第三話
沙弥の絵を見た大塚君は僕の考えを何の躊躇もなく否定した。そこには、友達としての配慮だとか気付かいといったものは一切なく、ただ真っすぐに僕の考えを否定してきたのだ。
「確かにさ、似てるかと言われれば似てるような気もしてるんだけどさ、まず髪の長さが全然違うだろ。沙弥ちゃんの描いた絵って思いっきりロングになってるけどさ、高田ちゃんがロングだったのなんて俺が知る限りで無かったぜ。もしもだ、もしも仮に高田ちゃんの幽霊が沙弥ちゃんに見えてるんだとして、幽霊ってのは髪が伸びるもんなのか?」
「髪の毛で人を捕まえるタイプの幽霊だっているんじゃないかな。もしかしたら、幽霊も成長するのかもしれないし」
「仮にそうだとしてだ、幽霊も成長しますってなった時に問題が出てくるだろ。なんでこの女だけ体が全部フラットなんだよ。他の女の人はみんな出るところは出てるのにさ、高田ちゃんが成長しているとしたらこの絵の女も成長しているはずだろ。それに、高田ちゃんは割と胸も大きかったんだぜ」
「そうだったっけ?」
「本当にさ、お前ってなんでこうも女に興味持ってないんだよ。高校時代にお前が好きになった人も夢で逢った知らない人って言ってたくらいだし、生身の人間に興味無いのかと思ってたんだぜ。そんなお前が結婚するって聞いた時は本当に驚いたけどさ、どこで奥さんと知り合ったのよ?」
「僕は高校の時に幸子と知り合ったって思ってたんだけど、幸子に聞いたら大学二年生の時って言われたんだよね。でも、僕は高校の時から幸子の事が好きだったと思うんだけどさ、それって記憶違いか何かなのかな?」
「お前が奥さんと高校の時に出会ってる可能性は否定出来ないけどさ、学校も学年も違うしお互いにバイトもしてなかったんだろ。その上、お前は超が付くほど女の人に興味を持たない変人だったもんな。そんなお前が女の子と出会うのなんて漫画とかアニメの中だけだろ。お前の奥さんって漫画とかアニメに出てないよな?」
「出てないね。出てたら自慢していると思うし。でも、本当に高校の時に出会ってたと思うんだよな。僕の気のせいだったとしたら、この記憶っていったい何と間違えているんだろう」
「もしかしてだけどさ、お前って夢で会った女の子が奥さんだって寒いこと言わないよな?」
「そんな事は言わないよ。それはさすがに僕だって恥ずかしいし。でも、それに近い可能性もあるのかもしれないな。たまたまどこかで見かけたのかもしれないし、生活圏も全然違うんだけど、遊ぶ場所なんて限られているから見かけていないって言いきれないしね。でもさ、なんでそんな風に思ってるんだろうね」
「それはさ、お前が奥さんの事を好きだからなんじゃないの。お前とは付き合い長いけどよくわかんないところもあるし、結構一途なところもあるからそうなんじゃないかなって思ってな。だけどさ、沙弥ちゃんの描いてる女の子が誰かって相談されてたと思うんだけどさ、なんでお前の相談に変わってるわけ?」
「別に、相談とかそう言うのじゃないんだよね。そう言えばさ、つい最近見た夢に高田さんが出てきたような気がするんだけど、その時の姿を思い返しても沙弥の描いた絵とは似てなかったかもしれない。大塚君の言う通り髪型も違ったと思うし、声も違ったような気がするんだよね」
「髪型はわかるけどさ、声が違うってどういう事よ?」
「いや、夢の中で話しかけてきた高田さんは僕の知っている声と少し違ったような気がしてさ。でも、どんな声だったかははっきり覚えていないんだよね。大塚君は高田さんの声って覚えてるかな?」
「覚えてるって言えば覚えてるんだけどさ、それが本当の高田ちゃんの声なのかって言われたら微妙かも。でもさ、学校祭の打ち上げでカラオケに行った時のビデオとかあったからさ、それを見たら高田ちゃんの声も思い出せるんじゃね?」
「学校祭の打ち上げでカラオケに行ったっけ?」
