない女子生徒の姿が混じると、真白も大人しく口を閉ざした。


「よーっし、んじゃ、あのセンセー自己紹介の時間すら作ってくんなかったし? 地樹月学園区内南丙高校一年二組! クラスで親睦深めに行くとしますかね」


 ぱん、と手を叩いた俊の声で、わっと教室内が賑やかになる。中には控えめに後ろにいる生徒もいるが、興味はあるようでそわそわと俊を見ていた。

 その前の席で肘をついて様子を見ていた桜深は、ふとまた窓の外に視線を向ける。空は相変わらず青く、天気も悪くない。少し身を乗り出して見下ろせばひらりと舞う桜の花びらがなんとも春らしく、中庭が見えるんだな、と桜深はぼんやりとそれを見つめた。

 恐らく先ほど体育館から戻る際に見た中庭だ。どこか既視感があるのは、朧げな幼い頃の記憶に似た雰囲気のせいだろうか。

 木々に囲まれたその場所で、躊躇いながら控えめに差し出される、紅葉のような小さな手。その手に手を重ねることができたのかはわからないが、夕焼けと同じように頬を染めた黒髪の幼子が、その小さな口で何かを必死に告げるのだ。……生憎とその言葉はもう覚えていないが。

(――あいつは一体、俺の何なんだろうな)

 そこまでぼんやりと考えたところで、バシンと背中に衝撃が走る。

「いっ」

「ほらほら、ぼけっとしてないで行こうぜ桜深ー」

 背中を叩かれて呻きつつも、悪気がないらしい新たなクラスメイトのその楽しそうな表情を見た桜深は肩を竦める。そしてその背を一度叩き返し、はいはい、と賑やかなクラスメイトたちの後に続いたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る