「行ったよ。お前も珍しく参加するって言ってたし、高校生活最後になって何か思い出でも作りたくなったんじゃないか。って思ってたんだけど、俺が言うまでその事を忘れてて思い出を作りたかったってのも変な話だよな。それも覚えてないとかお前は高校の時のことで何を覚えているのよ?」
「そう言われると何も覚えてないような気もするな。でも、大塚君と話してたら色々と思い出してきたよ。カラオケに行ったのも思い出したし、僕は歌いたくないって言ってるのに大塚君に無理やり歌わされたのも思い出した。アレってさ、大塚君が恥をかきたくないから僕に歌わせたんだよね?」
「あれ、そうだったっけ。でもさ、それも思い出だろ。カラオケの話で思い出したんだけどさ、カラオケの時の高田ちゃんの写真を持ってきたから沙弥ちゃんに見せてみようぜ」
「話をすり替えないでもらてもいいかな。ってか、何で高田さんの写真なんて持ってるんだよ」
「別にそんな事はどうでもいいだろ。それよりもさ、早く沙弥ちゃんを連れてこいって。写真を見たらハッキリするだろ」
「そうかもしれないけどさ、なんか釈然としないんだよね」
カラオケの事は後で大塚君を問い詰めることにしよう。それよりも、沙弥に高田さんの写真を見てもらえばあの絵の女の子が高田さんかどうかはハッキリするんだよな。でも、そんな事をして沙弥は大丈夫なのかな。少し心配になってきた。
沙弥は幸子と一緒に昼寝をしていた。僕は足音を立てないようにそっと近づいて寝顔を確認しようとしたところ、僕の気配に気付いた沙弥は飛び起きて僕に抱き着いてきた。急に沙弥が飛び出したことで寝ていた幸子も慌てて起きてしまったのだけれど、僕の姿を見て慌てていた幸子は冷静さを取り戻していた。
「大塚君はもう帰ったの?」
「いやまだいるよ。高田さんの写真を持ってきたから沙弥に見せてみようって話になってさ。寝てたからまた今度にしようかなって思ったんだけど、寝顔を見ていたら沙弥が飛び起きちゃったんだよ」
「この子は本当にあなたの事が好きだもんね。小さい時にこれだけ好きアピールしてたらさ、大きくなって彼氏が出来た時とかあなたは大変なことになりそうね」
「今からそんな悲しい話はしないでくれよ。ちょっと考えちゃったじゃないか。でもさ、沙弥がそれで幸せなら僕は大丈夫だよ」
「思いっきり涙を浮かべて言うセリフじゃないよね。私もついていって高田さんの写真を見てみようかな。卒業アルバムとご遺影でしか見た事ないような気もするし、私もちょっと確かめたいことがあるんだよね」
幸子は沙弥を抱きかかえながら寝癖を直していた。沙弥は髪質的に寝癖ができやすいのか寝起きに凄い頭をしている時があるのだけれど、今は軽い手櫛でも直る程度の寝癖だった。
幸子に捕まっている沙弥はまだ少し眠そうだったのだが、お菓子をくれるおじさんがいるという事を話すと途端に興奮しだしてしまった。大塚君は沙弥にとってはお菓子をくれるおじさんでしかないのだ。少なくとも、お菓子をくれるおじさんとしか認識はしていないので一安心だ。
「あ、二人とも昼寝してたのかな?」
「わかっちゃいます?」
「うん、涎の跡と寝癖が」
「やだ、嘘。恥ずかしいんだけど。さっき言ってよね」
「なんて冗談です。和ませようとしただけなんで」
「そんな冗談は面白くないんだけど。家でも言ってるんだとしたら、子供たちにも嫌われちゃうかもよ」
「え、それは嫌かも。以後気を付けます。で、幸子ちゃんも来たって事は一緒に高田ちゃんの写真を見たいって事だよね?」
「そう言うこと。でもさ、なんで大塚君が高田さんの写真なんて持ち歩いているの?」
「別に普段から持ち歩いているわけじゃないよ。今日は高田ちゃんの事で確認したいことがあるって呼ばれたから持ってきただけだって。別に深い意味なんて無いからさ」
「そこまでは聞いてないけど。まあいいわ。ちょっと見せてもらってもいいかな」
大塚君は手帳に挟んであった写真を取り出すと、僕と幸子に一枚ずつ手渡してきた。なんで高田さんの写真を複数枚持っているのだろうかという事は置いておいて、その写真を見た僕は少し違和感を覚えていた。確かに高田さんの写真ではあるのだけれど、僕が夢で見た高田さんとも記憶の中の高田さんとも違うような気がしていた。
幸子は僕が手に持っている写真を奪うと、その二枚をしきりに見比べては首を傾げていた。僕も幸子の後ろに回って二枚の写真を見ているのだけれど、その二枚は確かに高田さんで間違いないのだけれど、僕の知っている高田さんではないように思えた。
「実はさ、私の夢にも高田さんが出てきたことがあったんだよね。水瀬さんの時だったかな。あの時は高田さんなんだって思ってみてたんだけど、この写真を見て確信したは。私の夢に出てきた女の子は高田さんじゃない。で、あなたも不思議そうに見ているけど、この写真は高田さんで間違いないのよね?」
「うん、間違いないよ。この写真は高田さんで間違いないよ。でも、僕も夢で見た人と記憶の中の高田さんと写真の高田さんは別人に見えるんだよね。記憶違いって事もあるんだろうけど、こうして写真で見ると僕の知っている高田さんって一体誰なんだろうなって思えてきたよ」
「あなたまでそうなの。ちょっと困ったわね。でも、こう言っちゃなんだけど、写真の高田さんからも私が夢で見た高田さんからも嫌な感じは一切受けなかったのよね。もしかしたらなんだけど、高田さんってもう生まれ変わって別の人になってるのかも。そうなるとさ、私が見た高田さんっていったい何だったのだろうって思えるんだよね」
「僕も幸子と一緒で高田さんの写真を見て少し混乱しちゃったけど、この写真の高田さんが間違いなく高田さん本人だって事は言えるよ。でも、そうなると夢で見た女の子はいったい誰だったんだろう」
「あのさ、二人ともそんなに真剣に見てくれるのは嬉しいんだけど、沙弥ちゃんに見せなくて大丈夫?」
そうだった。ここに沙弥と幸子を連れてきたのは高校の同級生の写真を妻に見せたいって理由ではない。沙弥が描いている正体不明の女の子が高田さんなのかという確認をするために来たのだ。
僕は沙弥に二枚の写真を見せると、最近描いている女の子はこの人で間違いないかと確認をした。沙弥は写真を手に取ってしばらく見ていたのだけれど、描いていた絵のモデルではないようで首を激しく横にブンブンと振っていた。
沙弥は隣の部屋からスケッチブックとクレヨンを持ってくると、二枚の絵を描きだした。僕たち三人はその様子を黙って見ていたのだけれど、一枚は写真の特徴を上手くとらえた絵が完成した。それは親の贔屓目で見ても高田さんなんだろうなと思うような絵だったのだが、肝心のもう一枚は目と口が異様に赤く、腕の先も赤くなっている不気味な絵だった。
僕たち三人はその絵を見て驚いて目を見合わせて無言になってしまったのだが、沙弥が大塚君にお菓子をせびったことでその沈黙は解かれたのだ。
「そうだったそうだった。お菓子を車に積んだままだった。ちょっと持ってくるね」
大塚君はこの絵の話題から逃げるように外へと飛び出していったのだが、幸子はそんな大塚君の様子など意に介さないようで、じっとその絵を見つめていた。
「ねえ、沙弥ちゃん。この絵は写真のお姉さんだよね?」
「うん。このお姉ちゃん」
「じゃあ、こっちの絵は?」
沙弥は幸子の質問が理解出来ていないのか、何も答えずに自分で描いた絵を手に持って確認していた。
幸子はもう一度沙弥に聞いてみようとしたのだけれど、それを遮るかのように沙弥は誰もいない外に向かって指をさしながら答えた。
「お姉ちゃん」
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